ゴミ85 達人、轢かれる
ゴミ拾いの最中に異世界転移してしまった俺は、「ゴミ拾い」というスキルを持っていた。なんとか言葉を覚え、収入を得るためにゴミ処理の仕事を始めた。これが王様に注目されて、全国20都市のゴミ処理を命じられる。それが12月30日のことだ。
冬だったので北へ行くのは雪で大変だろうと思った俺は、王都から南へ向かった。すなわち、メイゴーヤに戻り、古都キオート、商業都市ダイハーン、古代王朝の墓地があるディバイドで仕事を済ませた。次は観光地として名高いゴッドアだ。
ディバイドからゴッドアへ行くには、ダイハーンを経由する必要がある。俺たちはダイハーンからディバイドへ来たので、来た道を戻っていく格好だ。舟で海を横切ると早いだろうが、商業港が集中しているため大型船の往来が多く、危険なのでやめておけとディバイドの領主に忠告された。地球では「車は急に止まれない」というが、地面との摩擦がない舟では、なおさらの事だ。それは車がないこの異世界でも同じである。
大人しく陸路を進む事にして、ディバイドを出発したのが3月1日。急げばその日のうちにゴッドアまで行けるが、魔物や盗賊や急病などの可能性を考えると、無理をしないでダイハーンで1泊したほうがいい。
というわけで、ダイハーンで1泊して、3月2日にゴッドアへ到着した。
こういうとき、バッチリ対策したときには何も起きないが、たまたま怠ったときには狙われたように何か起きるというのが世の常だ。そのジンクスはこの世界でも有効なのか、俺たちは何事もなくゴッドアに到着した。
「確かに風光明媚な場所だな。」
「ああ。観光したら楽しいかもしれないな。」
都市開発計画からして観光を意識しているのだろう。住民の都合に合わせた「機能性」よりも、観光客を魅了する「デザイン性」を優先しているのが見て取れる。具体的には、道路が他の都市より広いし、公園が多い。他にも色々工夫しているのだろうが、ぱっと目に付くのは、そのあたりだ。歩きやすくて休憩しやすい。
ゴミが少ないというのも見て取れる。公園の出入り口にゴミ箱が設置してあるのも、そのための工夫だろう。公園が多いことと合わせてゴミ箱が多い。ポイ捨てを考える前に、ゴミ箱が見える。結果的に、きちんとゴミ箱へ捨てられる事が多いというわけだ。何事も不正を働こうとするのは、正当にやるのが面倒くさいからだ。正当にやるのが面倒にならないのであれば、正当にやる者が増える。ゴッドアの領主はそのあたりを心得ているのだろう。
地形的にも観光資源に恵まれていて、北を見れば山があり、南を見れば海がある。市街地は東西に細長く、海も山も近い上に、観光地として都市開発計画を進めているとなれば、様々なアクティビティが楽しめそうだ。
「領主にアポ取ったら観光するか。
とりあえず食事か? 海の幸も山の幸もありそうだが、何食べたい?」
「当然山の幸だな。」
「当然なのか。」
「エルフだからな。」
そういえばアローは、肉や魚よりも野菜を好む。菜食主義というわけではないが。
地球の知識でいえば健康的な食生活だが、その野菜は「原種」から変異してしまう障害を抱えているし、そもそも食べる側の種族が違うので、地球と同じ・人間と同じとは考えないほうがいいのかもしれない。
いずれにせよ、今アローが健康であることは確かだ。ちょっと前まで腕が折れていた事を思うと、健康というのは喜ばしいことだ。
「じゃあ、山の幸にするか。」
俺もそろそろ山の幸が恋しくなってきたところだ。ダイハーンもディバイドも港町だから、海の幸ばかりだった。
……と、そんな事を話しながら歩いていると、交差点にさしかかった。横から出てきた何かが俺にぶつかる。
「ん?」
振り向くと、それはゴーカートみたいなサイズの……おそらく「車」だった。
おそらくというのは、車輪がついていて、レバーがついていて、運転手が乗っているからだ。エンジンルームらしき部分もあるが、エンジン音もモーター音もしない。車体のデザインも、荷車を改造したような完全な箱形で、屋根がない。
「ちょっと! どこ見て歩いてんのよ!? っていうか、くそっ、動かないわ! 苦労して作った試作品が……! あんた! 責任もって直しなさいよ!」
運転手――10代後半と思われる少女は、両手でガチャガチャとレバーを操作しながら、一気にまくし立てた。
「真横からぶつかってきておいて、それはないだろう。
どう見ても、そちらの前方不注意ではないか。」
アローが反論する。なんか、初めて護衛らしく動いてるんじゃないだろうか。
だが俺はむしろ、この車っぽい物体に興味がある。直せというのなら、修理にかこつけて中身を見せて貰おうかな。どういう動力になっているのだろう?
「こっちは急には止まれないのよ! てか、あんたには話してないっての!
ちょっと、あんた! 歩いてるんだから飛び退くなり何なりできるでしょうが!」
少女はアローに食ってかかり、さらに俺へ文句を言ってきた。
「それを言うなら、そちらが安全な速度で走ればいいだけの事だ。
前方不注意に速度超過。御者としては失格だな。馬はないようだが……。
こっちが怪我でもしていたら、損害賠償ものだぞ。とりあえず危険操縦ということで所属団体に報告しておこう。訓練からやり直せ。どこの所属だ?」
アローがゴチャゴチャ言っている間に、俺は車体前方に何かのスイッチらしき部分を見つけた。
興味に負けてそのスイッチを押してみると、ボンネットが開いた。
これ幸いと、ガバッと開けて中身を見てみると――
「……単純だな……。」
エンジンルームの中身は、ほとんどミニ四駆と同じレベルだった。ギアのところにゴチャゴチャと複雑なものがついている。変速機らしい。自動車のそれと比べるとギアの数が少なく、数えてみると「低速」「高速」「バック」の3種類だけだった。しかもクラッチが存在しない。これでは走りながらギアを変えるのは難しそうだ。
故障の原因は、ぶつかっても動力機が止まらないせいで、ギアの一部が噛み合わなくなってしまった事による。ギアが回転運動に負けて押し出され、結果としてギアの受け軸が変形してしまったらしい。
動力機はエンジンでもモーターでもなく、タービンだった。風の魔法でタービンを回転させている。燃料が不要なので燃焼器はなく、技術的な困難のせいか単に思いつかなかったのか圧縮機も搭載していない。タービンに加わる風の力はたかがしれている事になるから、トルクも速度もあまり高くないはずである。だが、それゆえ、走りながらシフトチェンジしても、エンジンやモーターほどの抵抗は受けないのだろう。
さらに、ハンドルがない理由もわかった。ブレーキが左右で別々になっていて、曲がりたい方向のブレーキをかけることで曲がる。まるきり農機の操縦方法だ。ブレーキをかけると同時に、ギアの軸が移動して、車輪から動力が切り離されるシステムが搭載されている。それによって左右独立のブレーキが可能になっているが、この構造ゆえにブレーキレバーを大きく動かさないとブレーキが利かない。
「色々と未熟だが、バランスのいい状態だな。」
ゴミとして捨てられた工具の中から、今回の修理に使えるものを取り出し、分解して曲がった受け軸を取り外し、曲げ直して元の形にする。それから組み立てて、修理完了だ。作業は10分で終わった。
「とりあえず直したが、軸が弱いから素材かサイズを変えたほうがいい。
それと、こういう場合にすぐ停止できるように、動力の伝達を元からカットできる機構を搭載するべきだ。そうすれば、今回のようなギアの故障は防げる可能性がある。」
ポカーンとしている少女を置いて、俺たちは領主の屋敷へ向かった。
というわけで、女キャラ出してみました。




