ゴミ43 閑話 騎士団長
私は騎士団長。
リュート湖の南岸に位置する平原にある港町ニアベイの領主様に仕える騎士団の長である。
リュート湖はその名の通りリュートのような形をしているらしい。測量すると地図上ではそうなるらしいが、湖を囲む山々に登っても、その全貌を見渡せないほど大きいために、実際リュート湖がリュートのような形をしていることを目撃した者はいない。
南岸にだけ、運良く平原が広がっており、そこにニアベイの街ができあがった。ニアベイの主たる産業はもちろん漁業だ。湖なので海ほど荒れることがなく、天候の悪い時期でも比較的安定して魚をとる事ができる。
そして、ニアベイからは山を越えて東西に魚を届けている。西の山を越えれば古都キオート、東の山を越えれば地方都市メイゴーヤ。ニアベイ自体はそれほど都会でもないが、安定した漁獲量と大きな都市に挟まれている地理に恵まれたことで、財政的には豊かである。メイゴーヤも少し南へ行けば港町はあるのだが、漁業よりも海運に力を入れており、漁船ではなく商船が集まる港町になっている。
だが、平和だったニアベイにも、最近は大きな悩み事が2つある。
その1つが、東の山の峠道あたりに出るようになったハーピーの群だ。
「通行人に被害か……騎士団で討伐するのか、冒険者ギルドに依頼するのか、領主様の判断次第だな。」
というのが、最初の報告と、それに対する私の感想だった。
襲われたのは数人の通行人で、死傷者なし。被害は荷物だけだったが、メイゴーヤから仕入れてきた果物や野菜がダメになったらしい。
その日の午後には領主様から命令が下されて、騎士団は準備を開始。翌日にはハーピー討伐のために出撃した。
「食糧が襲われたというのが気にかかる。
冒険者ギルドには調査を依頼するが、森でハーピーの食糧が減っているかもしれぬ。だとすれば、通行人の荷物に味を占めたハーピーが、さらなる被害をもたらす可能性もある。」
というのが、領主様の見解だった。
そして、それは悪い方向に的中する。
出撃した我々騎士団は、空飛ぶハーピーが相手ということで弓矢を用意していたのだが、風の防壁で防がれてしまい、手も足も出ずに撤退することになった。
ハーピーの魔力切れを狙って大量の矢を用意するのでは、資金と物資が大量に必要になる。しかも空に向かって放った矢がどこに着地するか分からない。あとで回収するというのも困難だから、費用対効果が悪すぎる。
かといって騎士団に攻撃魔法を使える者はいない。今までは、状況的にニアベイの騎士団には魔術師が不要だったのだ。人材育成の不備を後悔するばかりだが、今から募集して訓練して……というのでは、いくら何でも時間がかかりすぎる。もちろん今後に備えて募集はするが。魔術師の関係では、とりあえず即戦力になりそうな冒険者に依頼を出すぐらいしか、できる事がない。そんな強い冒険者がこのニアベイに都合良く立ち寄ってくれればいいが……。あんまり冒険者が通らないからな……。
野鳥を狩猟するには、弓矢の他に、通り道に網を設置する方法がある。集団で特定の場所を通過する性質があるなら、そうした野鳥には有効な狩猟方法である。鳥の目では見えないのか知らないが、回避できずに突っ込む野鳥が多い。そして網が翼に絡まって飛べなくなり、もがく間にさらに絡まるというわけだ。
この定置網漁とでもいうべき方法は、しかしハーピーの飛行経路を調べなくては実行できない。とりあえずは、襲われた場所の頭上に、木々の間へ網を張っておくことになった。そうすれば、少なくとも同じ場所で襲われることは防げるだろう。
「網が破壊された!?」
再び通行人が襲われたという報告とともに、設置した網が防御にならなかったという問題が浮上した。報告によれば、網は風の防壁で吹き飛ばされ、ハーピーに絡まることなく除去されてしまったらしい。
「なんだと……!? 忌々しい魔物め!」
作戦の失敗は、騎士団の名誉を傷つけるだけでなく、役に立たない騎士団のために税金を払わされているという不満につながる。その不満は領主様に向けられてしまう。事は騎士団だけの問題ではないのだ。
予想以上に風の防壁が強い。矢を逸らすほどの風だからそれなりに強いことは予想していた。だから網もかなり頑丈に設置していたのだが……残念だ。
「2度の失敗……3度目はもうマズイ。
騎士団の誇りだの領主の威信だのと言っていられない。冒険者との合同任務になる。いいな?」
領主様の判断で、冒険者から遠距離攻撃ができる者を雇うことになった。具体的には魔術師を中心に雇って、騎士団の弱点を補強する形になる。というか、事実上、騎士団は魔術師たちの盾として防御に専念することになる。冒険者といえどもニアベイにいる間は領民なのだから、騎士団が守るべき相手であり、盾になる事に不満はない。だが、盾にしかなれないことは不甲斐ない。
そうして始まったハーピー討伐のための合同作戦だが、結果は散々だった。冒険者たちの魔法は、ハーピーの風の防壁を越えてダメージを与えたが、ハーピーどもはすぐに風の防壁に頼らず回避する作戦に出たのだ。結果、魔法は当たらなくなり、冒険者たちの魔力が先に尽きる。やはりニアベイが集められる冒険者など、そう多くもなければ、強くもない。たまたま強い冒険者が来ているという幸運もなかった。そうして為す術がなくなったところで、ハーピーどもは我々を無視して離れた場所の通行人たちを襲い始めたのだ。
「費用対効果などと言っておれぬ状況だ。」
領主様はついに、大量の矢でハーピーの魔力切れを狙う作戦に出ることを決断された。
大量の資金が投入され、大量の矢が買い集められた。それを予め峠まで運んでおき、さらに騎士団を複数に分けて各所に配置しつつ、交代でハーピーを警戒する徹底抗戦が始まった。
そしていよいよハーピーどもが姿を現わした!
「騎士団、前へ!」
私は部下たちに号令を飛ばす。
ガシャッ、と大量の金属音。部下たちの鎧の部品同士がぶつかる音だ。
私の号令に合わせて、部下たちが一斉に矢を放つ。ハーピーどもは風の防壁で矢を躱すが、今度の我々は矢が多い。
「次、構え! 放て! 次、構え!」
次々と号令を繰り返し、それに合わせて部下たちがテキパキと動き続ける。
もう少し部下たちに弓矢の訓練を積ませておけば、一斉射撃の繰り返しではなく、連射で狙い続けることもできただろう。つくづく練度不足・人員不足だ。人材育成の不備がまたも明らかに。大都市2つに挟まれて平和だったのが、ここに来てあだになっている。
だが、仕方がない。ハーピーに苦しめられるようになって以来、ニアベイの財政はあまり良くない状態が続いている。騎士団長である私には、細かい数字まで伝わってこないが、それでも領主様があちこちで節約を指示するようになったのは分かっている。失敗した捕獲網の量産や、冒険者への報酬、矢の大量購入など、このところ出費がかさんでいる。
しかも、ハーピーに襲われるかもしれないというので、この峠道が敬遠されるようになった。東西へ魚を届けていたニアベイが、その片方を潰されたのでは大損だ。まあ、ニアベイ内部での税収もあるから、実際の所は30%減収といったところだろうが、それでも普通の店なら潰れている。
◇
近隣に配備していた部隊が応援に駆けつけ、一緒に持ってきてくれた矢も使って、ようやくハーピーどもの魔力が尽きてきたというのに、我々の矢も尽きてしまった。想定外だ。もう少し粘れればハーピーどもに矢の直撃を浴びせてやれるものを……!
金銭的にも世論的にも、今回が最後の作戦であり、後のない状況だ。だというのに、逃げようとするハーピーどもに追い討ちをかける手段がないッ!
「くそっ……! またも討伐できぬままか……!」
私にできる事といったら、拳を握りしめて歯噛みするぐらいだ。なんと不甲斐ない……!
「ちょっとやってみるか。」
我々の戦いを見物していた3人組の通行人のうち、奇妙な格好をした1人の男が、そう言った。
向こう側が透けて見えるほどの薄い膜のようなもので作られた袋と、小汚い手袋が空へ飛んでいく。何らかの魔法だろう。
そして、そこからの光景は我々の憂さを晴らすものだった!
空飛ぶ手袋が、同じく空を飛ぶ薄い袋から布やロープを取り出して、ハーピーどもに絡みつける。翼が不自由になったハーピーどもは、飛んでいられなくなり、落下していった!
「やった……!」
部下の誰かが小さく声を漏らした。
私も心の中でガッツポーズをしていた。いや、実際に小さく拳を握りしめていた。さっきとは違う感情で。
あれこそは……! あれこそは、我々が目指していたゴール……! 我々がやりたかった事だ!
彼らは駆け出し、すぐにハーピーどもにトドメを刺していった。
私は彼らを追った。
いや、私だけではなかった。部下たちもついてきた。
軽装の彼らは道なき斜面を軽々と移動していく。我々が追いついたときには、もうトドメを刺す作業は終わっていて、いやいや、いやいやいや……とお互いの功労を遠慮し合っているところだった。
「いずれにせよ、お見事でした。」
私は万感の思いを込めて、彼らに賛辞を送った。