ゴミ28 閑話 女エルフの冒険者
私は女エルフの冒険者、211歳。名前はアロー。
エルフは人間より10倍長く生き、人間より10倍成長が遅いから、211歳というのは人間でいえば21歳と1ヶ月ぐらいだ。
エルフは魔法が得意である。ただし私には使えない。魔法を使うには魔力が必要で、消費した魔力を回復するには魂が空気中の魔力を引き寄せて吸い集めることで回復する。私はその回復力が強すぎる。空気中の魔力どころか、自分で放った魔法の魔力さえも吸い取ってしまうので、魔法を体から離れた場所へ「発射」することができない。私のこの特異体質は、生まれてすぐに発覚した。
エルフは弓矢が得意である。アローという名前は、魔法が使えない私にせめて弓矢は得意になるようにと願った両親がつけた。ただし私の弓矢は当たらない。人工的な的を狙うのは得意だ。正確に狙って、狙い通りの場所へ飛んでいく。しかし狩りや戦闘となると、相手も動く。いくら正確に狙っても、狙い通りに飛んでいっても、相手が動くのでは当たらないのだ。
「役立たずめ。狩りもまともにできないとは。」
「無駄にメシばかり食いおって。」
「この村にお前みたいなのを養う余裕があると思うのか?」
「お前みたいなのを、穀潰しっていうんだよ。」
家族単位ではなく、村単位。それがエルフの生活だ。
だからこそ、誰も彼もが容赦ない。遠慮なく物を言う家族的な関係性ができあがってしまうから、遠慮というものを知らない。もしエルフが失礼なことを言っても、それは他人との距離感が理解できないからで、距離の取り方を知らないからだと理解してあげてほしい。決して悪気があるわけでは無いのだ。単に遠慮がないだけなのである。
ただし、私はそこまで打たれ強くない。そして、エルフの村の連中も、そこまで我慢強くはない。
私は村を追い出された。
◇
私の名前はアロー。それは両親が願いを込めてつけてくれた名前だ。
私はエルフ。本来は魔法と弓が得意な種族だが、私に魔法は使えない。
私はアロー。ならばその名の通り、弓矢で生活したい。
私はエルフ。弓矢に命を預ける者。
「当たらねぇじゃねーか!」
「エルフのくせに弓矢が下手とか。……笑える。」
「魔法も使えないんじゃ、いったい何の役に立つんだよ?」
村を追い出された私は、それでも弓矢で生きるために、人間の街へ向かった。そこで冒険者になったのだが、相変わらず私の矢は当たらない。
私の悪評はだんだんと広まっていった。
「おお! エルフだ! あんた、俺たちのパーティーに入ってくれないか?」
「やめとけ、そいつは使えない。」
「魔法も弓矢も使えないゴミエルフだぜ。」
「いやいや、使えないのは魔法だけだ。
弓矢は使えるけど当たらないんだよ。」
「同じじゃねーか。」
「だって壊れた矢だからな。」
冒険者たちがゲラゲラと笑う。
何も知らないで私をパーティーに誘おうとした冒険者たちは、こうやって勧誘を阻止される。
それでもエルフなら人間より優れているはずでは……と考えた連中が私をパーティーに入れてくれるが、すぐに落胆することになる。
「射程距離が短いとか、命中率が悪いとか、そういう事じゃあなかったのか。」
「全然、まったく、これっぽっちも当たらないなんて、マジでゴミじゃねえか……。」
「これなら人間の弓使いを仲間にしたほうがマシですね。」
「あなたとは、ここで別れましょう。」
もう何度目になるか分からない追放を言い渡された。
私は弓を強く握りしめる。
バカにされて面白いわけがない。バカにされて平気なわけがない。私にだって自尊心はあるんだ。第一、私の狙いは正確だ。矢だって狙った場所に正確に飛んでいく。命中精度は100m先で誤差0.1mm以下。的に当たった矢を、次の矢で矢筈から鏃まで引き裂くことだってできる。なのに、魔物や動物が相手だと放った瞬間に躱されるのだ。
「ブロークン・アロー……。」
ぼそっと声が聞こえた。
振り向くと、奇妙な格好をした人間の中年男が、奇妙な道具を持って私を見ていた。
私には言い返すだけの実績がない。黙ってにらみつけるのが精一杯だ。実績が欲しい。避けられない矢が欲しい。私は決して壊れた矢なんかではない。
「あっと……通じるわけないな。
申し訳ない。今のは決して馬鹿にしたわけではないんです。」
なら、どういう意味だと?
馬鹿にしたんじゃない、コケにしたんだ、とか言うつもりか? そろそろ1発ぐらい殴っても、私は罪に問われないんじゃないだろうか?
「100万の大軍に1人で対抗している時でも、それさえ使えば敵を全滅させる……文字通り皆殺しにできる超破壊兵器。その紛失事故のことを『ブロークンアロー』というんですよ。
そんな超破壊兵器が行方不明なんてことがバレたら大騒ぎになりますから、そういう符丁で隠すわけです。符丁そのものがバレていても、決して超破壊兵器のことを喋っていたわけではない、と言い逃れるためでもあります。
たとえて言うなら、『あの人ハゲてる』と言うのは失礼なので『あの人は後光が差してる』と言い換えるようなものですね。」
そんな馬鹿げた兵器があってたまるか。
あったとしたら、その紛失が大騒ぎになるのは分かるけども。たとえがハゲなのは彼なりのジョークなのかもしれないが、今の私には笑う気になれない。
だいたい、何が言いたいのかサッパリだ。
「つまりですね、あなたの才能を埋もれさせるのは非常に惜しいことだと思うんです。
あなたには、100万の敵を1人で壊滅させるほどの力がある。ただ、見たところ、使い方と、使う武器が間違っているようです。戦略級の戦力を持っていながら、その使い方を見失っているなんて、まさに紛失事故でしょう?」
そこらへんで拾った無価値な小石を、貴重な宝物だと語って高値で売ろうとするようなアレか? 認められたいとは思っているけど、あまりにも壮大なことを言われると、ひどく的外れなことを言われているような気持ちになる。何も知らない素人が間違った知ったかぶりをかますのを見ているような、馬鹿にされたような腹立たしささえも覚えてしまう。
けど、もし、彼の言う事が正しいとしたら? 使い方が間違っている? 武器が間違っている? 弓矢を手放すつもりはないけど、もし彼が本当のことを言っていたら、私は周りの評価をひっくり返すだけの事ができるだろうか?
私は彼を追い払うべきか? それとも教えを請うべきか? 私はどっちの態度を取るべきなのだろうか?
「あなたには、もっと強い弓のほうがいい。
あなたは、相手が動かないように、こっそり狙ったほうがいい。
小回りが利く小型の弓で正面から堂々と、なんてのは、あなたのような弓使いがやるべき事ではありませんよ。
あなたに見合う弓、私なら用意できます。世界中どこを探しても見つからない強力な弓をね。」
「ッ……!」
他のことは当たっているのか間違っているのか分からない。
だけど、「相手が動かないように」――この一点だけは、完全に同意だ。
私は彼の手を取った。