ゴミ96 達人、すぐにフラグを回収する
3月16日。
ゴッドアでやるべき事は終わった。全国20都市を巡ってゴミ処理を引き受ける旅を続けよう。次の目的地は、学術都市ヒルテンだ。徒歩だと不眠不休で歩いても30時間ぐらいかかる。実際には、1~2時間歩いて小休止と大休止を交互に繰り返す。小休止では体を休めたり水分を摂ったりし、大休止では食事を取ったりスキンケアをしたりする。
徒歩の旅でスキンケア? と思うかもしれないが、これがけっこうバカにならない。靴下を替えるだけで足の皮膚へのダメージは大きく軽減され、足裏にかかる負担がまるで違う。また、汗が出やすい箇所にベビーパウダーを塗るなどして、真菌対策をしておかないとかゆみに悩まされる事になる。スキンケアの定義からは外れるが、マッサージをしておく事も有効だ。筋肉をもみほぐすのでもいいし、ツボ刺激でもいい。とにかく負担を減らすことが重要になる。
だが、そういうのは徒歩の場合の話だ。
俺たちは今回から車を使用する。俺はスキルを利用してゴミ同然の馬車に雑巾を結んで引っ張らせる事で、馬なしで馬車を走らせることに成功した。雑巾はゴミ拾い用具にカウントされるので、サイコキネシスみたいに動かせる。ゴミの重さを無視して動かせるから、ゴミ同然の馬車を雑巾で引っ張れる。前に舟で同じ事を思いついたときに思いつくべきだったが、なぜか思いつかなかった。不思議だ。
アローは俺の護衛なので、俺と一緒にゴミ馬車に乗っている。
ドワーフの少女クは、共同開発した車を運転している。風魔法でタービンを動かして動力にする車だ。基本構造は地球の自動車に似せている。というか、開発段階でその知識を流用した。
どちらの車も、走行速度は10km/h程度。馬車と同じぐらいだ。徒歩30時間の距離も14時間ほどで走破できる。半分以下の時間だが、それでもぶっ続けで進むのはつらいので、7時間ずつに分けて2日で進むことにした。
今日は、ゴッドアから西へ進み、街を3つ抜けて、4つめの街に宿泊する。街の名前はドラゴンフィールド。どうしてこんな名前がついたのか分からないが、土地柄は沿岸部にある農村だ。
「ドラゴンにゆかりのある土地なのですか?」
宿屋の主に聞いてみるが、
「いや、全然そんな事はないよ。」
との事だった。謎である。
農村なのに宿屋があるというのも謎といえば謎だが、たぶんそれは地形的な問題だろう。ゴッドアからヒルテンへ向かう道は、ちょうどこのドラゴンフィールドまでが沿岸部を通り、ここから先は山間部を通ることになる。この先の海岸は山に直結した地形だからだ。この先の海岸には、切り立った崖ならあるが、ビーチはない。
「とか言って、明日にでもドラゴンに出くわしたりして。」
「やめろ、それはフラグだ。」
その翌日、山間部を進んでいると、ドラゴンが飛んできた。
「ほら来たァ!」
「「きゃあああ!」」
来ちゃったのだ。
しかもなぜか俺たちにロックオンのご様子。腹でも減っているのだろうか?
「逃げろ!」
「「きゃあああ!」」
クは変速機を「高速」ギアに入れ、俺はスキルを全力で使用する。
10km/hだった車2台が、20km/hほどに加速するが、ドラゴン相手では五十歩百歩。たちまち追いつかれて、車ごと食われそうになる。
「「きゃあああ!」」
護衛のはずのアローが、さっきからクと一緒にきゃあきゃあ叫ぶだけで役に立たない。
「させるかァ!」
せっかく作ったのに壊されてはたまらない。
ディバイドで壊れた競技場を回収したときの瓦礫を取り出して、それを振り回してドラゴンを殴りつける。鋼鉄より頑丈で剣も魔法も通じないと言われるドラゴンの鱗だが、それは「人間レベルの攻撃力では通用しない」という意味だ。達人という種族に馴染み始めた今の俺が、瓦礫の重量と硬さを振り回したらどうなるか。
「ギエエエエ!」
命中した瞬間、瓦礫は砕け散った。しかし同時にドラゴンの頭が大きく吹き飛ばされる。
ドラゴンはフラフラしながら姿勢を戻し、頭を振っている。目から火が出たというやつだろう。
「効いてる!?」
「助かった!?」
「たたみかけるッ!」
さらに瓦礫を取り出し、ドラゴンを殴りつける。
殴るたびにドラゴンは吹き飛ばされるが、決定打に欠けるらしく、すぐに起き上がろうとする。さすがの頑丈さだ。しかし、外からの攻撃には強くても、中からの攻撃ならどうか? 鱗は体の表面にしかない。筋肉や内臓まで鋼鉄のように頑丈ということはないだろう。筋肉や内臓は柔らかく動くからこそ、その機能を果たせるのだし、そもそも筋肉や内臓が鋼鉄みたいに頑丈だったら、鱗を備える必要がないはずだ。
「アロー! 汚名返上するんだろ!?」
発破を掛けると、アローはハッとしてコンパウンドボウを取り出し、鉢植えから枝をむしった。
タイミングを合わせて、俺はドラゴンの頭を左右から同時に殴りつけた。左右から同時に吹き飛ばされたドラゴンが、一瞬動きを止める。
「喰らえッ!」
アローが矢を放つ。
それは、俺がドラゴンを殴って砕け散った瓦礫の隙間を縫うように飛び、正確にドラゴンの右目を射貫いた。そして2000年前の達人、七味唐子さん特製の爆裂する矢が、着弾と同時に手榴弾並の威力で米粒を飛び散らせる。
自動車の窓ガラスぐらいある巨大なドラゴンの目玉が、その一撃で完全に砕け散った。
「グオオオオオ!」
ドラゴンは右目を押さえて転げ回る。
外から殴るのとは違って、高いダメージを与えたようだ。やはり鱗が頑丈でも体内からの攻撃は有効らしい。
「どっちが食われる側か教えてやるッ! 今日はドラゴンのステーキだ!」
瓦礫を取り出してさらに殴――待て。今のセリフはフラグじゃないか?
「ギ……ガアアアアア!」
ドラゴンは完全にブチ切れた様子で、大きく息を吸い込んだ。
ブレスの予備動作だ。言わずと知れたドラゴン最大の攻撃力。逃げ場がないほど攻撃範囲も広く、必殺技と呼ぶにふさわしい威力。必ず殺すと書いて必殺だ。撃たれたら終わりである。
「アロー!」
「シッ――!」
呼ぶと同時にアローが矢を放つ。
それは吸い込まれるようにドラゴンの口の中へ飛んでいった。ノドの奥へ飛び込んだ矢が爆裂する。
ズドン!
いつもの、大量のポップコーンが同時にはじけるような音ではなく、ガス爆発みたいな音がした。
同時にドラゴンがビクッと震えて動きを止め、口から煙を吐きながらぐらりと倒れる。
その瞬間、俺の目にはドラゴンの全身が光って見えるようになった。ゴミ認定。死体になったという事だ。
「やれやれ……。」
俺はどうにか事なきを得たことで胸をなで下ろし、ため息交じりにドラゴンの死体をゴミ袋に収納していった。
それを見て、アローとクが勝ったことを理解したらしい。
「勝った……。」
ドラゴン殺しは冒険者や騎士にとって大きな名誉だ。Sランク冒険者でもドラゴン殺しの実績がない人物は多い。弓も魔法も使えない「壊れた矢」と蔑まれたアローにとって、汚名返上の大きな足がかりになるだろう。
ただ残念なことに目撃者が少なすぎる。仲間しか目撃していない事を話しても、誰もそれを信用してくれないだろう。たとえドラゴンの死体を見せたところで、運良く死んでいたのを発見したとか言われそうだ。襲ってきたのが山の中じゃなくて街の中だったら、全然違っていただろうに、間の悪いドラゴンだ。
「生きてる……。」
クは助かったことを理解して、ほとんど腰を抜かしていた。




