ゴミ45 達人、ニアベイで一泊する
廃棄物処理特務大使とは何か?
全国20都市を巡ってゴミ処理の方法を改善するため、メイゴーヤを出て西のキオートを目指す俺たちは、その途中にあるリュート湖南岸の港町ニアベイで、領主に自己紹介をした。ニアベイは俺が巡る予定の20都市に含まれていないせいか、領主は廃棄物処理特務大使のことを知らなかった。
だが廃棄物処理特務大使について説明すると、領主は相談があると頼ってきた。その内容というのが、
「リュート湖に漂着するゴミがあるのです。」
海岸ではゴミの漂着が問題になるが、リュート湖でも同じことが起きているということか。さすが巨大な湖だ。起きる問題まで巨大である。
「それを何とかして欲しいと。
具体的には、どのようなゴミが? 山に囲まれた湖ですから、流木や草などは多いでしょうが、それらはゴミといっても問題になるようなものではありませんよね?」
モーターボートや定置網漁があればスクリューや網に絡まってしまうのが問題かもしれないが、この世界にモーターボートはないし、スクリューもない。小舟ならオールで漕いで進むし、大型船なら帆で進むはずだ。まだ実物は見てないが、話に聞く限りでは、そう聞いている。
そもそも植物ゴミをどうにかしたいなら、出る分だけ片付けるか、山の植物を根こそぎ伐採するしかない。もちろん根こそぎ伐採なんかしたら、土砂崩れとか土質や水質の変化(=漁業や農業への影響)とかの新しい問題が起きるわけだが。
「ええ、植物は仕方のないことです。網を使う漁法では、植物ゴミも邪魔にはなるのですが、よほど大雨が降らない限り、そこまで大きな問題にはなりません。
ですが、その……どういうわけか、鎧の一部や弓矢などが漂着するのです。」
「え……?」
なんでそんな所にそんなゴミが……?
鎧というと、革や金属でできている。革なら漂着することもあるかもしれないが、金属なんて沈むんじゃないか? そもそも漁港にどうして武具が漂着するんだ?
アローとオーレさんも、キョトンとしている。
「リュート湖では鎧や弓矢を使った漁法があるのですかな?」
オーレさんは完全に混乱している。
「そんなバカな……。でも、そうでなければ、どこから……?」
アローも混乱気味だ。
「もちろん漁業で使うものではありません。
それに、兵士が使うものとは違いますし、冒険者がリュート湖に投棄していくという事も考えられません。冒険者の多くは、池山を南へ迂回して、ニアベイを通らずにダイハーンとメイゴーヤの間を往来しますからな。ニアベイを通るとしたら、キオートへ行くか、キオートから来た人でしょう。冒険者でキオートに用があるという人は珍しいので、ニアベイにも冒険者は少ないのです。
必然、ニアベイに武具を扱う店はほとんどなく、ここで武具を買い換える冒険者もほとんどおりません。だというのに、リュート湖にはかなりの量の武具が漂着します。ニアベイを通る冒険者の数と比べると、明らかに多すぎるのです。」
どうやら発生源を探る必要がありそうだ。
「とりあえず漂着したゴミは回収しましょう。
それと明日にでも調査を……そのゴミがどこから来るのか調べないといけません。」
「よろしくお願いします。」
申し訳なさそうな顔でハゲ頭を深々と下げた領主は、顔を上げると笑みを浮かべてポンと手を打った。
「とりあえず宴に致しましょう。
それに、今日はもう日が暮れますので、このまま当家にお泊まり下さい。
ハーピー討伐の件、改めて、本当にありがとうございました。
宴の準備をいたしますので、しばしお部屋でおくつろぎ下さい。」
領主はメイドを呼び、俺たちはメイドに案内されて別室へ。
すぐに桶に入った湯とタオルが人数分運ばれてきて、俺たちは顔や手足などを拭いて、軽く汚れを落とした。
◇
待つ事しばし、再びメイドがやってきて、準備ができたので案内するという。
その案内に従って別室へ移動すると、そこに見事な料理が並べられていた。
「田舎料理ではございますが、すべてニアベイで採れたものばかり。素材の新鮮さには自信がございます。どうぞ、お召し上がり下さい。」
「賞味させて頂きます。」
メニューこそ街の食堂でも出てきそうな料理ではあるが、大量に安価に作る食堂のそれとは違って、料理人が一点物として腕を振るったのが分かる。たとえば焼き魚だが、ただ焼いた魚をぺたんと皿に載せてあるのではなく、泳いでいる途中でそのまま焼き上がったかのように躍動感のある形に仕上がっている。食べる前から見て楽しめる料理だ。野菜料理も上品に小さくまとめて山のように盛り上げて盛り付けてある。食堂で大鍋から皿へドバッと盛り付けたのとは違う。料亭で出てくるような丁寧な盛り付けだ。
口にしてみると、予想通りにウマかった。期待以上のウマさだ。どの料理も調味料の加減が絶妙で、素材の味を引き立てている。そして自信があるという食材の新鮮さも、確かなものだった。素材の味もまた、驚くべきウマさだ。もう、ウマいとしか言えない。語彙さんがどっかいった。
「……! ……!?」
「……! ……!」
「……!」
俺たちは互いに無言で視線を交わし、料理とお互いの顔を交互に見て、うなずき合う。目は驚きに見開かれ、頬と口角が喜びに持ち上がる。無言でも、お互いの言いたい事は何となく分かった。喋るのが惜しい。それよりも味わいたい。
「「…………。」」
もしゃもしゃもしゃもしゃ……。
俺たちは3人とも、料理を褒めるのも、心遣いに感謝するのも忘れて、カニを食うときのように黙々と食べてしまった。
「お口に合いましたようで、何よりです。」
領主がそう言ったときには、俺たちはもう食べ終わっていた。
邪魔しないように、ずっと黙っていてくれたようだ。ホストを放置してゲストがはしゃぎすぎてしまった。挽回しないと。
「いや、申し訳ない。あまりの美味しさに言葉を忘れておりました。
とりわけ、この魚の塩焼きは、なにやら懐かしいような気持ちさえ致しました。」
味は鮎に似ていた。サイズは少し小さい。子供の頃には、川に放流した鮎を手づかみで捕まえるイベントがあった。過疎化して参加者が減ったことで資金が集まらず、開催できなくなったが。捕まえた鮎は、塩焼きにして食べた記憶がある。
「私はこっちの、菜っ葉のおひたしが好きだな。」
アローが言ったのは、ツルムラサキに似た野菜のおひたしだった。ツルムラサキよりも肉厚で、白菜のような歯ごたえがある。名前は知らないが。
「汁物も素晴らしい味わいでしたぞ。旅慣れているつもりでしたが、これは驚いた。」
オーレさんが言ったのは、味噌汁みたいな野菜スープだった。味は、赤味噌と白味噌を比べて、白味噌よりももっと白い感じと言ったら伝わるだろうか? あまり味噌っぽい味ではないが、野菜スープとしては普通にウマいものだ。メイゴーヤや王都でも飲めるが、具材の新鮮さのせいか、よそで飲むものよりウマかった。
これが調味料のおかげでウマいのなら、ハーピー討伐のお礼に調味料をもらうのもいいかもしれないが、食材の新鮮さが味の決め手とあっては、もらっていっても同じ味は再現できない。残念だ。
そのあと風呂までご馳走になってしまった。20都市を巡ってゴミ処理が終わったら、しばらくニアベイに住んでみるのもいいかもしれない。




