ゴミ74 達人、予定を立てる
1月28日、朝。
ディバイドの領主に屋敷へ泊めてもらって、その翌朝である。
メイドが桶に入った湯とタオルを持ってきてくれて、それで顔を拭き、身支度を調える。
モーターみたいな機械的なものがないから、水道設備もなく、従って洗面台なんてものはない。水は井戸なり川なりから汲んでくる必要がある。
それを湯にするとなれば、また薪に火をつけ、鍋なり窯なりで沸かさなくてはならない。薪だってこんな都会では、裏山から拾ってくるようなわけにはいかない。タダではないから、庶民には料理以外で湯を沸かすなんて事はないだろう。
宿屋でも、洗面のために出てくるのは水だ。もちろん風呂なんてない。ぬれタオルで体を拭くか、川で水浴びか。
要するに、洗面のために湯が出てくるなんてことは、さすが貴族だ。
「浩尉。起きているか?」
ノックが聞こえて、続けてアローの声が聞こえた。
「起きてるよ。入ってくれ。」
ちょうど身支度が終わったところだ。
メイドが俺の言葉に合わせてドアを開け、アローが部屋に入る。入れ違いにメイドは一礼して部屋を出た。
「どうもありがとう。」
ドアを閉めようとするメイドに声を掛けると、メイドはもう1度頭を下げて立ち去った。
「それで……浩尉の仕事は昨日のあれで終わったんだよな?
今日はどうする? もう次の街へ行くのか?」
「そうだな……。」
王様から貰った地図を広げる。
全国20都市のうち、キオート、ダイハーン、ディバイド、そして次に訪れる予定のゴッドア。この4都市が非常に近い距離にある。
ダイハーンが中央にあって、北にキオート、南にディバイド、そして西にゴッドアだ。東には山があって、その山を越えればメイゴーヤである。ダイハーンの南西は海で、その名もダイハーン湾。この海を中心に見ると、東にディバイド、北にゴッドア、北東にダイハーンとなる。
従って、ディバイドからゴッドアへ向かうには、一旦ダイハーンへ戻る形になり、しかも海岸線に従って大きく弓なりにカーブして進むことになる。昨日のうちに領主から聞いたところによると、ディバイドからゴッドアまでは徒歩9時間以上かかるそうだ。
ニアベイで舟を手に入れたから、あれを使って海を横切れば6時間ぐらいで到着できるかもしれない。接岸に適した場所を尋ねると、領主からは「それはやめてくれ」と言われた。ダイハーン湾に接するダイハーン・ディバイド・ゴッドアの3都市は、いずれも商業港として発展しており、大型船の往来が頻繁にある。そこを小舟で横切るのは大変危険だというのだ。いまいち実感が湧かないが、高速道路を徒歩で横切るようなものだろうか。
であれば、一気にゴッドアまで踏破するより、ダイハーンで1泊したほうが、スケジュール的にも体力的にも余裕ができる。ダイハーンまでは3時間ほどだから、昼過ぎに出発しても夕方には到着する。
「観光していこう。」
ちょうど博物館とか競技場とかに興味があったんだ。せっかくだから見ていこう。
そんな事を話していたら、再びメイドがやってきて、朝食に呼ばれた。
◇
ベッドみたいなサイズのテーブルを、領主一家と俺たちで囲み、朝食となった。
昨日すでに夕食をご馳走になっているので、いくらか緊張も解けているのだが、相変わらずこの食事風景は慣れない。一番気になるのは、周辺に控えているメイドたちだ。レストランみたいに給仕をやってくれるわけだが、ウエイトレスが暇になったらカウンターの奥へ引っ込むのと違って、メイドたちは料理を出した後も壁際に控えている。
まあ、料理はウマいんだが……動物園で食事シーンを見物される動物たちも、こんな気分なのだろうか。
「そうですか。ディバイド観光を……それはそれは。
今日ですと、たしか大通りを西へまっすぐ進みました先、突き当たりにあります臨海公園に併設されたディバイド臨海博物館で、古代王朝展というのをやっているはずです。
あとは、その臨海公園の少し南にあります競技場で、酒樽作り選手権大会をおこなう予定です。」
執事に確認することもなく、領主はすらすらと答える。
いい情報を得た。
そして、やはり優秀な領主だ。庶民のイベントを把握しているというのは、ちゃんと庶民に関心を持っているからだろう。
「古代王朝展……興味深いですね。
それに、昨日いただいたお酒は確かに美味しかった。どうやって作られているのか、その一端でも見学できるのは、いい機会ですね。」
「行くのか?」
「もちろんだ。」
「浩尉はそういうのに興味があるんだな。」
アローはあまり興味がなさそうにつぶやいた。
「歴史や技術に興味はないか? 弓矢だって、構造やら製法やら色々と変わってきている。今までどういう変化・発展をしてきたか知れば、今後どういう変化・発展をしていくか予想できるというものだ。場合によっては、自分でその新しい段階を開発するかもしれない。」
コンパウンドボウしかり、リサイクルしかり。
魔法がない地球では、コンパウンドボウより先に銃砲が発達し始めたが、魔法があるこの世界なら、また違った進歩があるかもしれない。
「鍛冶屋が同時に優秀な剣士というわけではない。
作る技術と使う技術は別物だ。」
「古代王朝展には使う技術もあるかもしれないぞ?
人類の歴史は戦争の歴史なんて言うぐらいだし。」
「そうだといいが……。
まあ、私は護衛だし、どこにでもついていくだけだ。」
弓矢専門の博物館とか、弓矢作りの大会とかだったら、アローも食いつくのだろうか?
「残念ながら弓矢を専門とする博物館はありませんな。
弓具店も、一番近いところでダイハーンのお城の北になります。ディバイドでも猫耳商会に頼めば、取り寄せてもらえますが。
一応、ディバイドにも弓の練習場ならありますぞ? 当家からですと、南東と南西の方向に、それぞれ1カ所ずつ。1時間半ほど歩けば到着します。」
「行ってみるか?」
「いやいや……冒険者が練習場に通うというのは、あまりない事だ。
そんな暇があるなら実戦で鍛えればいい、というのが一般的だな。仕事と両立できて収入にもなる。わざわざ利用料を支払って練習するのは、もったいないという感覚になる。
もっとも、私の場合は単に、練習場では的が近すぎるわけだが。」
「ああ、そうか……。
ちなみに、領主殿。ディバイドの弓の練習場というのは、的までどれほどの距離ですか?」
「最長で100mですが……?」
飛距離から考えると、普通だな。ただし練習場としては大きい部類だ。
とりわけ都市部でそんな広い練習場があるのは珍しいだろう。弓道だって30mとか60mとかだ。アーチェリーでも同じぐらいである。
つまり、それ以上の距離は、飛ぶには飛ぶが狙うのは難しいということである。
だがアローの場合、1km先を狙える。確かに練習場では練習できない弓使いだ。




