ゴミ52 達人、無双する
古都キオートに、北の山から魔物の群が迫っていた。その数およそ3000。ただし敵陣後方はまだ森の中にあり、全体の数は不明だ。
領主は防壁の上に弓兵部隊と魔術師部隊を待機させ、北門の中に歩兵部隊を、東門と西門の中に騎兵部隊を待機させた。さらに南門の見張りの兵を、防壁の南東と南西にも配置して、側背へ回り込む動きを監視させる。
そして領主は俺たちにも協力を求めてきた。キオートの東西には川があるから、その水を持ち上げて落としてやれば、短時間に何度も水攻めができる。ただし、攻撃力を最大化しようと思うと、落とした水を再び持ち上げることはしないほうがいい。なので、流れてきた水の一部がキオートを襲う。
この問題に対して、領主は魔術師部隊に空堀を作らせると言った。
「ピットフォール!」
「ピットフォール!」
「ピットフォール!」
防壁の上から、200人以上の魔術師たちが順番に魔法を使う。
メイゴーヤのゴミ処理場でも見た、穴掘りの魔法だ。1人あたり10m四方の穴を作り、それが順につながって、200人以上の魔術師たちによる2km以上の空堀が瞬く間に出来上がっていく。キオートの北門正面から傘や屋根のように斜めに作られた空堀は、その端が東西の川につながっており、空堀に入りきらない水は川へ排水する設計だ。
間に合うのかと心配した俺がバカみたいな超ハイペースの神速工事だった。領主のやつ、無理をするのが兵士の仕事とかいって、これじゃあ全然無理なんかしてないじゃないか。1人あたりの負担も魔法1発だから、別にしんどくもなんともない。
魔術師部隊の横でその作業風景を見ていた俺は、バカみたいに口を開けてぽかーんとするしかなかった。
「見えてきましたな。」
オーレさんが言う。
確かに、遠くに魔物が見えてきた。距離は1kmほどか。アローならすでにハッキリ見えているだろう。見張りの兵はもっと遠くにいる時から発見したわけだが、やはり目がいいのだろうか? それとも双眼鏡的なアイテムとか魔法とか? あるいは探知魔法とかだろうか? あとで聞いてみようかな。
「それでは大使殿。一撃で数百と豪語するその攻撃、拝見しましょうか。」
領主が言う。
ちょっとだけ「本当にそんなのできるのかよ?」という気配を感じた。
まあ、信じられないのは無理もない。そもそも、口で説明して信じてもらうような事でもない。
「ゴミ拾いLV5。」
棒を4本取り出し、2本ずつを組にして東西へ飛ばす。
そして川の水を挟んで持ち上げ、魔物の頭上へ持っていく。1km離れていても、空中を流れる川はしっかり見えた。物資を運ぶ船が往来するほどの川だ。それなりに水の量が多い。たぶん地形がよければ3000万トン級のダムを造れるほどだろう。日本最古の発電用ダムがそのぐらいだ。高さ50mほどあり、ダム湖がダムから上流へ10kmほども続いている。ちなみに現役で稼働中である。
「ちょ! ちょっと待て! 待ってくれ!」
その光景を見た領主が、慌ててストップをかけた。
「魔術師部隊! 空堀を増築せよ! 10倍だ!」
そうだね。明らかに10mの空堀じゃ収まりきらないね。
左右からその5倍ずつ持ってきたんだから、10倍の容量がないとキオートが水害になる。平坦な土地だから床上浸水までするだろう。
「ピットフォール!」
「ピットフォール!」
「ピットフォール!」
魔術師部隊が泡を食って魔法を連発し始めた。
そして、たちまち10倍の空堀が出来上がっていく。
「よ、よし……! お待たせしたな……! では、始めてくれ。」
「では遠慮なく。」
川の水を挟んでいた棒から、力を抜く。
直後、10m級の津波が発生した。
魔物もろとも地面を削り流し、砂も岩も植物もなにもかも押し流していく。そして、押し流された砂や岩などが水中で魔物にぶつかり、その肉体を破壊していく。たかが砂粒と侮ってはいけない。ウォーターカッターの原理と同じだ。
ちなみにウォーターカッターをよく知らない人は「水を高速でぶつけて物体を切断する装置」と思っているだろうが、実際は「砥石の粉を高速でぶつけて物体を削る装置」である。砥石の粉を水に混ぜてマッハ3ぐらいで噴射している。水の威力ではなく、砥石の威力で削って切断しているのだ。
さすがに津波でマッハ3はないが、わずか50cmの津波でも、浴びてみると皮膚や肉がズタズタになってしまう。津波が珍しい国で、見物しようとした現地住人が足をやられて病院送りになる例は多い。その傷は、まるで破片手榴弾でも喰らったかのようにズタズタだ。
「「…………。」」
「……これほどとは……。」
水が引くまで5分間、誰も言葉を発しなかった。
全員が絶句したままその光景を見守り、ようやく空堀に水が吸い込まれて、何もかも洗い流されてむき出しになった土が見えてきた頃、オーレさんが何度目かの「これほどとは」を発した。
「助かった魔物も多いな。もう1~2発は流せるだろう。」
俺はもう1度、左右の川から水を持ってきて落とし、5分後に片方だけの川からもう1度水を持ってきて落とした。
合計3発の水攻めで、1000体ほどの魔物が流され、見るも無惨なズタズタの死体に変わった。そして空堀は流された土砂で埋まり、もう次の水は受け入れられない状態になっていた。
「さて、残った魔物は2000ほどか。森からまだ出てくる分は知らないが。
どうする、領主殿? もう1度空堀を作るか? それとも、用意した兵士にも花を持たせるか?」
領主は圧倒された様子で呆然としていたが、だんだんと我に返ってきたようだった。
「う、うむ……。こちらにも花を持たせて下さるか。感謝しよう。」
ちょっと領主の腰が低くなったような……?
ああ……俺を恐れているのか。その気になれば街を襲って証拠も残さず「街そのもの」を消すことだってできてしまうからな。
調子に乗って力を見せすぎたか。悪くすると、俺を恐れるあまり暗殺しようとか考えるかもしれないな。今度から気をつけよう。
川の水ばっちゃーん。
空堀から川へ排水どばー。
そして下流を襲う急激な増水ざばーん。
何も知らない下流の住人が何人か犠牲になったかもしれない。
しかし遺族以外は誰も五味を責めないだろう。そうしなければキオートで兵士が大量に(ほぼ全員が)死亡していただろうから。
とりわけ領主などは地球でいう政治家であり、その仕事は「物事に優先順位を付けること」である。下流で急な増水の犠牲になる少数の住人と、上流で魔物の犠牲になる大量の兵士を比べて、どっちを取るかを決めるのが政治家の仕事だ。決断できなければ、時間だけが過ぎていって、被害はさらに拡大するだけである。




