ゴミ09 達人、ゴミ拾いLV3に目覚める
言葉を覚えるのが、おそらく今の俺にとっては最優先の課題だ。
問題は、どうやって言葉を覚えるか。
単純かつ望みの薄い方法だが、俺はサンドイッチマンをやってみる事にした。いつものゴミ拾いの作業中に、体をサンドイッチして看板を肩から吊す。看板には、日本語で「言葉を教えてくれ」と書いておくのだ。もし日本から来た人が居れば、教えてくれるかもしれない。
言葉の教師を探すには非効率な方法だが、ゴミ拾いという日課を果たすことで、街の人々の会話を聞くことができる。とりわけ市場で買い物をする人たちの会話は、「これ下さい」「(金額)だよ」「じゃ、これで」「まいどあり」というような、決まり切った言葉が飛び交うはずだ。辞書もなく言葉を覚えるには、同じ単語を同じ状況で繰り返してもらう必要がある。赤ん坊に言葉を教えるのと同じように。だから市場の会話はいい教材になるはずだ。しかも通貨の種類や物価の程度も把握できるだろう。
「問題は、看板の材料か。」
というわけで、俺はこれまで避けてきた場所へゴミ拾いに向かった。
向かった先は、スラム街である。
ゴミが光って見える俺にとって、そこはまるでネオン街だ。さすがの俺も、ここでのゴミ拾いは足が止まる。ゴミが多すぎて前に進めないのだ。
だが、こんな場所だからこそ、有用な物がある。何に使われていたのか分からない紐とか、廃屋の壁から剥がれ落ちた木の板とか、元が何なのか分からない謎の黒い汚れとか。俺はそれらを火ばさみで拾って、ゴミ袋へ入れた。
そしてキャンプ地へ戻り、謎の黒い汚れをインクの代わりにして、木の板に「言葉を教えてくれ」と日本語で書き記す。それから木の板にナイフで穴を開けて、その穴に紐を通す。これでサンドイッチマン用の看板が完成した。
◇
1ヶ月ほどが過ぎた。
サンドイッチマンを続けているが、教師になろうという人は現れない。
一方で、俺がゴミ拾いをする姿が、街に住む人々に認知されてきたようだ。俺に話しかける人もいて、いくつかの決まった言葉が掛けられるので、それを覚えることができた。「いつも」「ご苦労様」「ありがとう」などの単語だ。
市場で言葉を覚える作業も順調だ。どうやら通貨の種類は4種類。5円玉みたいな金色のコインと、100円玉みたいな銀色のコイン、そして10円玉みたいな銅色のコインと、最後にフライパンみたいな黒いコインだ。どうやら、価値が高いほうから順に、金色・銀色・銅色・黒色らしい。交換レートは、おそらく1:10だ。つまり、黒色10枚で銅色1枚と等しく、銅色10枚で銀色1枚と等しく、銀色10枚で金色1枚と等しい。
という事は、たぶん金貨・銀貨・銅貨と、おそらく鉄製のコインだろう。鉄貨とでも言うのか、日本語に適当な訳語がない。敢えて言うなら「銭貨」か。ただ、銭貨は銅貨も含んでしまうが。鉄製だと思う理由は、東アジアの歴史においても銅が不足したときに銅貨の代わりや下位互換として鉄貨が現れるからだ。もっとも、この世界の金属が地球と同じ価値だとは限らないが。
市場で言葉を学んでいるうちに、市場の商人たちが、果物とか野菜とかをくれる事も多くて、非常に助かっている。覚えたばかりの「ありがとう」を使ってみた。優しい顔で微笑された。
「あっ……!? ……っぶねぇ……。」
そんなこんなで、ある日、ゴミ拾いをしていると、自分で吊している看板に、ゴミ袋を引っかけてしまった。破れた! と慌てたが、ゴミ袋には傷1つなかった。
ほっと胸をなで下ろすが、一瞬遅れて「あり得ない」と気づく。せめて引っ張って伸びてしまうとか、小さいひっかき傷ができるとか、そのぐらいのダメージは入るはずだ。
検証のためにナイフを取り出し、ゴミ袋の端っこ――結ぶためだけについている部分を、少しだけ突き刺してみる。
「……刺さらない……。ステータス。」
名前:五味浩尉
種族:達人
年齢:39
性別:男
技能:ゴミ拾いLV3
ゴミ拾いがLV3になっていた!
新しいチート能力は、チート化した道具があり得ないぐらい頑丈に……あるいは破壊不能になるという事だろうか?
チンピラのナイフを受け止めたとき、軍手は少し傷がついた。だが、より弱いはずのゴミ袋が、ナイフで突き刺しても傷1つ付かない。つまり、LV3で新しく追加された機能という事だろう。
こうなると、火ばさみが最強の棍棒みたいになってくる。俺の反応速度や筋力が通用する限り、火ばさみで剣や斧だって受け止められるだろう。ゴミ袋がナイフを通さなくなったんだから、火ばさみは当然もっと強いはずだ。
「……こうするか。」
俺の弱点は頭部。なぜなら、むき出しだから。しかし、そこにタオルを巻いておけば、兜の代わりになるだろう。
「……ていうか、こんなに防御力上げて、俺のゴミ拾いスキルはどこへ向かってるんだ?」
そもそも防御力を上げるのがゴミ拾いとどう関係するのか……。
「あ、そうか。」
ゴミ袋をどこかに引っかけて破ってしまわないように、あるいは軍手や作業服が摩耗しないように、そして火ばさみが曲がったり折れたりしないように……つまり、破壊不能というより劣化防止という事なのだろう。
感想でスラムの子供の収入源を奪った形になるのが気になるという意見を頂いたので、少し追記します。
この時の主人公は、言葉が通じない、収入源がない、家がない、頼る相手がいない、使えるお金を持っていない、という状態です。言葉が通じない外国に突然放り出されたような状態ですから、ほとんど無人島に単独で漂着したのと同じだと考えて頂ければ、どれだけ窮地かわかって頂けるかと思います。
ハッキリ言って、スラムの子供のほうが裕福で安全です。少額とはいえ使えるお金を持っていたり、言葉が通じて助けを求めることができたり、頼る相手がいたりします。まあ、家は現代技術で作られたテント(拾ったゴミだけど)がある主人公の方が、少しマシかも知れませんが。
そのような状態で、自分より裕福な相手に少々迷惑をかけた程度で、主人公が責められるべきではないでしょう。
また、スラムの住人たちは、ゴミ拾いだけが収入源ではありません。そもそも、主人公が1人で片付けてしまえる仕事量を、子供とはいえ複数の人間が、その生活が成り立つほどの収入源にするのは無理があります。
複数の仕事をかけ持ちすることが一般的でない日本人の感覚からすると、ちょっと分かりにくいかもしれませんが、スラムの住人は複数の仕事をかけ持ちしています。なぜなら、スラムの住人は市街地にいながら半ば自給自足の生活をしています。自給自足の生活をするには、1つの仕事だけやっていたのでは間に合いません。山奥の一軒家で生活する人を紹介する番組とか見たらわかると思いますが、何もかも自分でやらないといけない、他人の仕事の成果(つまり商品やサービス)を購入できない生活というのは、非常に忙しいものです。スラムの住人はまだいくらか購入できるのでマシですが、たとえばキャンプをやってみると、よほど慣れた人でなければ、薪割り、火起こし、調理、といった工程をへて食事にありつくまでに数時間かかります。これを、たとえば、薪は割ってあるものを買うとか、火は起こすばかりになっているものを買うとか、調理は済んでいるものを買うとか、そうやって他人の仕事の成果を購入すると、生活は一気に楽になるわけです。
収入源を1つ失うのは、スラムの住人には少々苦しいことですが、生活が成り立たなくなる程ではありません。所によっては、ゴミ拾いの仕事が発注されていない場合もあります。この都市でスラムの住人向けにゴミ拾いが発注されているのは、領主の慈悲によるものですから、他の都市では発注されていないこともあります。けれども、どこの都市でもスラムがあればそこの住人はたくましく生きています。