ゴミ58 達人、チョーオーカーへ行く
猫耳商会の看板は、招き猫だ。
そのデザインは、2000年前の達人であるシチミカラコから教わったという。
しかも、その達人がまだ生きているらしい。
「マジで?」
「マジですにゃ。
今は小さな農家として慎ましく暮らしていらっしゃるにゃので、シチミカラコ様から作物を仕入れている人でもなければ、その名前を聞きませんにゃ。」
「猫耳商会は、その達人と取引があると?」
「ありますにゃ。
初代会長が猫耳商会を立ち上げる時からのご縁だと聞いていますにゃが、ウチもずいぶん可愛がっていただいてますにゃ。」
「どこに住んでいるのですか?」
「チョーオーカーですにゃ。
2000年前にはチョーオーカーが首都だったそうですにゃ。シチミカラコ様は、当時の国王陛下からチョーオーカーに家を与えられたとの事で、今でもその家に住んでいらっしゃいますにゃ。」
築2000年の家って……もう国宝級の歴史遺産じゃないか。
法隆寺の五重塔だって1400年前ぐらいの代物だ。それより古い建築物が残っているとは驚異的である。だが、そんな事があり得るのか? しかも人が住んでいて、という条件だ。空き家よりマシとはいえ、保存を目的に手入れされているわけではないから、いくらか傷むはずだ。もしかして、修築とか改築とかを繰り返して、もう原型はとどめていないとかだろうか?
まあ、家の歴史的価値はともかく、俺が興味を持ったのはシチミカラコというその達人本人に対してだ。名前の響きからして、もしかすると俺と同じように転移してきた日本人かもしれない。
「会ってみたいが……。」
「ご案内しますにゃ。」
「ありがとう。」
これで確認できるだろう。
日本人だったらどうするという事もないが、郷愁の念みたいなものがある。外国で日本人を見つけたときのような、なんとも言えない驚きと感動がある。
「2000年前の達人か。それだけ生きていたら、普通に生きた歴史書・生きた百科事典だろうな。」
「存在進化の最終段階……いったい、どれほど強いのか……立ち合ってもらえたりしないでしょうかな?」
「にゃー……。立ち合いは、きっとお断りされると思いますにゃ。
今は農家として生きていらっしゃいますからにゃ。」
アローとオーレさんも興味津々だ。
次の目的地はチョーオーカーで決定だな。ちょうど次の20都市ダイハーンに向かう途中にあるし、都合がいい。
◇
明けて翌日、1月17日。
エコさんの案内で、俺たちはチョーオーカーを目指し、キオートを出発した。
「昼には到着しますにゃ。」
というその言葉の通り、3時間ほどでチョーオーカーに到着。距離としては15kmぐらいなのだろう。
「ここがチョーオーカー……。」
言葉が出ないような光景だった。
何より目を奪われるのは、整えられた庭園のような木々だ。どこもかしこもハイセンスな感じで木が植えてあり、花の季節、紅葉の季節になれば、それはもう見事なものだろうと思わせる光景だった。残念ながら1月半ばではほとんど枝ばかりだが。
いい時期に来たら、この街で撮影した写真をそのままパソコンのデスクトップにしたり、大きめに印刷して額縁にいれて飾ったりしてもよさそうだ。
「シチミカラコ様のお宅は、こっちですにゃ。」
エコさんが案内してくれた先にあったのは、街中の一等地にある畑付きの邸宅だった。日本だったら十分に豪邸だが、現役のお城があるこの国では豪邸とまではいえない。ただし民家と比べると明らかに豪華で、ニアベイの領主が住んでいた「ちょっと大きめの民家」よりも遙かに立派だ。
「そのシチミカラコ様というのは、2000年前の達人なんだよな?
2000歳ってことか? 封印されていたとか、秘術で未来へ移動したとかじゃなくて?」
アローが尋ねる。
なるほど、封印とか時間移動とか、そういう可能性もあったか。もし普通に2000年生きてきたのなら、同じ達人である俺も、病気とか怪我とかで死ななければ、この先2000年は生きていく事になる。
「そのハズですにゃ。」
「……どんな老人なのですかな?」
オーレさんが首をかしげた。
人間なら100年もすれば立派な老人だ。80代より90代、90代より100代のほうが、明らかに顔のしわも皮膚のたるみも増してくる。とりわけ100歳を超えた老人の顔なんて、まるで樹木の表皮や魚の鱗みたいに非常に細かくしわが入っている。そこんとこ行くと、2000歳の老人なんて、いったいどんな姿になっているのか……。
それに、精神的にも高齢者というにはあまりに高齢だ。新しい事への理解が難しくなるとか、いつまでも昔の価値観で生きているとか、そういう年寄りらしい特徴を備えているのだろうか? 2000年前と今ではあまりにも何もかも違っていると思うのだが、まともに生活できるのだろうか?
「まあ、見たら分かりますにゃ。」
◇
「というわけで、彼らをご案内しましたにゃ。」
「そうでしたか。ようこそお越し下さいました。」
メイドに案内された先で、俺たちはついに2000年前の達人と出会った。
……はずだ。
……2000年前の、2000年も生きてきた、老人と……老人?
「私が七味唐子です。」
「五味浩尉です。
……失礼ですが、ご本人ですか? 2000年も生きているという……?」
そこに居たのは、20歳前後の女だった。
顔立ちは日本人らしい特徴を備えている。
「そうですが……まあ、この姿では2000歳だと言っても信じられませんよね。」
「いえ……これは朗報と受け取るべきでしょうね。」
「まともに会話ができる事が、ですか?
それとも、自分の将来の姿を、ですか?」
向こうから切り出してくれるとは好都合だ。
どうやら相手も同じ事を確認したかったようだ。
「日本人の転移者という事で間違いないでしょうか?」
「そうです。やはり五味さんも?」
「ええ。
転移した直後に、種族が達人になっている事に気づきました。」
「まあ、そうでしたか。
私の場合は、最初は人間だったんです。それが存在進化を繰り返して、達人に……。」
人間から素人、灰人、玄人、職人、名人を経て、その先にようやく達人がある。人間から順に進化したというのなら、達人という種族がどうやって到達できるのか段階を明らかにしたのは彼女の功績だろう。
ただ、存在進化は1回できれば凄いほうで、2回やるには人間の寿命では足らないほどだ。それが、人間から始めて、生きている間に達人まで到達できたというのなら、経験値的なものを効率的に獲得できる秘密があるのだろう。そしておそらく、それは彼女のスキルによるものだ。
「俺の技能は『ゴミ拾い』なんですが、七味さんの技能は?」
自分の技能を明かすのは、情報戦としては危険な行為だが、俺の場合はもう今更だ。けっこう派手にやってしまっている。そして彼女も「今は慎ましく暮らしている」とのことだから、かつては派手にやらかしたのだろう。当時の王様から家をもらうほどだし。
「私のは『菜園』です。」
菜園……?




