ゴミ86 達人、ゴッドアの領主に会う
3月2日、午前11時。
ディバイドからダイハーンを経由してゴッドアに到着した俺たちは、領主の屋敷を目指す途中で車に乗った少女とぶつかった。その車は「試作品」らしいが、ぶつかったときに故障して動かなくなってしまった。見ればミニ四駆に毛が生えた程度の単純構造だったので、俺は10分で修理してやった。
ポカーンとしている少女に改良点を伝えて、俺たちは領主の屋敷へ向かった。
ていうか、アローまでポカーンとしている。
「浩尉……ああいうのが得意なのか?」
「いや、全然。
仕組みを知っているだけの素人だ。」
地球だと、動画サイトとか画像検索とかでいくらでも出てくるからな。
「素人なら凄いじゃないか。」
「いや、そっちの素人じゃない。」
この世界だと「素人」という種族があるから表現が難しいな。人間やエルフやドワーフなどの人類が、なにか1つの技術に熟達すると、存在進化して「素人」になる。人間の寿命では、素人に到達できるのは珍しい。
ちなみに俺は、転移した直後から種族が「達人」だ。本当なら、達人になるには、人間から「素人」「灰人」「玄人」「職人」「名人」を経て、ようやく「達人」になる。2000年前に転移した七味唐子さんは、実際にその順番で達人になったらしい。
存在進化は1回でもやれば劇的に強くなるそうだが、俺の場合、いきなり「達人」になっていたせいか、馴染むのに長い時間がかかるようだ。要するに、俺はまだあまり強くない。それでも人を背負って瓦礫の上を走れるようだから、それなりに強くなりつつあるのだろう。今も、農機みたいな車に轢かれて平気だったわけだし。
「それより、食事にしよう。」
そろそろ昼食にしてもいい時間だ。
アローのリクエストで山の幸ということになったから、食品サンプルやメニューの看板などを見ながら山の幸が食べられる店を探す。ちなみに食品サンプルは、地球のそれとは違って、幻影魔法を使った立体映像だ。
回収したゴミの中にも、その魔道具がある。壊れて使い物にならないから捨てられたものもあるが、メニューが廃止されたり店が廃業したりして捨てられたものもあって、それらはまだ使用可能だ。アローが腕を骨折して、それが治るのを待っている間、興味本位でいじくり回して、簡単な故障なら修理できるようになってしまった。
だが、アローには、初めて修理に成功して喜んでいるところを見られてしまったせいで、ちょっと幻滅された。いや、正確に言うと、その初めて修理に成功した魔道具は、エロ画像だったのだ。やたらとリアリティの高い、触れないフィギュアといったところだ。まあ、そういう使い方もされるだろう。地球でも、写真や映像がそういう使い方をされるのだから、この世界だっていわずもがなだ。
◇
入った店で注文のついでに、領主の屋敷の場所を聞く。
食事は普通にウマかった。さすが観光地だ。だいたい観光地や歓楽街といった人の多い場所にある店は、どこに入っても間違いない。家賃とかの生き残るためのハードルが高く、ちょっとでも劣る店はすぐに潰れてしまうのだろう。
そんなわけで、午後1時には領主の屋敷に到着。今回は問題なくアポが取れて、明日会うことになった。さあ、観光だ!
◇
明けて3月3日。
領主の屋敷で、ゴッドアの領主と会った。
「ようこそ、ゴッドアへ。歓迎しますぞ、大使殿。」
よくある社交辞令――初めて普通に対応された。
と思ったら、珍しいことに、茶請けがゆで卵だった。
「聞けば、ゴミを魔法の鞄に収納するとか。」
「ええ。
容量に制限がないようですから、陛下のご命令で全国20都市のゴミを一手に引き受けることになりました。」
「中には生ゴミもあると思いますが、それも収納するのですか?」
「もちろんです。」
なるほど、それを実際に見せて欲しいということか。そのためのゆで卵なのだろう。
殻をむいて、その殻を収納してみせると、領主は納得した様子でうなずいた。
「生ゴミというと、言い方を変えれば動植物の死体ということになりますが……。」
「死体でも問題なく収納できます。人間のものは別ですが。
塩害で畑がダメになったとかでしょうか?」
ゆで卵を出してきたあたり、動物系の問題が発生しているような予感がする。
だが、動物系の問題って、どんな問題なのだろう? ちょっと想像がつかない。むしろ海が近いから、高波とかで塩害が起きたとかなら想像しやすい。
「いや、それが馬だけが罹患する流行病が起きているのです。もはや疫病といってもいい。
人類に感染しないのは幸いですが、馬という馬がみんな死んでしまうので、馬車が使えないのですよ。おかげで陸運が滞っておりまして……とりあえず人力で何とかしていますが、コストがかさむので、体力のない店は潰れている状態です。」
「馬だけがかかる病気ですか……。」
そういえば馬車を見なかった。そういう事情があったのか。
「そんな病気があるのか?」
アローが首をかしげる。
この世界では「病気」というのは「体内の魔力属性のバランスが崩れた状態」と考えられている。体を冷やすと水属性が活性化しすぎて風邪をひく、焦げたものや辛いものを食べ過ぎると火属性が活性化しすぎてガンになる、といった具合だ。この世界特有の病気として、石化病というのもある。俗に同名で呼ばれる病気は地球にもあるが、それは骨細胞が異常増殖する病気だ。そうではなくて、この世界では本当に体が石になる石化病がある。
体内の属性バランスが崩れた状態が病気であるから、体内に魔力があるものはすべて病気になり得る。人類も、動物も、魔物も、植物も、すべて病気になり得ると考えられている。
「現に被害が出ているのだから、疑うべくもないだろう。
もしかすると、突然人類にも感染するようになるかもしれないのが怖いが。」
地球的に考えるなら、馬にしか感染しないというのは、鳥インフルや豚熱(豚コレラ:2019年12月に名称が変更された)みたいなものか。要するにウイルス性なのだろう。感染性の病気ということで細菌の可能性もあるが、細菌は細胞があるから宿主から栄養を奪って増える。つまり栄養さえあれば宿主を選ばない。サルモネラとか炭疽菌とかは聞き覚えのある人も多いだろう。ウイルスは細胞がないから、宿主の細胞に入り込んで細胞分裂に乗じて増える。細胞のあり方は種族ごとに違うから、ウイルスにはうまく適合する種族とそうでない種族がある。つまりウイルスは特定の宿主にしか感染できない。変異すれば別だが。
細菌だのウイルスだのはこの世界では認識されていないが、流行病がある以上、感染という概念もある。ただ細菌とかウイルスとかのせいではなく、体内の属性バランスを保つ身体機能が狂わされると考えられている。ただの鉄を磁石に近づけると磁化するのと同じような考え方だ。
「大変な状況ですが、早く終息することを願っています。
馬の死体は、問題なく処理できます。お任せ下さい。」
俺にとって、その病気への対策は専門外である。ただし、死亡した馬の死体を処理するというのなら、俺ほどの適任者もいないだろう。何しろ近づかなくても処理できる。鳥インフルみたいに低確率で人類にも感染する可能性があるのを、まだ発見されていないだけだったとしても、俺なら感染する心配がないわけだ。
「よしなに頼みます。
感染してまだ生きている馬や、感染が疑われる馬についても、大規模な殺処分を予定しています。」
「構いません。問題なく処理できます。」
「ありがとうございます。
では、ゴミ処理場と馬の処分場にご案内しましょう。」
領主が人を呼ぶと、執事が現れた。
領主が執事に用件を伝えると、執事はメイドを案内人にすると言って出て行った。
ほどなくメイドがやってきて、案内するのでついてきてほしいと言った。馬車は使えないので、当然徒歩である。




