ゴミ76 達人、樽作りを見物する
1月28日、午前10時。
博物館を出た俺たちは、次に競技場へ向かった。酒樽作り選手権大会が開催されるらしい。領主の屋敷で振る舞われた酒は、たしかにウマかった。どうやって造られるのか、一端でも見られるのは興味深い。
代金を払って観客席へ。人気のイベントなのか、けっこう客入が凄い。まあ、そうでなければ競技場を借りてまで開催しようとは思わないだろう。地球でも木こり選手権とかチェーンソーアート選手権とかあったな。あとテレビ番組の企画で、大工がチーム対抗戦で家を建てるみたいな大会もあったっけ。でも、あれらは映像を見る限り、どれもこれもキャンプ場とか空き地とかを使っているようだった。
「会場の皆様! いよいよ時間となりました。今年もやって参りました、酒樽作り選手権大会。果たして優勝するのは誰なのか。優勝者には来年の酒樽の注文が殺到すること間違いなし! 数年後にはその酒が皆様のもとへ! 酒の味を左右する重要な大会です。どうぞご注目下さい。
では、選手入場です!」
マイクとスピーカーを使ったような声が、競技場内に響く。
そういう魔法でも使っているのだろう。
ぞろぞろと10人ほどの選手が入場してきて、アナウンサーによる選手紹介が続く。その間に、選手それぞれの後ろへ木材が運び込まれた。先に運び込んでおけばいいものを……とも思うが、選手とともに入ってきたということは、選手それぞれが用意した木材なのだろうか。公平を期して大会運営側が用意した木材を使うのであれば、先に運び込んでおくだろう。どんな木材を用意できるかも、選手の腕前というわけか。来年の注文に直結するというのなら、そういう部分も実力のうちという事なのだろう。
「それでは競技を始めます! よーい! スタート!」
アナウンサーの合図で選手たちが動き出す。
まずは木材を1つずつ作業台に載せて、手早くカットしていく。切断力のある魔法でカットする者や、粘土みたいに変形させる魔法をかけてナイフでカットしていく者など、それぞれのやり方があるようだ。
「へぇ……これほど作業内容が違うと面白いな。」
「こんなにバラバラの方法が残っているなんて……。」
アローも驚いている。ということは、冒険者の世界ではある程度「決まった動き」や「決まった役割」というのが出来上がっているのだろう。効率化を求めて最適解を探していけば、最終的に1つの方法に集中するのは当然だ。方法が複数残っているということは、情報交換が少ないか、効率化の目的がそれぞれ違っているのだろう。
こんな大会を開いていて情報交換が少ないとは考えにくいから、目的が違うという可能性が高そうだ。アナウンサーが「酒の味を左右する」と言っていたから、それぞれが目指す理想の味が違うのかもしれない。
「さあ、各選手ほぼ同時にカッティングが終わったようです。次の作業へ移っていきます。」
2×4ぐらいだろうか? 片手で握れそうなサイズにカットされた木材が、作業台の上へ並べられていく。側面に木の棒を刺して連結し、1枚の板にする者や、側面に溝を掘って連結し、1枚の板にする者など、ここでも作業内容はバラバラだ。
だが最終的に1枚の板にして、円盤状にカットするのは同じ。どうやら酒樽の上下にあるフタの部分らしい。
それを2枚作ったら、選手たちは次の工程へ。今度は金輪の中に棒を並べていく。並べてみると、棒は上下が細く、中央が太くなっているのが分かった。ちょうどピッタリ収まるように並べられた棒は、金輪の反対側を縛って固定される。この工程はどの選手も同じだった。
その次に、各選手はまたバラバラの行動を始める。ある選手は魔法を駆使して湯気を出し、またある選手は腕だけのゴーレムを作って動かしている。いずれにせよ、並べて束ねられた棒がだんだんと曲がっていくのは同じだ。樽らしい形が出来上がっていく。
追加で金輪を装着しつつ、ハンマーで叩いて微妙なズレを修正。あとはフタを取り付けて、中身を出し入れする穴と、その栓をつければ完成だろう。
「さあ、いよいよ焼き入れの工程です!」
ん……? 焼き入れ?
選手たちは一斉に火の魔法を使い、樽の内側を焼き始めた。
「何をやってるんだ、あれは?」
「木の樽に酒を入れると、酒に木の香りが移る。焼かないと1週間ぐらいで飲み頃の香りになるが、薄い香りが好きならもっと早く飲めばいいし、濃い香りが好きならもっと長く待てばいい。ただ、酒の種類によっては、40年とかの長い貯蔵期間が必要になる。
そこで、中を焼くことで木の成分が固まって、香りが移りにくくなるんだ。焼けば焼くほど香りが移りにくくなるから、焼き具合にも工夫が必要だ。その焼き具合や、木の産地なんかを考えて、中にどんな酒を入れるか考えることになる。ワインとかウィスキーとかブランデーとか。
同時に、焼くことで木に含まれる自然の糖分がカラメル状になる。これが酒に移ると、たとえばウイスキーの豊かな琥珀色、独特の味わい、そして風味が醸し出される。」
「詳しいな。」
アローがそんなに酒好きとは驚いた。
「場内の展示物に書いてあったからな。」
「受け売りかよ。」
「ウマければ何でもいい。ドワーフじゃないんだから、そこまでこだわらないさ。」
呆れる俺に、アローが肩をすくめる。
ウマければいい、作り方なんて知ったことじゃない。確かに飲む側としては、そうだ。
作る技術と使う技術は違うという話があったが、作り方への興味と飲む味への興味はまた別ということで、どちらも共通しているのだろう。




