ゴミ53 閑話 商人と魔物と冒険者と騎士と
キオートの領主はどうしようもないアホにゃけど、ちょうどそこに現れた大使様は、ちょっと底知れないぐらい器の大きい人だったにゃ。領主に用があって来たみたいにゃけど、話に割って入って直訴したウチを咎めもせずに話を聞いてくれて、しかもウチより情報を持っていたにゃ。そのあと領主をやり込めた手口も見事だったにゃ。
感動した直後、魔物が攻めてくると報告を聞いて、ウチは叫びそうになったにゃ。アホ領主め、だから言ったのにゃ……! アホ領主のせいで感動が吹き飛んでしまったのにゃ。
けど、ここでアホ領主を罵倒している時間はないにゃ! 急がにゃいと! まずはキオートの支店に連絡にゃ。そこから南西のダイハーンと、北東のニアベイの支店にも連絡させて……ああ、でも従業員の避難はともかく、支店にある在庫の搬出は間に合わないにゃ!
それならいっそ、冒険者や兵士に放出して恩を売ったほうがいいにゃ。けど、それをやると従業員の避難が間に合わなくなるにゃ……。それに南東のイカンリヤウには支店がないにゃ。
キオートの兵士は総数2000人弱。そのうち半分は、犯罪捜査とかパトロールとかが専門の「防御用の兵士」にゃ。2000年前の達人が言うところの「警察」ってやつにゃ。軍人として戦える兵士は、残りの半分にゃ。敵が最低3000だから、立て籠もっても攻撃3倍の原則(砦などの防御施設を攻めるときは、守る側の3倍の兵力が必要になる)に照らして、負けるにゃ。
ダイハーンやニアベイから冒険者や兵士を引っ張ってきても、多く見積もって2000人ぐらいにゃ。イカンリヤウには支店がないから、冒険者ギルドと領主に報告だけさせるかにゃ。少しは恩を売れるかもしれないにゃ。ただ、実際に引っ張ってこられる人数は2000よりもっと少ないだろうにゃから、3000以上の魔物に対抗するのは……支店の在庫を全解放してもギリギリにゃ……。
けど……! 何もかも守るには、これしかないにゃ!
その直後、あんな光景を見るとは思わなかったにゃ。
川が空を流れるにゃんて。
数百の魔物が一瞬で全滅するにゃんて。
誰がやったのか、すぐにピンときたにゃ。エルフの精霊魔法でもあんなの無理にゃ。ましてや人間の剣士なんて。あんな光景……あの底知れなさ……あの大使様しか居ないにゃ。
◇
五味の水攻めで流されたのは、先頭を走っていたコボルトたちだった。犬に近い種族であるため、彼らは走るのが速い。だから最初の攻撃を受けてしまった。
空中を流れる川――そんな意味不明の光景から、突如として10m級の津波。山で暮らす彼らは、津波というものを知らなかったが、それでも迫り来る大量の水には、本能的な恐怖を感じた。
だが、彼らには逃げる時間が与えられなかった。
コボルトが全滅したあと、その後方を走っていたオークたちは恐れた。
遠くに見える壁。自然界には存在しない直線的な造形。あれは人間が作ったものだ。あそこに人間が居るのだろう。ならば今の怪現象は、人間が魔法でも使ったに違いない。
恐ろしい。
オークたちはキオートを避けるように左右へ割れた。
小柄なゴブリンたちは、3つの種族の中では最も走るのが遅い。
ただし、小さい生物ほど繁殖力は高いというのは魔物も同じだ。最後方を走るゴブリンたちの、その3分の2ほどは、まだ森の中を走っている。
だが、それでも前方から聞こえる轟音には気づいた。そして森を抜けて見たものは、明らかについ最近とんでもない力が働いて削り取られたとしか思えない、水浸しで泥だけになった地面だった。
何か恐ろしい事が起きたに違いない。
持ち前のずる賢さは、この場面で直感的な危機察知能力として働いた。そしてゴブリンたちもまた、オークにならってキオートを避けた。
こうして魔物の群はキオートからそれていった。
このままならキオートは無事だ。
だが、魔物の群が向かったその先にある街が襲われる事になる。西はキオートの南西ダイハーン、東はキオートの南東イカンリヤウ。両方ともまだ魔物が迫っている事を知らない。しかも距離的にキオートと近いことから、気づいた時にはもう魔物が目前に迫っている状態になるだろう。
◇
時は少し遡る――
五味が初めて辻馬車に乗ったとき、その馬車に乗り合わせた冒険者たちは、その後、仕事を終えてメイゴーヤに戻り、さらに一部はダイハーンへ向かった。五味が王城で大使に任命されている頃である。そして彼らは、行く先々で紙飛行機を披露していた。
「ここに紙があるだろ? 普通の紙だ。」
「おお……? それが?」
「この前、馬車で一緒になったゴミヒロイって男から教わったんだが、これをちょっと折ると、空を飛ぶんだぜ。」
「なんだって? そんなバカな話があるもんかよ。」
「じゃあ、飛ばしてみせるから、飛んだら1杯おごれよ。」
「おお、よし、いいだろう。」
「んじゃ……こうして、こうして、こうやって……ちょちょいのちょい……と。完成だ。
そして見るがいい。それっ。」
「おお! と、飛んだ……! どんな魔法だよ!?」
「魔法じゃないんだな~、これが。」
「なにぃ!?」
「まずは1杯おごれ。飛んだだろ?」
「あ、ああ……。
それより、魔法じゃないって、どういう事だ?」
「自分で折ってみりゃ分かる。教えてやろうか?」
「おお……! 頼む。」
「今夜の酒代をおごるか?」
「分かった。好きなだけ飲め。」
「よっしゃ。教えてやる。」
と、こんな具合で酒をおごらせる事に成功していたのだ。
紙飛行機を知る者は少ない。彼らは何度も同じ方法で、行く先々で酒をおごらせていた。そのため多くの冒険者たちが、五味浩尉の名前を知ることになった。紙飛行機の開発者として。
そんな折、冒険者ギルドが緊急依頼を発動した。
キオートにてスタンピード発生。一部がダイハーンへ向かう模様。
魔物は最低3000以上、全容不明。うち1000ほどが、五味浩尉特務大使により掃討済み。
それは猫耳商会からの情報だった。
この情報を聞いて、五味浩尉の名前を知っている冒険者たちは、半分以上が五味の戦力をほとんど正確に推察した。誰も知らなかった紙飛行機の開発者。その知識量は賢者か大魔術師か。ならば、あり得る。1000の魔物を単独で掃討。そういう方法も知っているのでは……と。
一方で、その情報を信じない冒険者も多かった。そんなバカな、と。そんな奴いるわけない、と。居たらそいつは、どんな化け物なんだ、と。
しかし、少なくとも冒険者たちは、冒険者ギルドを信用していた。ギルドが発表した情報ならば、多少の誤りがあったとしても、事実すでに3分の1ほどが討伐され、それを実行した戦力が存在するのだろう。たまたま何かの都合で近衛騎士団でも出てきていたのか知らないが、とにかくこれは勝ち馬に乗るチャンスだと判断するに十分だった。
◇
同じく、猫耳商会からの情報を受け取った組織が、もう1つあった。
ニアベイの領主である。
そしてその情報は、同時に騎士団の知るところとなった。
「騎士団、前へ! キオートへ向けて出撃せよ! 今こそ大使殿に受けたご恩を返す時!」
「「おおーっ!」」
ニアベイの救世主を救え。
彼らの士気は高かった。




