ゴミ37 達人、弓を与える
今回から第2章になります。
王都で年を越して、メイゴーヤに戻ってきたのが1月10日。
道中では敵に遭遇することもあったが、走って逃げた。スニーカーがチート化しているのか種族が達人のせいか知らないが、俺は走るのが速い。そして俺と同じぐらいアローも走るのが速かった。
視力系の検査しかしなかったから知らなかったが、足も速いとは。どういう事かと尋ねると、魔力の回復力が過剰に強いから、常に魔力がたっぷりある。魔力とはエネルギーだ。その魔力で肉体が活性化しているのだという。わざわざ身体強化の魔法を使わなくても、大量の魔力を持っているだけで強化作用を得られるのだ。ただ、もちろん身体強化の魔法を使ったほうが、強化作用は強くなるが。
という事は、狙撃地点を変更するときにも短時間で移動できるということだ。とても便利!
それに、足だけ強化されるわけでもあるまい。強い弓を引けるのだろう。
さっそく俺の部屋――洋風の長屋、テラスハウスの狭い部屋から、コンパウンドボウの部品を回収する。オーバーテクノロジーになるから、盗まれても組み立てられないだろうと思って、バラバラにして保管しておいたのだ。しかも全部の部品を盗まれないように、別々の場所に隠したり、わざと飾ったりして保管しておいた。
予想通り、留守中に泥棒に入られたらしい。部屋は荒らされていたが、寝具や調理器具ぐらいしか置いてなかったせいで何も盗めなかったようだ。部品もすべて見つかった。
「これをこうして、こうして、こうして、こう。
部品を組み立てたら弦をこっちからこうして、こう。
これでコンパウンドボウの完成だ。」
「弦が3本ある……?」
「いや、1本だ。折り返しているだけで。
矢をつがえるのは、ここ。
ちなみに弓を強く作りすぎて、俺じゃ引けないが。」
引けるか? とアローに差し出してみると、受け取ったアローはあっさり弓を引ききった。
金属板を重ね合わせた超剛弓なんだが……。
達人の種族の力が馴染んできたら、俺にも扱えるだろうか?
「引けるって事は、使えるって事だよな。」
「引ききると、むしろ軽くなるとは、不思議な弓だな。」
リカーブボウは引けば引くほど重くなるもんな。
だが、それこそがコンパウンドボウの威力の源だ。縦軸を引くときの重さ(弓力とかドローウェイトとかいう)、横軸を引く距離(≒矢の長さ)としてグラフを作ると、描かれる線より下の面積が、その弓の威力になる。弓の設計をするときには必須になるグラフだ。
リカーブボウではおおむね右肩上がりの三角形になるが、コンパウンドボウでは山なりの線になるから、同じ重さ・同じ距離でも面積=威力が大きい。
「実際に使ってみよう。」
「うむ。」
◇
そういうわけで、西の平原へ。
ここなら「肉を狩っても売れない」という噂が立っているおかげで、めったに人は居ない。
「できるだけ遠くを狙ってみよう。
見える範囲で、一番遠くのものを狙ってみてくれ。」
「……というと……。」
アローは周囲をキョロキョロと見回し、500mほど離れた場所の木に目を付けた。
「あの3本ならんで生えている木の、真ん中の木の幹を狙ってみよう。」
「木……?」
アローはさっそく矢をつがえ、弓を引き絞る。
引き絞ったまま2~3秒で狙いを定め、発射――凄まじい勢いで矢が飛んでいき、あっという間に見えなくなる。
確かに、その先に木らしきものはあるが……。
500m先の木なんて、俺の目では3本あるのか1本だけなのか判別するのも難しい。いわんや矢なんて小さなものは、たちまち見えなくなってしまう。500m先の光景というと、車が米粒のように小さく見える。木の幹なんて、まるで糸だ。枝なんか1本1本は見分けられない。
「……よし。」
アローが満足げにつぶやく。
俺にはこの距離からは見えないので、走って近づき、確認してみた。
たしかに3本ならんで木が生えており、その中央の木の幹に、矢が1本刺さっていた。けっこう深く刺さっている。これなら人体にも刺さるだろう。他の動物にも同様のはずだ。有効射程500m以上ということだ。恐ろしい弓だな。
「すごいぞ、アロー! ちゃんと真ん中の木に刺さってた!」
矢を引っこ抜いて駆け戻ると、アローは得意げにニヤリと笑った。
「ああ。見えていた。」
「前哨狙撃兵としては十分だな。」
休止中の部隊の前方で、偵察や警戒をおこなうのが前哨だ。
つまり、俺が襲われないように、移動中は前方の偵察を、作業中は周囲の警戒をして、敵がいたら狙撃して排除する。それが前哨狙撃兵だ。
有効射程が500mもあれば、そこそこ数が多い敵集団でも狙撃だけで全滅させたり追い払ったりできるだろう。有効射程が100mや200mのリカーブボウではできない芸当だ。距離的には5倍とか2.5倍とかの違いはあるが、そもそも狙撃手を発見できる距離じゃない。時間的な余裕にはもっと大きな差が出るだろう。それは、一方的に攻撃できる回数の違いになる。
「浩尉。私はお前の役に立てそうか?」
アローが真剣な顔で尋ねた。
今までの評価が低かったから、不安なのだろう。
「もちろんだ。
しかも工夫次第でさらに成長性というか戦略性というか、その伸びしろがある。
護衛だから本当は戦闘にならないほうがいいが、それでもこれからが楽しみだな。」
最高の道具を、最高の使い手に。その結果、どんな事が起きるか、本当に楽しみだ。
思わずニヤニヤしてしまう。おっさんのこんな表情は気持ち悪いと言われるかもしれないが……。
「そうか。」
アローは満足そうに微笑した。