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welcome to お江戸・2



 * * *



「はーい。お江戸初めてコースの皆様、お疲れ様でした。サチ子のお江戸案内は、これにて終了です。VRのヘッドセットは外してくださって結構ですよ。係の者が回収しますので、ご協力お願いします」


手馴れた指示に従って、相馬 壱真を含むお江戸初心者観光客らは、それぞれ頭に装着していた黒い機械を外して一息ついていた。

壱真が隣に目を向ければ、旅の同行者であるまー坊こと和泉 正孝が自前の眼鏡に気をつけながらヘッドセットを外しているところだった。

そして、壱真の視線に気がつくと、やけに目を輝かせて無言の内に同意を求めてきた。


「ただのガイドだろ。そんなに楽しかったか?」


本当は壱真だって最新機器の迫力ある映像に驚いていたのだけど、一つ年下の正孝にはクールぶりたくて、そんな態度を取っておいた。


「うん、すっごくよかった。壱君だって見たでしょ、座敷わらしのサチ子ちゃん。すっごくクオリティ高かったよね。デザインも声優さんもぴったりで可愛かったな。僕、絶対グッズ買って帰ろう」


そっちかよ、と壱真がつっこみを入れたところで、係の人によって開かれたばかりの扉の向こうから物騒な喧騒が聞こえてきた。

声は段々近づいてくるようで、VRの回収待ちをしている手持無沙汰な観光客らが何事かと注目していると、ちょんまげ頭の侍二人とポロシャツにチノパンというありふれた格好のおじさんが通りかかった。

お江戸初心者達がおっかなびっくりで見守る中、ホールからの視線に気づいた騒がしいおじさんは扉の前で必死に足を突っ張らせ、何やら大声で自己主張をし始める。


「おい、聞いてくれ。俺は、ちょっとからかっただけなんだ。本気で部屋に連れ込もうとしたわけじゃない。ほら、わかるだろ。旅行なんだから、少しくらい羽目を外したくなるのは。そりゃ、こっちだって酔っ払ってたわけだけど、反省だってしてるんだ。な、頼むよ。悪気はなかったんだ。誰でもいい、俺を助けてくれ!」


つばを飛ばす勢いで叫んでくる中年男に、これから楽しい観光が控えている大半はきょとんとしていた。

期待した反応をもらえなかった中年男は、更に訴えようと前のめりになるが、確保している侍に縄を引かれて止められた。


「申し開きなら奉行所でいくらでも聞いてやるから、静かにしていろ」


侍達は騒がせましたと紳士な態度で一言詫びると、次には業務をまっとうするべく、粛々と中年男を連行していった。

三人の姿が見えなくなった頃になって、今のは中年男が罪人として裁かれに向かうところだったのだと遅れて理解したお江戸初心者らはどよめいた。

そんな穏やかならぬ雰囲気の中、この場を仕切っている司会の職員は、パンパンと手を打って騒動をまとめにかかる。


「と、いうわけで、今度こそ初心者講習はおしまいです。皆さんは、ああならないよう気をつけて楽しんできてくださいね」


職員のお姉さんがとびっきりの笑顔で締めたものだから、誰もがアレもお江戸案内の演出だったのかと胸をなで下ろし、今度は安堵でざわめきが広がった。


「それにしても、皆さんは引きがいいですね。いつもは職員が演じているんですけど、さっきのは本物だったんですよ。犯した罪の大きさやタイミングが合わないと難しいので、ウルトラレアな幸先ですね」


にこりと知りたくもなかった裏事情を教えてくれるものだから、職員以外のほとんどが頬を引きつらせていた。

もちろん、壱真も色んな意味でどん引いていた。


「うわー。あれって、都市伝説じゃなかったんだ。判決前っぽかったけど、江戸時代で言う、市中引き回しの刑みたいなものだよね」


などと、胸を弾ませているのは正孝くらいだろう。


「あのな、まー坊。言っとくけど、俺らは遊びに来てるんじゃないんだからな」


年上らしく、壱真は真面目な顔で注意した。


「壱君。それ、僕が言いたいセリフなんだけど」


しかし、生意気にも正孝は横目で反論してくる。


「どういう意味だよ」


「もう、言わせないでよ。次にああなるのは、壱君かも知れないってことだよ」


「まー坊こそ、ここまで来といて、しつこいぞ」


「じゃあ、ここまでの交通手段とか宿の手配を丸っと引き受けた僕を、まー坊呼びするのはやめて。やめてくれたら、黙ってついてく」


「……お前が、俺の背を抜かしたらな」


壱真はそっぽを向いて、都合の悪いことは聞き入れなかった。

正孝の父親は壱真の父親よりも背が高いので将来的な可能性なら見込めるのだけど、現在値がクラスで前から数えた方が早い正孝では我慢するしかないということだ。

正孝はほっぺを膨らませて、一学年違うくらいで年上ぶってくる壱真に不満を抗議した。


「そんな顔したって、俺は考え直したりしないぞ」


壱真には正孝の意を汲んでくれる気がなさそうだった。

だけど、それはいつものことで、正孝だって承知しているのに言ってやりたくなっただけだ。

伸び伸びと明るく元気な坊っちゃま育ちをしてきた壱真がやると決めたなら、どうあっても絶対で、とことん尽くす性格なのは嫌というほど知っているのだから。


「ちゃっちゃと終わらせて、お土産選びさせてよね」


到底叶うはずのない要求をしてみれば、楽天家の壱真はにかっと笑って請け負った。

勢い任せの無茶無謀に付き合うしかない正孝は、意気揚々と突き進む壱真に並んで内心でため息をつくだけにしておいた。


世間でいう春休み。

はるばる北海道から海底トンネルを抜け、日本のへそ地までやって来た卒業旅行にしては幼すぎる二人組を見て、一体、どこの誰が[とある人物の暗殺依頼を受けて来た]のだと見抜くことができるだろう。

唯一、壱真の背中に括りつけてある厳重に包まれた長物だけが、僅かに物騒な気配を匂わせているのだった。

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