ゴミ40 閑話 剣豪オーレ・ツエー・ブーン(以下略もとい以下忘却)
ちょっと長くなってしまいましたm(_ _)m
私はAランク冒険者オーレ・ツエ-・ブーン(以下省略)。41歳。
メイゴーヤから西へ、商業都市ダイハーンを目指して移動中だ。
剣の道に生きて数十年、いつしか人々から剣豪などと呼ばれ、久しく斬れぬものに出会っていない。ただし剣が届けば、であるが。
メイゴーヤからダイハーンへ向かうには、陸路より海路のほうが早い。だが私は敢えて陸路でいく。なぜなら船に乗ると――この船というのは、ボートみたいな「舟」のことではない。帆船とかの「船」のことだ。つまり大きい船のことだ。で、海路を行くと、海の魔物に襲われる事がある。しかし船に乗ったままでは、海面に剣が届かない。ゆえに魔物にも攻撃が届かない。
だから陸路にした。陸上の魔物なら、たとえ大型の強敵であろうとも剣は届く。
……だというのに……これは無理だ。
「「やれやれ……参ったな。」」
橋が水没しているのを見て、ため息交じりに言う。
その声が誰かと重なった。振り向けば、相手も私を見ており、目が合った。
その相手こそ、五味浩尉殿だった。彼は川の水を棒きれで挟んで持ち上げ、水没していた橋を出現させた。なんてデタラメな男だろうか。
だが、そんなデタラメな男が、エルフの女を護衛に雇っている。壊れた矢の呼び名で知られる人物だ。エルフなのに魔法が使えず、弓矢も当たらないと有名な、あの。正直いって護衛としては全く役に立たないだろうと思われるのだが、五味殿は自身がデタラメだから本当は護衛など必要ないのではなかろうか? だから慈悲でアロー殿を雇ったのでは……?
しかし、五味殿いわく、アロー殿は実は凄いらしい。
「いや、もう、凄いものです。なにしろ彼女は目がいい。俺の目ではまだ敵の姿も見えないうちに、遙か遠くの砂粒ほどにしか見えない小ィ~さな魔物を1発で射止めてしまいます。それだけ遠いと魔物もこちらの気配に気づかないのでしょうね。まるきり動かないまま、一方的に死んでいくようで。おかげで道中は生きている魔物を見かけないのですよ。」
「それほどですか。」
「それほどです。彼女はもっと評価されていい。
同じ冒険者のオーレさんには失礼ですが、彼女の真の能力を知れば、悪評を立てる冒険者たちの目は腐った節穴だと言わざるを得ませんね。」
近距離で当たらない矢が、遠距離だと当たる。そんな事があるのだろうか?
だが、動く相手には当たらず、動かない相手には当たるというのなら、それは理解できる。そして相手が動かないように、気づかれない遠距離から狙おうというのも、まあ理解はできる。
果たして言うほどの実力なのか? 同じ武芸者として、とても興味を引かれた。
「尖った実力をもつ、はぐれ者同士、というわけですか。
……どうでしょう? オーレさんも、この先へ進むのなら、道中ご一緒して噂に名高いというその剣の冴えを披露して頂くわけには?」
五味殿も私の実力に興味があると。
ならば、いいだろう。行き先も同じ方向であるし、私は五味殿に同行する事にした。
◇
街道をしばらく進んで、昼食を挟み、午後に入る。ずっとソロで活動してきたから、誰かと一緒に食事を取るのは随分久しぶりだ。だが、いいものだな。
午後2時より少し前だろうか。街道は森の中を突っ切っており、その森の中からガサガサと突進してくる音とともに、トロルが現れた。人型の魔物で、人間より大きな体格であり、力も強いが、何より厄介なのが再生能力だ。人間なら即死するほどの深い傷をつけても、すぐに治ってしまう。さすがに腕を切り落とせば生えてくるのに時間はかかるが、切り傷や刺し傷ぐらいならすぐさま治ってしまうので、並の戦士では勝ち目がない。まして弓矢では、天敵といってもいい相手だ。
「むんっ!」
私は剣を抜いた。と同時に、もう斬っていた。
抜きながら斬る。奇襲への対策として身につけた技だ。
まずは攻撃の起点となる両腕を切断し、次いで機動力の源となる両足を切断。頭部と胴体だけになってしまえば、いかに巨体といえど、もはや大した脅威ではない。あとは首を切断して終わりだ。心臓を突き刺すのは、やめたほうがいい。突き刺してもすぐに治ってしまうから殺せない。
「素晴らしい! わずか2秒であの巨体を倒すとは。
これが剣豪と言われる実力ですか。」
「いえいえ……一撃で一刀両断とはいかぬ未熟な技です。お見苦しいところを披露してしまいました。」
アロー殿を見ると、まだ矢をつがえたばかり、といったところだった。
引き絞って放つのに、さらに数秒かかるのだろう。まさに弓矢の弱点だ。小型の弓だが、長距離が得意だという話だから、逆反りの強い弓なのだろう。あれなら小回りも利くはずだが、見ればわざわざ矢を弓の左側に回してつがえている。なぜあんな無駄なことを……? 右手で右から持っていくのだから、そのまま右側につがえれば早いのに。
……いや、そうか。だから「壊れた矢」などと呼ばれるのか。ならば、その撃ち方でも遠くの敵には真価を発揮するのだろう。五味殿の言葉が本当ならば、だが。
「遠くの敵の相手はお願いしますぞ。」
「任せてくれ。」
◇
午後3時半ごろ。私たちは森を抜けて平原へ出た。もうしばらく進めば、次の街が見えてくるだろう。
そんな時だった。アロー殿がにわかに背負っていた鞄を降ろし、そこから見たこともない弓を取り出して矢をつがえた。両端にいびつな円盤がついており、弦が3本もある不思議な弓だった。その不思議な弓から矢が放たれる。
「……ッ!?」
度肝を抜かれるとは、こういう事だろう。
ゴブリンアーチャーなどが弓矢を使うから、私も飛来する矢を剣で切り落とした経験はある。だから矢がどんなスピードで飛ぶかは把握しているし、見て対処できる自負がある。だが、あれは無理だ。あまりにも速い。圧倒的な速度で飛翔する矢は、私の目が追いつかぬスピードで遙か彼方へ飛び去った。なるほど、これが本当の武器なのか。先ほど使った弓に比べれば遙かに大型で、小回りも利かない。不思議な形の弓は遠くからゆっくり狙える時だけ取り出し、普段は小型の弓を持つという事だ。あれで右側につがえて早撃ちができれば全距離射程の万能弓使いになるだろう。
「……よし。」
アロー殿が小さくつぶやく。
その視線を追って目をこらせば――遙か遠くで、小さな何かが倒れたような……? あまりに遠くてよく見えない。
しばらく歩いて近寄っていくと、矢が刺さった魔物が倒れていた。
「これは……さきほどの……?」
驚く私に、アロー殿は涼しい顔をしていた。
むしろ五味殿のほうがドヤ顔をしていたのが印象的だ。
◇
それからさらに3度、アロー殿は矢を放った。
砂粒ほどにしか見えない遙か遠くの魔物を一撃で仕留めるという弓矢の腕前――正直まぐれ当たりを実力でやったかのように話す、だいぶ盛った話だと思っていたのだが、まさかありのままの事実だったとは。それも3度続けて。百発百中という言葉が文字通りに体現される。
「まさか、これほどの……。」
確かに凄まじいの一言に尽きる実力だ。いくら相手が動かないといっても、横風もある自然環境の中、これほどの遠距離で百発百中とは……。
これは、たしかに、私の目が腐った節穴と言われても仕方あるまい。
「壊れた矢というのは、このぶっ壊れ性能のことを指していたのですかな?」
「ふは……! それはいい!
過去の蔑称がそのまま敬称に変わるというのは、意趣返しとしては最高のパターンですね。」
「できれば別の呼び名がいいのだが……。
その呼び名にはいい思い出はない。」
ニヤニヤと満足そうに笑う五味殿と、困ったように苦笑するアロー殿。
聞けば汚名返上を目指して引き抜きも報酬も断ったのはアロー殿のほうだというが、その汚名返上がなっていく様子を楽しんでいるのは、むしろ五味殿のほうだ。
だが旅の目的は五味殿の仕事で、アロー殿はその護衛としてつきそっていると。
一方が決意のままに突き進み、他方がそれを支える。この2人は、実にいい仲間だ。私には手に入らなかったもの……私にはまぶしすぎて、羨ましくさえある。
五味「ちなみに、オーレ殿はダイハーンまで何をしに?」
オーレ「買い物ですな。遠距離攻撃や魔法攻撃に対処するための品を買うつもりですぞ。」
五味「そこで『対処できる人を仲間にしよう』とは思わないのですか?」
オーレ「仲間を得ても、また置き去りにしてしまうかと……。」
アロー「孤独が染みついてる……わかりみが深い。」
五味「いや、オーレさんのは『孤独』じゃなくて『孤高』じゃん。」
アロー「えいっ。」シュパッ……ドスッ
五味「げふっ!? 刺さらないけど痛い!」※作業着は破壊不能だけど布なので柔らかい




