ゴミ05 閑話 屋台商人の男
俺は市場で果物を売る屋台商人、51歳。
今日も今日とて果物を売っていると、おかしな奴が現れた。見たことない服装で、見たことない薄い袋を持っていて、金属の棒? みたいなものを操り、市場のゴミを拾って歩く中年男だ。
浮浪者にしては小綺麗な格好だが、定職についている奴がゴミ拾いなどするわけもない。ゴミ拾いなんて、スラムのガキが冒険者ギルド経由でやる仕事だ。とすると、あの歳で駆け出しの冒険者なのか? 何か別の仕事をしていて、失業したという事だろうか? だが成人の冒険者なら、街中のゴミ拾いより、街の外で薬草採取でもしたほうが稼ぎになる。魔物に襲われる危険はあるが、逃げればいいだけだ。子供の足だと逃げ切れない可能性はあるが……ああ、でも鍛えていない中年だと、子供のほうが走るのは得意かもしれないな。
昼を回ると野菜や果物を買う客はめっきり減る。やはり朝一番の鮮度には劣るのだ。水に浸しておけば鮮度は保てるのだが、屋台ではそれも叶わない。たいていの客は、朝一番に買ったものを家で水に浸して保存する。そうすれば夕方に買うよりうんと新鮮な状態で食べられる。
そんなわけで午後の青果店は暇だ。暇に任せてゴミ拾いの中年を見ていると、その手際のよさと丁寧な仕事ぶりに驚いた。スラムのガキなら見逃すような小さなゴミまで拾っていく。塵一つ残さず! と、その背中が語っているようだった。そんな丁寧な仕事をすれば、普通は亀のようにゆっくりした足取りになるものだ。ところが、この中年男は、のんびり散歩するほどの速さで歩いて行く。驚くべき速さだ。変な道具を使っているのに、ゴミを掴み損ねるという事もない。丁寧・正確・迅速。まるきり職人技じゃないか。
「ゴミ拾いも極めたらああなるのか……。」
いいものを見た。
その日、俺はちょっと嬉しい気分で店を閉めた。
◇
翌日、またあの中年男がやってきた。今日は朝早くからだ。店はまだ忙しい。人通りも多い。だが、奇妙な服装のせいですぐにそれと気づいた。
そして彼の仕事ぶりに、俺は今日も驚いた。通行人にぶつからないように避けて歩きながら、ゴミだけは正確無比な動きで手早く拾っていく。決して誰の邪魔にもならない位置を取り続け、それでいてゴミ拾いのペースは落ちていないのだ。もちろん丁寧さも。
「おい、あんた! そこのあんた!」
俺は彼を呼び止めた。
彼は振り返って口を開く。
「#$%&? #$%&#$%&。」
何を言っているのか分からない。どこの国の言葉だろうか? 俺は一応、近隣諸国の言葉なら少しは分かるのだが。
「遠くから来たのか? まあいい。食っていけよ!」
俺は陳列していたペアプルを1つ差し出した。
「#$%&? #$%&#$%。」
彼はまた何か言って、ポケットをひっくり返してみせた。
ああ、金がないのか。まあゴミ拾いなんかやってるぐらいだしな。
だが売ろうなんてつもりじゃない。くれてやるつもりだ。素晴らしい仕事ぶりに胸を打たれたんだ、俺は。
「……#$、%?」
彼は受け取ったペアプルと俺の顔を交互に見た。
食え、と仕草をしてみせる。
彼は遠慮がちにペアプルをかじり、一瞬驚いた顔をした後、満面の笑みで突然叫んだ。
「#$ー%!」
あの顔を見れば、何を言っているのかは分かる。
突然の大声に周囲の通行人が注目する。そして夢中になって食べている彼を見て、俺の店の商品に興味を持ってくれたようだ。何人かが早速買ってくれる。まさか宣伝してくれたのか? 偶然かもしれないが、効果的な宣伝になったな。ちょっぴり売り上げが上がった。彼にやったペアプル1個分ぐらいのもうけになった。
うーむ。これでは結局、買ってもらったのと同じことだ。仕方がない。明日もまた来るようなら、もう1つあげよう。
「#$%&。」
食べ終わった彼は、俺に向かって祈り始めた。
両手を合わせて頭を下げる。その仕草は、神様に向かって祈るときだけやる仕草――いや、祈りの作法だ。なんてこった! 彼はたった1個のペアプルで、俺を神のように扱うというのか。
……はっ! そ、そうか! これが、職人芸を可能たらしめる根源……職人芸の神髄ということか! 誰の邪魔にもならない位置を取り続けながら、ゴミ拾いの作業ペースを落とさずに塵一つ残さない丁寧さを維持する職人芸……その神髄は、ペアプル1つで神のごとく祈るその深すぎる感謝の気持ちにあるという事か!
なんてこった! 俺はいつの間に感謝の心を忘れていたのだろうか。商人になった最初のころは、客1人1人に……いや、お客様1人1人に、感謝の心を持っていたというのに! ああ、我が身を恥じるばかりだ。こんな事だから、俺はいつまでも屋台商人なんだ。感謝の心を忘れてしまっては、店を持つなんて夢のまた夢……そういう事だろう? くっ……あんたがまぶしいぜ!
ダメだ。今の俺には、あんたの前に立つ資格はねぇ……! 祈ってもらうほどの男じゃないんだ。
恥じ入って、追い払うように手を振ってしまった俺に、彼は何度も頭を下げながら去って行った。最後まで感謝の心を忘れない……恐ろしい男だ。本物の職人……いや、達人だよ、あんた……!