ゴミ64 達人、天下りを知る
宿屋で1泊して、1月19日。
昨日アポを取った通りの時間に、領主の城を訪れた俺たちは、挨拶のあとで本題に入った。
もうだんだん城にも慣れてきたな。
「ゴミの処理については、廃棄物処理センターという組織が担っておりまして、これは私が持っている組織ではありません。」
「つまり外注していると?」
「そういう事です。」
常時出続けるゴミの処理を、全部外注しているというのは珍しい例だろう。外注すると相手も利益を出す必要があることから、割高になる。それなら担当部署として自前の組織を持ったほうがいい。そうしないのはダイハーン特有の事情があるのだろうが……。
しかし、たとえその廃棄物処理センターと癒着していて賄賂を受け取っているとしても、ゴミ処理さえ俺に任せて貰えれば、後の事は知らない。俺の管轄外だ。
俺としては、その廃棄物処理センターに行けばいいだけだ。場所を聞いて城を出ることにした。
「……監視が付いたぞ。」
部屋を出て数歩のところで、アローがぼそっと言った。
耳とドアを交互に指さしている。聞こえた、という事か。
「監視?」
「あの領主がつけた。たった今、命令したばかりだ。」
「何のために?」
「さあ?」
肩をすくめるアロー。本気で分からない様子だ。
聞こえたのは「監視しろ」という命令だけだったのか。
◇
城を出たその足で廃棄物処理センターに向かう。
辻馬車に乗ったときの事を思い出す。あのステーションに似ている建物だった。つまり、馬車用の厩舎と倉庫が合体したような建物があって、馬の休憩と車体の整備がいっぺんにできるようになっている。その隣に事務所があって――ただし、その大きさがまるで市役所だ。辻馬車のステーションとは比べものにならない。
「廃棄物処理特務大使の五味浩尉騎士爵です。国王陛下のご命令により参上しました。
領主に聞いたところ、ダイハーンのゴミ処理はこちらが担当しているとの事ですが、間違いなければ責任者を呼んで頂けますか?」
「こ、国王陛下の……!?
それはそれは、どうも恐れ入りますけれども、あいにくと責任者は席を外しておりまして。」
と、事務員はぺこぺこしながら対応してくれた。
やっぱり王様のネームバリューは凄いな。
「いつ頃お戻りに?」
「それが……分かりません。
というのも、不在にしているのは、いつもの事なので。そもそもいつ来るか分からないのです。」
事務員はひどく困った様子で答えた。
しかし、責任者がいつも不在とは?
「どういう事ですか?
その責任者は、どういう人物で、なぜそんな事になっているのか、分かる範囲で結構ですから教えてくれませんか?」
下手な手合いだとここで事務員を厳しく尋問するところだが、事務員なんかを責めてもどうしようもない。事務員には責任者の行動管理の権限も責任もないのだ。むしろ責任者が事務員の行動管理の権限と責任を持っている。責任を持っているから責任者というのだ。
だが、ここの責任者は持っているはずの責任をそこらへんに放り出しているようだ。
「それが、その……。」
事務員が話してくれたところによると、責任者は……例によって名前が長いので、事務員も覚えていなかった。役職名は「所長」だが、事業所名が廃棄物処理センターなので一般には「センター長」と呼ばれている。
70歳近い老人で、センター長になったのは数年前。領主の下で文官をやっていたが定年退職。その直後にセンター長として雇われた。
「雇われた? では、雇ったのは誰ですか?」
「社長です。」
「廃棄物処理センターには、複数の店舗がありますか? 所長は複数人いますか?」
「いいえ、ここだけです。所長はセンター長1人だけです。」
なるほど。社長の下に所長がいるパターンか。複数の店舗にそれぞれ店長を置くのは想像しやすいが、会社によっては店舗が1つしかないのに、社長とは別に店長がいる事がある。なぜそんな無駄なことをしているのかといえば、無駄ではないからだ。つまり、店舗は1つでも事業内容が複数あって、店長はその中の一部しか担当していない。あるいは社外との折衝を社長がやって、社内のことは店長に任せている。それ以外の場合もあるだろうが、要するに社長の業務を軽減するために置いた補佐役で、役職名は副社長でも社長補佐でも代貸でも若頭でも何でもいいが、たまたま店長という名称を使っているだけだ。この場合は所長だが。
「社長は今どちらに? 不在ですか?」
「はい。社長もセンター長も同様で……。」
社長というのも70過ぎの老人で、やはり領主の下で文官をやっていた人物だという。定年退職後に廃棄物処理センターの所長として雇われ、先代の社長が引退したときに社長になったらしい。
なるほど、つまり、天下りというやつか。廃棄物処理センターは天下り先として、少なくとも2度は天下りを受け入れていると。
「確認ですが、ほとんど顔を出さない、つまり勤務実態のない社長と所長がこの廃棄物処理センターの責任者なのですね?」
「そうです。」
「日常業務の様々な決定に不便だと思うのですが、どなたが処理を?」
「……そ、それは……その……。」
事務員の目が泳ぐ。
「私は別に、廃棄物処理センターを取り締まるために来たわけではありません。
私の目的は、廃棄物処理センターがやっているゴミ処理の最終段階を、こちらで引き受けるという、まあ、業務提携や下請け契約みたいな話です。」
「そ、そうですか……。」
事務員はあからさまにほっとした様子だった。
「具体的には、今は集めて燃やして埋めているかと思いますが、その部分を集めるだけに変更して頂いて、燃やして埋める代わりに、こちらへ引き渡して頂くことになります。
そのあたりの変更を指揮命令できるのは責任者だろうと思いまして、話を通しに来たのですが、今のお話だと、責任者ではない誰かが指揮命令をおこなうようですね? どなたですか?」
「それは、それぞれの担当の仕事の分を、その事務員が処理しています。
でも指揮命令とかはしていないので、お訪ねの場合ですと、部長全員に話しておけば大丈夫かと思います。」
組織図としては、社長の下に「所長」と「会計部」があり、所長の下に「総務部」「建設部」「水道部」「環境部」とあって、建設部は建築作業からのゴミを、水道部は下水や排水溝に入り込むゴミを、環境部は一般家庭や商業施設などから出るゴミを、それぞれ集めている。
そして、たとえば環境部の下に「施設係」「環境係」があり、施設係というのは葬儀場や火葬場から出るゴミを、環境係というのは一般家庭や商業施設などから出るゴミを集めている。これらのゴミ収集に使う馬車や馬は、総務部財務課管財係というのが他のすべての資材(紙やペン、机や椅子なども含めて)と一緒に管理しているらしい。
なるほど、けっこう大きな組織だ。これなら建物も大きいものが必要なのだろう。そういえば葬儀場から出るゴミなんて、拾った覚えがないが……。考えるのはやめよう。呪われそうだ。
ちなみにアローは護衛に徹してずっと黙っている。プロだなー。




