ゴミ56 閑話 それぞれの反応
俺はキオートの兵士。
古都キオートを襲ったスタンピード。最初は3000と報告された魔物は、実際には5500ほどだった。キオートに被害を出さないとか、魔物の方が数が多いとか、街を襲いに来たと思ったのに通り過ぎようとされたり、包囲しようとしたら散り散りに逃げられて失敗したり、色々な制限があって苦戦したが、ダイハーンからの冒険者や、ニアベイの騎士団が援軍に来てくれて、何とか乗り切った。
領主はそれぞれの団体にお礼やねぎらいの言葉をかけてまわり、情報収集と治療を指示していた。衛生兵に混じって、騎士団や冒険者からも回復魔法を使える者が治療に参加し、使えない俺たちは負傷者の移動を手伝ったり、魔物の死体の片付けを始めたりした。俺は死体側だ。
死体を放置すると疫病の原因になるほか、アンデッドになって動き出すことがある。縛ってもその縄が朽ちてから動くかもしれないし、関節を砕いたぐらいではアンデッドは止まらない――スケルトンなんか、そもそも関節が物理的につながってない――ので、文字通り「粉砕」する必要がある。だが、いちいちバラバラにするのは面倒なので、火葬するのが現実的だ。骨が燃え残っても、火を通せばもろくなり、子供が踏むぐらいの力でも砕ける。
せっせと死体を集めて焼いていく俺たち兵士を後目に、あの大使殿は死体を薄っぺらい袋に次々と詰め込んでいく。入れたそばから死体が消えてしまうのだから、あの薄っぺらい袋は魔法の鞄なのだろう。あとで冒険者ギルドにでも売りつければ、いくらかの儲けにもなるから一石二鳥というわけか。ゴブリンの死体は家畜の餌ぐらいにしかならないが、コボルトは毛皮、オークは食肉として、割と一般的に出回っている。
もっとも、俺たち兵士がこの規模の死体を冒険者ギルドに売ろうとしたら、だいぶ嫌がられるだろう。単価の安い仕事が大量に舞い込むことになるから、解体担当の従業員が悲鳴を上げるに違いない。……あれ? でも処理する死体の数は、あの大使殿のほうが多いような……? 集めて焼く手間がなくて、どんどん拾っていくだけだから当然だが……。もしかして、あとで冒険者ギルドから文句言われるパターンか? まあ、領主は庶民を見下しているから、そんな文句を言われても無視するだろうけど。
◇
私はニアベイの騎士団団長。
一通りの事後処理を終えて、我々は集合・整列した。
各班の班長が、団長の私にそれぞれの作業を完了した旨を報告していく。
私は全ての報告を聞き終えて、号令を出した。
「気をつけッ! キオートを守って散った英霊に、敬礼ッ!」
ザッと動きをそろえて、我々は一斉に敬礼した。
魔物のほうが数が多かったのだ。負傷者だけで済むわけもなく、死者も出ている。だが魔物が攻撃よりも移動に重点を置いていたおかげで、この規模の戦闘にしては驚くほど死傷者が少ない。
「なおれッ!
右向けぇ~右ッ! 全体ぁ~い進めッ!」
ザッザッザッ、と足音もそろえて我々が向かった先は、もちろんニアベイの救世主殿のところだ。
今回のことでキオート防衛の立役者にもなったと言えるだろう。なにしろ開幕1000体の魔物を倒したという話だ。およそ2割が救世主殿1人の手で倒された。これは驚異的な数字だ。
「全体ぁ~い止まれッ! 救世主殿に敬礼ッ!」
ザッと動きをそろえて、我々は再び一斉に敬礼した。
ちょっと驚いた顔をしながら、救世主殿が敬礼を返してくれる。これが救世主殿だ。いつだって我々の意を汲んでくれる。そこに痺れる、憧れる!
◇
俺は冒険者。
紙飛行機の開発者ゴミヒロイ。賢者か大魔術師か……と一部で噂になっていたが、さすがに1人で魔物を1000体も倒すなんて、俺は正直、そんなの信じてなかった。
けどよぉ、見ちまったものは疑いようがねぇ。無数に飛ぶ手袋と、それらが死体を振り回す光景。まるで短剣の二刀流みたいなめまぐるしい連続攻撃でありながら、振り回しているのはオークやコボルトの死体なんだから一撃の威力と攻撃範囲はハンマーよりデカい。殴られた魔物は、数mも吹き飛ばされて、ほとんどはそのまま絶命していた。まるで大きな建物が崩壊して、大量の瓦礫が頭上に落ちてくるような、そんな圧倒的な手の付けられなさだった。
どうしようもなく分からされちまった。あんな事ができるのなら、1000体の魔物を1人で倒すことだってできるだろう。別にファンとかじゃないから声を掛けようなんて思わないが、むしろ近寄りがたい。Sランク冒険者や王族を見るような気分だ。あれは規格外だ、と無理矢理に分からされた。
規格外といえば、ゴミヒロイの仲間らしき2人も凄かった。
弓矢も魔法も届かないはずの超長距離からオーガを倒していった弓使いに、一撃で10体のオーガを両断する剣士。どっちもSランク冒険者並の戦力だ。
剣士のほうは、その正体を見て納得した。オーレ・ツエー・ブーンだ。Aランク最強の剣豪。最もSランクに近い男。見れば分かる。あれはもう、剣の腕だけならSランクだ。なんでAランクのままなのか理解できねぇ。あんなの、もうSランクでいいだろ。
それより驚いたのは、弓使いのほうだ。
あいつは、魔法も弓矢も使えないことで有名なゴミエルフの「壊れた矢」じゃねぇか。なんであいつの矢が当たるんだ? 遠くてよく見えなかったが、なんか変な玉? みたいなものが付いた弓を使っているみたいだ。魔道具か?
そもそも遠すぎる。たぶん700m以上離れていたんじゃねぇか? 遠すぎて矢が届かねぇはずだろ。なんで矢が届くのか不思議でならねぇ。
ちくしょう……こんな戦力に化けるんなら、パーティーから追放するんじゃなかったぜ。同じ魔道具を手に入れれば、うちのパーティーの弓使いでも真似できるだろうか? あんな魔道具、聞いた事もないが……盗むか? ……いや、無理だな。気づかれずに近づけたとしても、他の2人に阻まれるだろう。畜生、あんなもの、どこで手に入れたんだ……?
◇
私はキオートの領主。
「援軍の到着が間に合ってよかったにゃ。」
やれやれと安堵する猫耳商会の会長エコ。
極めて遺憾ではあるが、私は彼女に謝罪と感謝をしなければならない。なにしろ、彼女が事前に指摘していた通りの事が起きてしまったのだ。
ゴミ処理の不完全性を解消しなければならない。
放置すると問題だ。
魔物がゴミを拾って武装し、討伐難易度が上がっている。
いずれ街が襲われるかもしれない。
それらの指摘は、今回のスタンピードで現実のものとなった。しかも、魔物はこちらを積極的に攻撃する様子がなかったにも関わらず、我が兵たちは満足に戦果を上げられなかった。大使殿とその仲間たち、そしてエコが猫耳商会を通して呼び寄せた援軍の活躍によって救われたのだ。
1000年前に王都として作られ、実際にそれから800年間も王都として機能していたキオート。その防衛戦力たる精鋭部隊――などと、過去の栄光にあぐらをかいて慢心していたが、その実、1000年もの間、実戦を経験してこなかったポンコツ部隊だったというわけだ。
歴史と伝統の栄光に彩られたはずのキオートが、その領主たる私と、その防衛戦力たる我が精鋭部隊が、実はポンコツだったなどと……こんな屈辱があるものか。
だが、ここでエコに感謝と謝罪をしなければ、過ちを認めることもできないポンコツだと知らしめてしまう。恥の上塗りだ。私はこの屈辱に耐えて、感謝と謝罪をするしかない。この私が、1000年の歴史を守ってきた伝統ある貴族のこの私が、感謝と謝罪に追い込まれるとは……本当に、心の底から、例えようもないほど、極めて、極めて、極めて、遺憾だ。
◇
私はアロー。
騎士団に敬礼を返した浩尉。彼らに話を聞いてみると、援軍が駆けつけたのはエコ殿が連絡してくれたおかげという事だった。
「救世主殿にご恩を返すチャンスだと思いましてな。
そうでなければ、ニアベイで防御に徹しておりました。」
などと団長は言うが、騎士団の到着によってイカンリヤウは守られたのだ。浩尉以外に与える影響のほうが大きいから、これでは返した分が多すぎるのではないだろうか。リュート湖のゴミを片付ける影響が、ニアベイにとって今回のおつりになるほどの規模になればいいが。
騎士団のほうはともかく、改めてエコ殿に感謝する。
「援軍の到着が間に合ってよかったにゃ。
ウチも店がめちゃくちゃにされるのは困るにゃ。」
と、こちらも控えめな態度だ。
すごく悔しそうな顔をしながら、領主が感謝と謝罪を告げるのが滑稽だった。身から出た錆なのに、何を悔しがることがあるのか。
しかし、浩尉にはそれより気になることが残っているようだ。
「そういえば、猫耳商会の看板を見たんだが、あのデザインはいったい……?」
「あれは2000年前の達人、シチミカラコ様から教えて頂いたものを使っているという話ですにゃ。」
「2000年前の達人が?」
浩尉以外では最も新しい達人だ。はげ山を一瞬で緑豊かな森に変えたとか、飢饉や疫病から国を救ったとかの伝説を残しているが、看板をデザインしたという話は初めて聞いた。
それにしても、シチミカラコなんて名前だったのか。達人や英雄としては有名だが、もう2000年も前のことだし、名前は知らなかったな。……でも、変わった名前だ。浩尉もそうだが、達人になれる人物というのは、変わった名前なのが条件なのだろうか?
「ちょっと興味があるんだが、その人のことが書いてある本とか、その人のお墓とか残ってるかな?」
「本は少しならありますにゃけど、お墓はありませんにゃね。まだ生きてますからにゃ。」
「生きてる!?」
2000年前の人物が?
第2章 完!
明日はキャラクター紹介。
明後日から第3章です。




