ゴミ79 達人、手分けする
1月28日、正午。
瓦礫をゴミ袋に収納することで、俺とアローは生き埋め状態から脱出した。
1時間ぶりの空を見上げ、そして周囲を見回す。
「……とんでもない状況だな。」
探知はしていたが、改めて肉眼で見ると、ものすごい光景だ。
競技場はすっかり瓦礫に変わり、見渡す限り荒涼無残な光景になってしまっている。観客席部分は瓦礫の量が多いから、全体的にはドーナツ型に瓦礫の山ができている。中央にいた選手たちの上にも、屋根が崩落しているようだ。生きているのだろうか、と一瞬だけ心配したが、それが無駄だと理解した。競技場が吹き飛ぶほどの大爆発、その中心にいて、生きているわけがない。生きていたらそいつは化け物だ。もしくはゴミに対して無敵の俺みたいに、爆発に対して無敵なんだろう。
「アロー。体は大丈夫か?」
「ああ。腕以外はどこもどうもない。」
「よし。なら、手分けしよう。
できるだけ多くの人を救うんだ。」
アローは力強くうなずき、直後に首をかしげた。
「ああ……! ……どうやって?」
「領主の屋敷に戻って、領主に通報して応援を呼んでくれ。
腕だけなら、歩けるだろ?」
本当は大会運営が通報するべきだろうが、この状態ではその運営も生き埋めになっているだろう。
競技場の外に運営関係者がいればいいが……いや、近隣住民が通報するか。だが、それらは兵士の詰め所に、という事になるだろう。そこから状況を確認するために兵士がやってきて、確認後に上司へ報告し……という手順を踏んでいると、領主に情報が届くのが遅くなる。
アローなら、今朝まで領主の屋敷に居たから、領主もその屋敷の使用人たちも、アローのことを覚えているだろう。それが腕を折って助けを求めてきたら、それなりの規模で対応してくれるはずだ。兵士を経由するよりも早く大規模に動いてくれるに違いない。
「俺は瓦礫の撤去作業を続けるから、頼む。」
「分かった。」
アローは瓦礫の山を越えて、領主の屋敷へ向かっていった。
「さて、作業再開だ。」
数百の棒と袋が、瓦礫を1つ1つ取り除き、収納していく。
それはまるで巨大な掃除機がゴミを吸い込んでいくような光景だった。
数分すると、次々に生存者を発見。だが生存者はゴミではないので、ゴミ拾い用具では動かせない。ニアベイに向かう山登りのときに確かめたが、俺自身も持ち上がらないのだ。背中を押す程度のパワーはあるが、持ち上げることはできない。不思議な事に、それは棒や手袋の数を増やしても変わらなかった。
つまり、発見した生存者たちは、俺自身がせっせと運ぶしかない。だが俺自身も、存在進化の恩恵で高いはずの「種族:達人」のステータスは、まだゴミに対してしか発揮されない。もしかすると、ゴミ拾いスキルの効果に「ゴミ以外に対して弱くなる」みたいなデメリット効果があるのかもしれないな。窮地では知恵が回りやすくなるというが、こんな時にこんな事を思いつくような知恵なんて……できない理由より、できる事を思いついてほしいものだ。
とりあえず、1人1人背負って瓦礫の外へ運ぶしかない。しかも瓦礫の山を踏み越えての救助活動だ。足下もおぼつかないのに「遅々として進まない」どころではない。
「くっそ……! やっぱ人手が足りねぇ……!」
だがとにかく運ぶしかない。
瓦礫に生き埋めになって無傷なのは俺ぐらいのものだった。発見した生存者たちは、誰も彼もが骨折レベルの怪我をしている。流血している人も多く、痛みのあまりろくに悲鳴も出せない人までいる。命に別状がなさそうなのが、唯一、不幸中の幸いだ。
「あっ……!」
そしてとうとう発見してしまった。覚悟していた死体……ではなく、その1歩手前にいる重傷者だ。
片手片足と胴体の一部が潰されており、俺には助かるかどうか分からないように見える。少なくとも放っておいたら死ぬだろう。生き残っても重たいハンディーキャップを背負うことになる。だが何より手の施しようがないのは――
「た……助けて……。」
と懇願するその相手に、何もしてやれないことだ。
「すまん。そのための知識も技術もない。
下手にかまうと逆に危なそうだ。救助は呼んでいるから、それまで頑張れ。
他にも大勢埋まってる。あんたは生きたまま外に出られたんだ。そのラッキーがあれば、きっと助かるさ。頑張れ。諦めるんじゃあないぜ。」
励ましつつ、下手に動かさないように、彼が乗っている瓦礫もろとも運ぶ。担架の代わりだ。
移動が終わったら、もう本当にしてやれる事は何も無い。重要者だろうと放置して、次の生存者の運搬作業に戻った。
そうしなければ、まだ埋まってる助かるはずの生存者が助からないかもしれない。生存者が乗っていると、その下にある瓦礫は動かせないのだ。瓦礫の重さは無視できても、生存者の重さは無視できないという制限があるためだ。だから生存者を見つけたら、移動させなくてはならない。その下に、さらに別の生存者が埋まっているかもしれないのだから。できもしない重傷者への対応を優先して、できるはずの軽傷者救出に失敗したのでは話にならない。
ふと小学生の頃に聞いた話を思い出した。広島・長崎の原爆の話だ。あたりには死傷者があふれていて、助けを求める声に応えることもできなかった。それは知識や技術がないからではなく、自分も怪我をしているとか家族が心配で先を急ぐからとかでもない。ただただ死傷者の数が多すぎて、一見して「手が回らない」と分かるからだ。最初は誰かを助けようとした人も、瓦礫の下から助けようとして引っ張った腕がもげるほどの「手の施しようのなさ」を見ると、もはや助けようという気持ちは起きなくなったものだった。……と、そんな話だった。
今になって、そのむごさが実感できる。
いったい、どうしてこんな事に……。
◇
午後1時。
俺の種族は達人だ。人間が素人・灰人・玄人・職人・名人を経て、その果てにようやく辿り着くのが達人である。存在進化6回。1回でも存在進化できれば凄いそうだが、俺はこの世界に来た瞬間から達人だった。
存在進化は1回でもすれば、ステータスが大きく上昇する。駆け出し冒険者が1対1で倒せるゴブリンが、存在進化してホブゴブリンになると中堅冒険者でも1対1では危ないという。もう1回存在進化してゴブリンソルジャーやゴブリンアーチャーなんかになると、熟練冒険者でもパーティーで挑む。ゴブリンジェネラルなんかが出た日には、緊急依頼が発動され、街中の冒険者がかき集められる。存在進化3回でそのレベルだ。
いわんや存在進化6回の達人。そのステータスはどれほどの高さか。しかし残念ながら、俺はゴミ以外に対しては普通の人間と同じだ。これは達人になってから体が馴染むまでに時間がかかるからだという。だが達人になったのが5月30日、今日が1月28日、もう8ヶ月にもなろうというのに、まだ馴染まないのだろうか?
後から考えると、どうやら俺は達人という種族に少しは馴染んできていたようだ。アローと別れたのが正午、今が午後1時、1時間の間に運んだ生存者の数、30人以上。1人2分未満で運んでいた事になる。1人ずつ背負って、瓦礫の上を歩いて運んだのに、である。
「思ったより順調……なのか?」
体感では1人運ぶのに5分10分かかっていたのに、気づくとこうなっていた。
我が事ながら首をかしげてしまう。
だがまあ、救助作業が順調なのはいい事だ。
「おい! しっかりしろ!」
と誰かの声が聞こえる。
ざわめきが広がるとともに、何か異変が起きたことを理解した。
「どうした!?」
「彼の意識がなくなった!」
見れば重傷者がぐったりしている。その横で軽傷者が呼びかけていた。
もう痛がる元気もないとばかりに、重傷者は完全に脱力してしまっていた。これで怪我もなく布団の中にいたら、眠っているのと区別が付かない。
「呼びかけていてくれ。
だが揺すったり叩いたりしちゃダメだ。ちょっと動かしたら、それだけで死ぬかもしれない。」
大事な血管や神経が、傷つく手前ギリギリのところにある可能性が捨てきれない。
こんな状況でも、俺には治療どころか応急処置すらできない。
歯がみしつつ救助活動に戻ると、瓦礫の山を登ったところで、遠くから近づいてくる一団が見えた。




