ゴミ90 達人、LV7に目覚める
3月3日、午後5時前。
ゴッドアを襲う「馬だけ死ぬ病気」への対策として、ドワーフの少女クは、馬のいらない馬車を作ろうとしていた。彼女が通うルマスキー学園の、学年をあげての取り組みになっているらしい。だが少女の作る車はまだ未熟な状態で、クラッチが存在しなかった。
俺はクラッチの構造を説明した。少女は優秀らしく、その価値をすぐに理解した。
「この方法なら、ブレーキは左右独立にする必要なんてないから、ブレーキ周りの構造をシンプルにできるわね。」
つまり、歯車同士の接続を外したり戻したりするための機構が不要になるのだ。
さらに4輪同時にブレーキをかければいいので、ブレーキレバーも1本にできる。
「待て。方向転換に、動力カットに、ブレーキ……手が3本必要になるぞ?」
黙っていたアローが口を出した。
それはとても重要な事だった。その3つの操作は、安全のために、いつでも使えるように常に触っている必要がある。実際に俺にぶつかったので、少女もその重要性にはすぐ気づいたようだった。
「両手は方向転換の操作に使うといいだろう。ハンドルをグルグル回すのは、片手ではちょっと厳しい時もあるはずだ。
残る2つの操作は、足でやればいい。バネを使って自動的に戻ってくるペダルにすれば、踏み込むだけでいいから足でも操作できる。」
つまり、マニュアルトランスミッションのようにブレーキペダルとクラッチペダルがあるわけだ。
「ここで再び動力カットの部分に戻るが――」
と、俺はさっき書いたクラッチの図に、さらに書き加えていく。
「バネの使用方法として、2つの方法が考えられる。
1つは、軸を囲んで螺旋状のバネを取り付ける方法。
もう1つは、こういう帽子のような形のバネを作ることだ。
最終的に量産する計画だから、そのあたりを考えて、どっちを使うか決めればいいだろう。」
前者はボールペンに使われている構造で、後者は自動車のクラッチに使われている構造だ。この世界の製造技術や素材によって、これは実際に試して柔軟に判断するのがいいだろう。
「帽子みたいなバネは、どうやって使うのだ?」
アローが興味を示す。
「中央を押すと、外周がこう……花が閉じるように動く。押すのをやめれば、外周は元に戻るわけだ。」
「なるほど。ちょっとでも隙間ができればいいから、それで十分なのか。」
「その通りだ。
そしてさらに、摩擦素材に押しつける反対側の部品に、もう1つ工夫を施す。
2重構造にして、2枚の板が滑らかに独立して回転するようにしておくんだ。そして、その回転をバネによって抑制する。こうすると、摩擦素材に押しつけたときに、衝撃を吸収してくれる。揺れがさらに小さくなるはずだ。」
この構造は実際にクラッチに使用されている。知識チートというやつだ。
「ちょっと待って。
そろそろ頭がパンクしそうなんだけど。
1回作ってみてから、また続きを聞いてもいいかしら?」
ドワーフの少女クが、頭を抱えて必死にメモをとっていた。俺の下手な図では、後で思い出すのには足りないと思ったのだろう。いくつかの角度から、デッサンするように詳細な図を書いている。
「構わないとも。
ただ、実際に作るのは専門外だから――」
宿で待っている……と言おうと思ったところで、不意に新しい感覚が芽生えた。
収納しているゴミを融合できそうだ。
「……ステータス。」
名前:五味浩尉
種族:達人
年齢:39
性別:男
技能:ゴミ拾いLV7
ほら来た。新しいスキルだ。
芽生えた感覚のままに、収納しているゴミを融合しながら取り出してみた。
真新しい布や革、インゴットなどが取り出せた。どうやら素材別に分類するスキルの上位版らしい。分類したものを1つにまとめる事ができるようだ。金属ならまだ分かるが、布や革などは縫い合わせたわけではなく、元からそういう形だったかのように新品の大きな1枚になっている。
「これはちょっと面白い事になったな。」
取り出した素材を一旦戻して……あれ? 戻らない。そうか、もう新品の素材になるから、ゴミじゃなくなったのか。光って見えないし、探知もできないから、間違いないだろう。
よし、クにあげよう。
クラッチに使う摩擦素材と、金属のインゴット、それから木材があればいいかな? 布や革は要らないかもしれないが……まあ、売ればいくらかの資金になるだろう。
「好きなように使ってくれ。
追加で欲しければ、まだあるから言ってくれ。」
「助かるわ!」
クは喜色満面で作業に取りかかった。
その間に、俺も思いついた事をやってしまおう。まずは場所を移動する。
◇
3月3日、午後6時前。
近くの公園にやってきた。周囲はすでに暗いが、公園には街灯があって、いくらか物が見える。
「こんな所で何をするんだ?」
アローが首をかしげる前で、馬車のゴミを取り出す。
「これをちょっと修理しようと思ってな。」
まずは布を取り出して雑巾代わりに使う。ゴミ拾いスキルの効果で、ゴミ拾い用具はその効果が絶対的になる。雑巾なら、ゴミ(汚れ)を絶対に取り除く。さっと一拭きすれば、汚れていた車体はたちまちピカピカになる。
それからニコイチだ。壊れている部分を、壊れていない別の車体から持ってきて、取り替える。車体そのものに穴が空いていたり老朽化していたりするが、それらは新しく覚醒したスキルで素材を作り出して、内側から補修する。外から見ると、綺麗に清掃されているがボロボロの車体という事になる。
1時間ほどで完成だ。馬を外しただけの馬車である。
「できた。」
「ふむ……? で? 馬でも買うのか?」
「いやいや。こうやって使うんだ。」
ゴミ拾い用具なら、サイコキネシスのように動かせる。しかもゴミの重さを無視して動かせる能力はそのままだ。ゴミとして捨てられていた車体をちょっといじったところで、やはりゴミ。すなわち馬の代わりに手袋やロープや雑巾を使って動かせる。
パワーは弱いが、車輪がついているのなら……と試乗してみたが、やはり問題なく動かせた。
「やった! 大成功だ。」
「移動が楽になるな。」
乗せている重量次第だろうが、俺1人が乗る程度なら馬車より少し速いほどの移動速度で、動力源が動力源だから休憩が不要である。最高速度の低い自動車といったところだ。しかも二酸化炭素排出量ゼロで燃料もいらない究極のエコカーである。




