ゴミ44 達人、感謝される
全国20都市のゴミを処理するため、メイゴーヤを出発して西のキオートへ向かう途中、峠道に現れたハーピーの群を討伐した。そしたら、そこにいた騎士団に感謝された。
「いずれにせよ、お見事でした。」
騎士団のリーダーらしき人物が、俺たちに賛辞を送ってきた。
と同時に、一緒に集まってきていた騎士たちが、わっと歓声を上げた。
「よくやってくれた!」
「スカッとしたぜ!」
「あんたら最高だ!」
口々に賛辞を送りながら、騎士たちが拍手する。
手甲をはめたままだから、パチパチといわずにボフボフと布団を叩くような音だが。むしろ拍手の動きで鎧の部品同士がガチャガチャと立てる金属音のほうがやかましい。
いずれにせよ、彼らの気持ちは伝わってきた。俺たちは苦笑するしかない。
「最初に皆さんがハーピーの魔力を削ってくれたおかげです。」
「そうでなければ、布もロープも風の防壁に防がれていたな。」
「大量の矢を用意する財力と、それを運用する人数。我々には真似できぬ事ですな。」
いやいや、いやいやいや……と、俺たちは再び遠慮し合う。
そのあと、騎士団の事情を聞いた。今度の討伐に失敗していたら、どうなっていたか分からないと。騎士たちの処分や、騎士団の信用だけでなく、領主にも批判が集まるだろうと。しかも経済的に大きな負担を背負っている。これでハーピーに逃げられていたら、もう次の作戦を実行する余力はなかったと。
「それは申し訳ない。もう少し早く来ていたら……。」
「いやいや、とんでもない。今日こうして巡り会えたのです。ギリギリ間に合った。これを僥倖と言わず、何と言いましょう。おかげでニアベイは滅亡の危機を免れました。
これはもう、何としてもお礼をしなければ、ニアベイの住民と歴史と未来と……その全てに申し訳が立ちませぬ。是非とも領主様のもとへご同道いただき、我々の感謝の気持ちを受け取っていただきたい。」
感謝とお礼を押し売りされるとは、奇妙な状況だ。
とはいえ、断る理由もない。20都市を巡る旅は、別に期限を設けたものではない。いつまでも次へ進めないようでは困るが、1日や2日遅れるぐらいで困るようなものではないのだ。
◇
ニアベイは港町と聞いていたが、到着してみると最初に見えたのは広大な畑だった。
ニアベイは確かに港町だが、海に面した港町ではなく、湖に面した港町だ。そこにあるのは大量の真水。塩害の起きない水だ。しかもリュート湖に流れ込む川からは、山からしみ出した養分が含まれ、リュート湖に貯まって周辺の土壌へ染み込んでいく。そこは畑を作るには最適の、肥沃な土地だ。
細い道には民家が転々としており、太い道には商店もあったが、すべてが平屋、すべてが1階建てだった。いかにも田舎の町といった風景だ。そんな中でも、ひときわ大きな「民家」というには立派すぎる「屋敷」があった。領主の館だ。
貴族らしい洋館ではなく、民家をデカくしただけのような外観だった。玄関部分が左右の壁より飛び出しているとか、窓枠がアーチ状になっているとか、屋敷の四隅が塔みたいに太くなっているとか、そういう洋館らしいデザインがなく、四角形の箱形。ブロックでクラフトするゲームなら、豆腐建築とか言われそうなデザインのそれだ。ただ、サイズだけが大きい。
内部の装飾や調度品も、すべて「民家にしては立派」という域を出ない。貴族にしては質素だ。騎士団長の案内で屋敷の中を進み、俺たちはとある部屋へ通された。
「私がニアベイの領主だ。」
そう言って、続けて長い名前を名乗り始めたのは、人の良さそうな50代のおっさんだった。やや小柄な体格で、柔和な笑みと禿げた頭が特徴的だ。そのハゲをなで回しても怒ったりしなさそうな雰囲気がある。
「……っと、こんな長い名前じゃあ覚えられるわけもないか。ははは。
いや、失礼。」
ぺしっ、と自分のハゲ頭を叩くニアベイ領主。
「先に戻った騎士からあらましは聞いている。よくぞハーピーを倒して下さった。今回の討伐が失敗していたら、ニアベイは緩やかに滅亡していくしかなかっただろう。本当にありがとう。君たちはニアベイの救世主だ。心から感謝する。」
領主は順番に俺たちの手を取り、しっかり握って力強く上下に振った。
「廃棄物処理特務大使と騎士爵を授かりました、五味浩尉と申します。
こちらは護衛のアローと、行きずりで同道しておりますAランク冒険者オーレ殿です。
今回のハーピーは、俺たちだけでは倒せませんでした。大量の矢を用意するニアベイの財力と、それを決断した領主様の判断、そして騎士団の尽力があればこそです。」
事実を伝えたが、謙遜だと思われたのか、あるいは謙遜したのか、領主はまたハゲ頭をぺしっと叩いて、
「痛み入ります。」
と頭を下げた。
「心のばかりのお礼をお渡ししたいと思いますが、どのようなものがよろしいですかな?
あいにくと金銭は今、懐が厳しいもので、なにか当家の家宝なり、ニアベイの利権なりをお渡しできればと思いますが……。
ま、ともかく、まずはお礼と歓迎の宴を開きますので、ごゆるりとお楽しみ頂きたい。
その間に当家やニアベイの事もお話しさせて頂ければ、なにかお渡しできるものが見つかるかもしれません。」
飾り気のない人だ。しかし、決してこちらを安く見ようという気配はない。お礼の内容をこっちに丸投げしてくるようなその態度は、他の貴族ではちょっと見られないものだろう。
俺としては、このおっさんに好感を覚える。
「そのように気を遣って頂けるのなら、1つお願いがあります。」
「何でしょうかな?」
「廃棄物処理特務大使として、全国20都市を巡らねばなりません。
かさばるようなものや重たいもの、あるいはニアベイに居なくては利用できないものなどは、遠慮させて頂きたいのです。」
「なるほど、なるほど。
……その、廃棄物処理特務大使というのは、初めて聞きますが、いったいどのようなものでしょうか?」
どうやら王都からの情報はまだ届いていないようだ。それとも王都でのことを知るだけの情報網がないとか……? いや、それはさすがにないか。何らかの情報網は持っているはずだ。領主ということは最低でも男爵なのだろうから。
「先頃、国王陛下から任命されまして――」
俺は廃棄物処理特務大使になった経緯と、その権限や目的について話した。
「なるほど……ゴミからそのような問題が……。
……となると、大使殿に1つ相談が……いや、ハーピーの件のお礼もせぬうちに心苦しいのですが……。」
領主はハゲ頭を自分でなで回し、困った様子でうつむく。
「まずは話を聞かせてください。国内のゴミ問題を解決するのが、大使としての仕事です。他の都市のこともありますので、あまり長期滞在はできませんが、他になにかできる事があるかもしれません。」
「恐れ入ります。それでは……。」
領主は相談内容を話してくれた。
え……なんでそんな所にそんなゴミが……?
うんちく 貴族の情報網(ニアベイ領主はなぜ廃棄物処理特務大使を知らなかったのか)
諜報活動にはいくつかの分類がある。地球では少し古い分類になるが、この世界では現役で使える分類法として、次の4つがある。
諜報:密かに情報を収集する/暗殺・破壊活動などの謀略活動
防諜:スパイの摘発などの情報防衛/秘密・非合法な情報収集を防ぐ
宣伝:自らが有利に立つ情報を流す
謀略:相手につかませた情報により自らに有利な状態をつくる
他国や他の貴族(敵対派閥)に対抗するために、この世界の国家や貴族もこれらを専門におこなう部署を持つ。
地球では諜報活動の9割以上が新聞・雑誌・テレビ・インターネットなどのメディアを継続的にチェックしたうえで、書籍・公刊資料を集めて情報を得る手法(つまり「諜報」の一部)にあてられる。なにしろ情報量が膨大だ。
この世界でもそこに9割以上のリソースを割くのは同じなのだが、テレビやインターネットのような通信技術を要するものは存在しないため、新聞や書籍、国王や領主からのお触れ、重罪人の公開処刑などで情報を得る。そして、これらの一般公開されている情報の収集には、専門的な知識を必要としない反面、地球みたいに国中・世界中にたちまち情報が拡散されることもない。つまり現地の情報は現地で仕入れる必要があり、そのために人員を常駐させなくてはならない。
専属の人員を雇って育てて送り込むというのでは手間もコストもかかりすぎるために、たいていは現地の住人に金を渡して定期的に手紙を送ってもらうことになる。学校の新聞部みたいな規模のことをやらせるわけだ。急にしょぼい話になったが、しかし、送られてきた情報を分析する担当官が、手紙には書かれていない「出来事の背景」や「隠された真実」を読み解く。
たとえば、どこぞの貴族が病死したという情報が送られてきても、本当に病死なのか、暗殺されたのか、娼婦相手に腹上死みたいな不名誉なことを隠そうとしたのか、といった事を分析官が調べるわけだ。本当に病死ならお悔やみの手紙を出すことで人脈の維持・拡大を図れるし、暗殺なら犯人を調べ上げて被害者に恩を売ったり、犯人を脅して利用したりできるし、不名誉な死ならバラすぞと脅すこともできる。
そういった諜報に使われる末端の「学校の新聞部みたいな」雇われた現地人は、おおよそ1ヶ月に1回のペースで手紙を出す。日記を送るようなもので、別にわざわざ聞き回って調べるような必要はなく、ただ日々のことを書いて送ればいいだけなので、仕事としては大した作業ではないし、文字さえ書ければ技術もなにも要らないので、この仕事に支払われる賃金は「それだけでは暮らしていけないが、貰えるならけっこう助かる」程度の金額である。
そして、そこから分析官が分析し、そのまま領主に伝えるべきだと判断された情報でも、月の始めや半ばに起きたことは、翌月頭になるまで領主の耳に届かない。
領主側もそんな民間人のどうでもいいような情報に高いカネを払う理由はないが、なければ困るし、かといって手紙の頻度を上げるように指示すれば現地人の負担になり、嫌がられてしまう。手紙が手抜きになって情報の精度や量が落ちると意味がないので、月に1回というペースはこれからも変わらない。