ゴミ82 達人、突入する
1月30日、午前6時。
約束通りリスト作成の進捗状況を聞くために競技場(跡地)に向かおうとした俺を、慌てた様子の兵士がやってきて、呼び止めた。
「競技場のほうは、こちらで引き受けます。
申し訳ありませんが、グレミット遺跡のほうへ応援をお願いできませんでしょうか。」
「アンデッドが多数、でしたか?
まだ戦っていたんですか。」
「どうか、お願いします。
教会にも応援を出してもらっていますが、そろそろ抑えきれなくなってきておりまして……このままでは街に被害が……!」
兵士はよほど困り果てているのだろう。
必死にお願いしてくるその顔のパーツというパーツが、ことごとく土下座のようにしおれている。眉毛が土下座し、目つきが土下座し、ほうれい線が土下座し、唇が土下座している。そんなふうに見える顔をしていた。
「分かりました。それで、グレミット遺跡というのは、どこにあるんですか?」
「ご案内します。」
◇
まさかアンデッドが出る遺跡がこんな街中にあるなんて。いや、「まさか」というより「マジか」というのが、第一印象だった。
グレミット遺跡というのは、形は博物館で見た丸いピラミッドそのもので、サイズは直径400mほど、国内最大級のものだ。日本風に言えば円墳。前方後円墳の「前方」がない形だ。
そんな巨大な遺跡が、ディバイドの街のごく普通の住宅街の中にある。
敷地は細長い林と水堀で囲まれ、そのすぐ外側に道路があって、道路の外側に民家だ。この水堀と林の高低差を防壁として利用し、教会から出てきたそのままの格好の僧侶たちと、バッチリ武装した兵士たちが、這い出てこようとするアンデッドを押しとどめていた。
教会の僧侶たちは、攻撃も防御も回復も魔法でやっている。兵士たちは、戦士が攻撃と防御を担い、僧侶部隊は後方から回復に専念している。教会の僧侶のほうが、使える魔法の種類が多いように見えるが、兵士たちが効率的に役割分担しているだけなのかもしれない。
いずれにせよ、今のところアンデッドは遺跡の敷地内に封じ込められた状態だ。ただ、倒しても倒しても次々と湧いて出てくるようで、数が減らない。教会の僧侶も兵士たちも、一晩中戦い続けて、さすがに疲れているようだ。
「お疲れ様です、団長。」
「おお! これはこれは、大使殿。
競技場のほうは終わったそうですね。ありがとうございました。」
「いえいえ。
あれからずっと戦っていたんですか?」
「交代で休憩はとっていますが、しっかり休めるわけもなく……。」
「増援が湧き続けてキリがないようですね。」
「まさに。
自然発生にしては、これはちょっと異常です。
おそらく発生源のようなものがあると思うのですが、この数の敵を突破して発生源へ突入できる者は居ませんので……。」
「それを俺に?」
「お願いできますか?」
「分かりました。」
そういうわけで、グレミット遺跡に突入することにした。
昨日までに拾った瓦礫など、大型のゴミを武器として振り回し、アンデッドを薙ぎ倒して、その流れを遡上していく。するとアンデッドの群は、グレミット遺跡の中へ続く横穴から湧いてきているのが分かった。
「普通の遺跡がいきなりダンジョンになったとか、そんな事か……?」
ダンジョンコアとかあるんだろうか?
不謹慎だとは思うが、ちょっとだけワクワクしながら、俺は単身グレミット遺跡に突入した。
◇
アンデッドは大別して2種類。
ゴースト系とスケルトン系だ。ゴースト系は、実体がなくて障害物をすり抜けることができ、そのため物理攻撃が通用しない代わりに、自身も物理攻撃を実行できない。攻撃手段は魔法のみ。スケルトン系はその逆で、実体があって「致命傷」という概念がなく、破壊されても動き続ける。魔法は使えない。
要するに、スケルトン系は持っているゴミで殴って吹っ飛ばし、ゴースト系は魔法攻撃を掴んで投げ返せばいい。達人という種族に馴染んできてステータスが上がっているせいか、今までちょいちょい戦ってきたせいか、さして難しいとも怖いとも思わずに戦えてしまっている俺がいる。
「ダンジョン攻略って実際やるとこんな退屈な感じなのか……?」
単調ゆえに退屈。やる事が代わり映えしない。
そういえばゲームでもそうだった。ひたすらレベル上げのために歩き回るあの感じ。たまーに見つける宝箱とかレアドロップとかがちょっぴり興奮剤になるが、それも2個目3個目になると慣れてきてしまう。そして結局は退屈するのだ。
ダンジョン攻略系のラノベみたいに次々と色んなイベントが起きたりしない。現実は厳しいのだ。ひたすら右手の法則(左手の法則だっけ?)に従って、右折、右折、右折。分岐路は迷うことなく、すべて右へ。
そういえば思い出したけど、一般的には左手の法則だ。なぜ左なのかといったら、多くの人が右利きだからである。右手じゃなくて右足ね。左足よりも右足のほうが筋力が強めなので、咄嗟に左右どちらかへ曲がらないといけないときは、右足で地面を蹴って左へ曲がってしまう確率が高いらしい。
そこんとこ行くと、ダンジョン攻略でおすすめなのは、右へ曲がることだ。なぜなら右利きが多いから。つまり今度は手の話で、右手の方が使いやすい。つまり右からの状況には対応しやすい。曲がった先で鉢合わせなんて状況でも、左側より右側から鉢合わせたほうが対応しやすいということだ。
攻撃を受けて犠牲にするなら左手のほうがマシだと思うかもしれないが、受け損ねて胴体に直撃を浴びる危険を減らせるという事のほうが大事だ。片腕が潰れたり吹っ飛んだりする威力の攻撃だったら、胴体に喰らったら即死だからね。
「……っと、どうやらアレが最奥かな。」
円形に描かれた複雑な幾何学模様。いわゆる魔法陣というやつだろう。しかも不思議な光を放っている。ゴミが光って見えるときの光に似ているが、ちょっと違うようだ。魔法的な光なのだろう。
しばらく見ていると、30秒に1体ぐらいのペースでアンデッドを召喚している。
「稼働中じゃねーか。」
とりあえず出てきたアンデッドを倒す。
外では教会の僧侶や兵士たちが、アンデッドを光の魔法で浄化して倒したり、ひたすら殴って動けないほど粉々にしたりして倒している。光魔法で浄化するのは、呪文の詠唱に30秒かかるが、一撃で10体ほど倒せる。殴って粉々にするのは、一撃には1秒とかからないが、何度も殴らないといけないので1体倒すのに数分かかる。
計算すると、この魔法陣1個では外の戦力に圧殺される。しかし現実はその逆。つまり、もっと何個もあるはずだ。
「捜索続行か……やれやれ。」
退屈だが、頑張るしかない。そもそも退屈だと感じるのが不謹慎なことではあるが。
あと問題は、この魔法陣をどうやったら停止させられるかという事だ。魔法陣の停止方法なんて、一部でもかき消したらいいというのが定番だが……その実物を見た限り、定番がそのまま使えそうだ。複雑な幾何学模様だが、こんなものが必要ということは、これが何らかの回路的な役割を果たしているのだろう。それを一部でも破壊すれば、回路はその機能が破綻するはずだ。
「とりあえず、えいっ。」
火ばさみで適当に引っ掻いてみる。
この火ばさみは、ゴミ拾いLV3の効果で、破壊不能になっている。つまり、強く引っ掻いても、ハンマーで叩いても、プレス機に挟んでも、少しも変形しない。
自動車を10円玉で引っ掻いたみたいな傷ができて、たちまち魔法陣はその輝きを失った。
「簡単じゃないか。
よし、ドンドンいこう。」
マッピングしながら虱潰しに歩き回って、見つけた魔法陣を片っ端から壊していった。




