ゴミ75 達人、博物館へ行く
1月28日、午前9時。
領主に教わったとおり、大通りを西へまっすぐ進み、突き当たり――つまり海岸線まで行ったところに、臨海公園があった。領主が「併設されている」と言っていた通り、すぐ隣に大きな博物館があり、表に立て看板が出ていた。「古代王朝展」と。
屋台で買い食いするなら2回分ぐらい、安い食堂でなら1回食事ができそうな金額――日本円換算で、だいたい500~600円ぐらいだろうか。入館料を支払って中に入る。
「意外と安いな。」
「そうか? こんなものだぞ。」
日本でも博物館なんて修学旅行か何かで行ったきりだから、相場というのを知らない。てっきり映画館並に料金を取られるかと思っていたから安いと感じたが……「こんなものだ」と言うのならアローは博物館の相場を知っているのだろう。資料館と博物館の区別がつかないような事を言っていたり、あまり興味がなさそうな事を言っていたくせに、なぜ入館料の相場は知っているのか……。
もう1度、今朝の会話を思い出してみる。領主が今日のイベントを教えてくれて、それがたまたま古代王朝展だったわけだが、アローは「浩尉はそういうのに興味があるんだな」と言った。これまでの発展の経緯を知れば、これからの発展を予想できるかもしれないと言ったら、「作る技術と使う技術は別だ」と言うので、俺はアローが博物館に興味がないものと思ったが……考えてみると、アローが言ったのは当たり前のことだ。つまり「そう簡単に思いつくわけないだろ」という程度にも解釈できる。
ならば使う技術についての展示があるかもしれないと言ったら、「そうだといいが」と言っていた。つまり、そうか、アローは博物館には興味があるのだ。ただ、乗り鉄を撮り鉄の活動に誘っても「乗れないから」と興味が湧かないように、歴史博物館では弓矢成分が少なすぎて興味が湧かないのだろう。領主は弓矢専門の博物館はないと言っていたが、特定の戦闘に関するディープな内容を展示した博物館なら、弓矢成分も増えて興味が湧くのかもしれない。
「ふむ……?」
博物館に入って最初の展示物は、年表だった。
200年前から現在の位置に王都がある。従って200年前から現在までを「近現代」という。
1000年前から200年前まで、キオートが王都だった。この時代を「近世」という。
その前はチョーオーカー、さらにその前はダイハーンが王都だった。この時代を「中世」という。
この博物館で古代王朝展として取り上げているのは、それより前、王都がディバイドにあった「古代」と呼ばれる時代だ。
現代の日本人である俺の感覚からすると、この世界の「現代」は「中世っぽい」と思うのだが……いつか思った事がある。地球の歴史でも「近代」とか「現代」という言葉を使うが、1000年後の地球人はどういう言葉で現代を指すのだろうか? 1000年後の地球人にとって現在の地球は「1000年前の地球」だ。それを「現代」とは呼ばないだろうし、今「近代」と呼ばれる時代も決して「近い時代」とは思わなくなるだろう。
その答えを見た気がする。
俺からすれば「中世」に生きる人々が、自分たちの時代を「中世」とは呼ばない。「現代」と呼ぶ。なるほど、当然だろう。きっと1000年後の地球人も、現在の地球を「現代」とは別の言葉で呼ぶのだろう。
「ディバイドに古代王朝があったのか。」
ダイハーンにはお城が残っているが、ディバイドにはお城は……。領主の屋敷も普通に屋敷だ。いや、あるいは、跡地なら見つかっているとか、古くなりすぎて記念館みたいに大事に保存されているとか?
「お城とか残ってるのか?」
「さあ? さすがに古くて残らないと思うが……ダイハーンのお城も何度か修築しているらしいし。
というか、古代王朝にお城を建築するだけの技術があったのか?」
「ああ、それもあるか……。」
そういえば、チョーオーカーでもお城は見なかった。チョーオーカーのお城はどうなったのだろうか? 残っていないのか、あるいは造られなかったのか……安全面に不安の少ない時代なら、防衛施設たる「城塞」よりも行政施設たる「宮殿」が造られそうなものだ。宮殿は屋敷をもっと豪華にした感じの建物で、防御能力よりも見栄えを重視している。日本でも山城から平城の時代へ移っていったわけだし。チョーオーカーとダイハーンの時代をまとめて「中世」にしている理由も、そのあたりか? この博物館は古代王朝展だから、そのあたりの情報は別の機会に得るしかないだろう。
「まあ、見ていけば分かるんじゃないか?」
「そうだな。」
壷やら皿やらの土器、武具や農具に加工された鉄器、何かの遺跡の調査資料などが展示されていて、興味深くはあるのだが、出土した場所の名前が知らないものばかりで、俺にはちんぴんかんぷんだった。
うーむ……だんだん俺も興味を失ってきたぞ……。
「おや……?」
展示品を眺めながらしばらく歩いて行くと、また何かの調査資料が展示されている区画になった。
どうもこの博物館の主たる研究対象らしく、かなりのスペースを使って展示されている。
「……丸いピラミッド……?」
そう表現するのが適当だろう。あるいは和風に「円墳」か? とにかく、それは墓であるらしい。内部には横穴があって、その中に棺を納めるようにできているらしい。なぜか横穴は迷路のように複雑で、なぜそのような複雑な通路が用意されたのか、現在もなお研究中であると書かれていた。
「墓荒らしでもするつもりか?」
墓に興味を持つなんて……とアローが肩をすくめている。
「いや、どこの地域でも古代人は墓を大きく造ろうとするんだな、と思って。」
古墳しかり、ピラミッドしかり、ヨーロッパでも中国でも、古代人は巨大墳墓を造っている。
世界は違っても、人間が考えることは同じか……と、謎の安心感が襲ってきた。




