ゴミ69 達人、対決する
1月19日、午後4時。
私は執務室でその報告を聞いた。
「失敗しただと!?」
「ナイフが刺さらず、さらに予想以上の抵抗を受けたため、やむなく……。」
「刺さらなかったとは、どういう事だ?」
「弟君のほうは執事がかばったため、命中しませんでした。
大使のほうは、命中したのに刺さりませんでした。攻撃した者の報告では、『鉄でできた布に突き刺そうとしたような感触』だったそうです。」
「防御魔法を施した特殊な衣服を着ているということか。
ならば、肌を露出している場所を狙えばよかろう。」
「はい。大使がしかけた爆発攻撃の際には、大使も肌が出ている頭部を守りながら繰り出していたとのことで、次はそのように致します。」
「爆発ぅ!?」
「なんでも白い粒が高速で飛び散ったと……。」
「そんな攻撃手段を持っているとは聞いていないぞ!?」
「新しく用意したのでは……? それか、奥の手として隠していたのだと思いますが。」
この少し後で、定期報告に混じって大使が川の中の魔物に爆発攻撃を仕掛けていたことを知るが、後の祭りだった。
「遠からず、ここに乗り込んでくるか……。」
状況的に一番怪しいのは私だ。
弟は大使と一緒に私を糾弾しにかかるだろう。
「プランBだな。」
残念だが、ゼルコバには滅んで貰おう。
「ゼルコバを滅ぼす準備はできているか?」
「いえ、ご命令からまだ1時間半です。徒歩なら4時間かかる距離ですし、馬を使ってもまだ到着したかどうかというところかと。準備には、さらに数日かかります。」
「ならば城の防御を固めよ。」
襲われた件でここへ来るというのなら、それは大使の権限を超えている。ゴミについての事案ではないからだ。つまり、それなら拒否できる。力ずくで押し入るのを防ぎさえすれば、ゼルコバを滅ぼす作戦が動き、何も知らない兵士がその知らせを慌てて報告しに来るだろう。そうなれば、キオートではスタンピードに立ち向かったという大使だ。前例がある以上、ここでも同じように動いて貰う。キオートの民を助けて、ダイハーンの民を見捨てるというのは、騎士爵で近衛騎士と同格の扱いとされる大使にとって、選べない選択肢だろう。
◇
片付けを終えて、残りの証拠資料を収納した俺は、その日はそのまま領主の弟の屋敷へ泊めて貰うことにした。
執事の状態も心配だし、2度目の襲撃があるかもしれない。
明けて翌日、1月20日。
執事の面倒はメイドに任せて、俺たちは領主の城へ向かった。
「これはまた、大歓迎だな。」
領主の城、その門前まで行くと、門は閉じられ、防壁の上に兵士がずらりと並んでいた。
まるで敵軍が攻めてくるのに備えて防御を固めているような有様だ。
「こちらは、廃棄物処理特務大使の五味浩尉騎士爵である!
ゴミに関する調査をおこなう権限を持ち、貴族はそれに協力する義務を負う!
廃棄物処理センターの汚職について、大使としての調査権を行使する! ダイハーン領主はこれに協力し、速やかに開門せよ!」
領主の弟が、大声を張り上げた。
防壁の上の兵士たちが、明らかに動揺している。
ゴミに関するものでなければ調査権を行使できないから、昨日の襲撃とかゴミに関係ない汚職とかを理由に登城しようとするなら拒否する姿勢だったのだろう。
だが残念。そのあたりはすでに昨日のうちに、領主の弟と打ち合わせ済みだ。領主補佐をやっているだけあって、そのあたりの知恵はよく働く。
間もなく、城門が開いた。
◇
玉座の間で、苦々しい表情で俺たちを迎える領主。
玉座は階段の上に作られていて、城全体の様式はかなり古めかしい。1000年前、チョーオーカーからキオートに王都が移り、200年前に現在の場所へ王都が移ったが、チョーオーカーよりもさらに前の時代には、このダイハーンが王都だったらしい。この城は、その時代の王城だ。
俺は階段下、部屋の中央に立ち、1枚の紙を取り出した。
「上意である!」
開口一番に告げた言葉に、まずは隣に立っていた領主の弟が、俺の正面へ回って平伏する。
一瞬、何を言っているのか分からないという顔をした領主は、玉座から飛び上がって階段を転げ落ちるように駆け下り、階段下まで来て平伏した。
俺が取り出した紙、そして「上意」という言葉は、つまりこの紙が王様からの命令書であり、それを読み上げる俺は、この場において王様の代理人であるという事だ。もちろん詐称すればただでは済まないが、本物であればこれを無視するのもただでは済まない。
領主も「本物なのか? そんなバカな」と内心では疑っているだろうが、それを口に出すことも態度に出すことも許されない。
「ダイハーンにおける汚職につき、処分を申し渡す!
現職の領主はその職を解き、入牢申しつける!
追って王城より調査団を派遣するものとし、調査終了までの領主代理として、領主補佐にその任を与える!
また、領主補佐はその役目不行き届きにつき、減俸3年を申しつける!」
以上、と告げると、たちまち領主は立ち上がった。
「ほ、本物なのか!? バカな! どうやって!?」
命令書は、命令を与える相手に渡さなくてはならない。
だから俺は、読み上げた命令書を領主に渡した。
領主は命令書を確認し、紙の種類、筆跡、インクの種類、文体、様式、印影など、見て取れる限りの情報を見て取り、偽物である証拠を探そうしているようだった。
だが、そんなものは見つかるわけがない。
「当然それは本物だ。」
メイゴーヤを出発する直前に、ゴミ拾いLV5に目覚めた。その効果は、ゴミ拾い用具を半自動・全自動で動かせるようになるというものだ。それが1月10日のことだった。
そのときの実験で、用具を動かせる限界距離を探るために、できるだけ遠くへ用具を飛ばしてみるという実験をしていた。この実験では紙袋を使用し、際限なくどこまでも飛ばせそうだという事が分かったが、この時点では実際に確認できるのは肉眼で見える距離までだった。アローに見て貰って、5km程度までは確認できたが、それ以上は不明だった。
しかし、飛ばした紙袋には「王都へ向かってまっすぐ飛べ」と命令しておいたから、LV6(ゴミ拾い用具の半径1km以内にあるゴミを探知できる)に目覚めた1月14日の時点で、飛ばしておいた紙袋が見えなくなってからもずっと王都へ向かって飛んでいたことが分かった。
メイゴーヤから王都までは、徒歩で10日。しかし上空を飛行させた紙袋は、徒歩より移動速度が速く、しかも地形や道路に影響されずに直線的に飛ぶ。そのため、14日の時点で、すでに王都に到着していた。
そして昨日、1月19日、紙袋の収納効果を使って、ダイハーンで書いた報告書をゴミとして手元のゴミ袋に収納し、王城で王様の前まで飛ばした紙袋から取り出して提出。さらに収納していた証拠書類を同じように王様の前へ取り出した。
王様はこれを受けて命令書をゴミ袋へ捨ててくれたのだ。捨てられたものはゴミであるから、これを収納し、ダイハーンで手元のゴミ袋から取り出すことができた。
「調査団も本当に来るから、大人しく牢屋に入っていたほうが身のためだぞ。」
領主は穴が空くほど命令書を隅々まで確認して凝視していたが、どうしても偽物である証拠が見つからず、しまいにはわなわなと震え始めた。
顔が真っ赤になっていき、命令書を掴む手に力が入っていく。そんな雑に扱うと、あとでバレたら叱責ものだが……。
「くっそおおおっ!」
いきなり領主が命令書を床に叩き付けた。
かと思ったら、剣を抜いて俺に斬りかかってきた。
「兄貴!?」
「浩尉!」
領主の弟とアローがそれぞれ声を上げるが、領主は止まらず、俺は咄嗟に腕で防ごうとしていた。
特に考えてやった事ではなく、咄嗟に出た反射的な行動だった。それが振り下ろされた剣をちょうど防ぐ形になった。もちろん作業服は破壊不能。そして長袖である。衝撃は伝わったが、斬れることはない。とすれば鉄の棒で殴られたようなものだが、骨が折れた様子もなかった。
「お前がッ! お前さえ居なければッ!」
領主はめちゃくちゃに剣を振り回した。
その動きは、素人の俺から見ても剣術とよべるようなものではなかった。ただ怒りにまかせて暴れているだけだ。
驚きはしたが、領主があまりに怒り狂っているので、それを見た俺は逆に冷静になった。他人のふり見て我がふり直せ、みたいな心境なのか、自分を客観視できるようになった感じだった。
せっかくダメージがないので、それならばと、俺は振り回される剣を防いで接近戦の練習にした。本当は剣術なり槍術なりを相手にしないと、大した練習にならないのだろうが……。そうして、こっそりロープを取り出して、領主の背後に回り込ませ、触ったか触らないか分からない程度に緩く巻き付けていって、最後に一気に締め付けて動きを封じた。
「連れていけ。」
なおも暴れようとする領主を、その弟が命じて、兵士に運ばせる。
「……いったい、どうしちまったんだ、兄貴……。」
昔はこんなじゃなかったのに、と弟はため息をついた。




