ゴミ27 達人、目撃する
尻の痛みに耐えかねて、俺は最初のステーションで馬車を降りた。
あとは徒歩で行こう。
徒歩がどうしてもつらくなったら、また馬車に乗ればいい。
そう思って徒歩で街道を進んでいたら、途中で冒険者パーティーを見つけた。魔物と戦っている。最初に弓使いが攻撃するが、同時に他の冒険者たちが身構えたことで、殺気に気づいた魔物が反応して矢を躱す。魔物はそのまま冒険者たちに突進するが、盾使いが防御、動きが止まったところを魔法使いと槍使いが反撃して倒した。僧侶が盾使いに回復魔法をかけようとして、「必要ない」と断られていた。補助魔法も使わないところを見ると、新調した武器の試し斬りか何かで弱い魔物を狩りに来たのだろう。
彼らはもう1度、別の魔物と戦い始めた。弓使いの攻撃と同時に他の冒険者たちが身構え、魔物は殺気に気づいて矢を躱す。弓使いは矢を連射するが、狙いは恐ろしく正確なのにショートボウなので矢が遅い。到達する前に躱されてしまう。連射してもいちいち狙いが正確なのだが、正確すぎて躱すのが簡単なようだ。あれは狙撃手向きだな。ショートボウよりロングボウを使うべきだろうし、正面から対峙するより隠れて狙撃するべきだろう。最悪なのは、仲間たちが弓使いの攻撃と同時に殺気を放つことだ。あんなの「避けろ」と言っているようなものだ。
「……?」
武術とかの経験はないのに、どうしてこんな事が分かるんだろうか? だが、とにかく直感るし、理解る。
そういえばチンピラに殴られたときも、殴った経験も殴られた経験もないのに「腰が入ったいいパンチだ」と分かったっけ。それに神父様のときも、魔法なんてほとんど見たことないのに、村全体を解毒するには魔力が足りないと分かった。
ゴミ拾いのスキルにそんな効果はないだろうし……今までの経験から何となく、なんて事もないだろう。他に何かあるとしたら……そういえば、種族が「達人」だったな。もしかして種族特性みたいな事なのか?
でも、犬だか狼だか分からない魔物を見かけた時には、戦おうとか勝てそうとか思わなかったな。俺じゃ勝てないという事が分かったのか? そうだとも思わなかったが、一瞬も迷いなく「逃げよう」とは決断できたっけ。
チンピラのパンチを「腰が入ったいいパンチだ」と分かっても、俺自身がそれを実行できるわけじゃないし、神父様の魔力についても足りないと分かったからといって俺の魔力が増えるわけじゃない。そういえば地球で、素人の父親が指導した子供が世界トップランカーになるなんて事があったっけ。教える才能と、自分でやる才能は別物だという事がわかるエピソードだ。
分かる、というのが達人という種族の特性なら、これは単に分かるだけの特性だ。指導するには役立つかもしれないが、自分でやるには役立たない。分かる分だけ、ある程度は効率的に訓練できるかもしれないが、指導と実戦が別の才能である以上、あまり期待できないだろう。
「射程距離が短いとか、命中率が悪いとか、そういう事じゃあなかったのか。」
「全然、まったく、これっぽっちも当たらないなんて、マジでゴミじゃねえか……。」
「その上、魔法も使えないと……。こんなエルフも居るのね。」
「あなたとは、ここで別れましょう。」
冒険者たちは立ち去り、弓使いだけが残された。
なるほど。新調した武器の試し斬りじゃなくて、新しい仲間の実力テストだったか。しかし……バカだ。世にも珍しいレベルのバカを見た。弓使いを酷評して追放した彼らこそ、マジでゴミだ。弓使いの価値と性能をまるで理解できていない。
「核兵器紛失事故……。」
まさにあれは核兵器紛失事故だ。
あの弓使いが、潜伏技術を覚え、長射程の弓を使えば、100万の軍団さえも一瞬で瓦解するだろう。指令系統を狙撃すればいいのだ。爆発する鏃なんかを使えば、さらに効果的だろう。彼女はまさに核兵器。一撃で戦況を激変させる超絶戦力だ。
キッと睨んできた彼女に、俺は慌てて弁解する。核兵器紛失事故なんて通じるわけない。だが、彼女にこそコンパウンドボウがふさわしいだろう。
◇
なんとか説得して、彼女を仲間にすることができた。
名前はアロー。エルフだそうだ。そういえば耳がちょっと長いか。人間の耳より2倍も3倍も長いというわけではない。せいぜい1.2倍ぐらいだろう。凄い福耳を見るのと同じ印象だ。言われて気づけば「そういえばそうだね」と思う程度。自分で気づいたら「あれって凄くね?」と思う程度だ。
身体的特徴でいえば、アローにはもっと特徴的な部分がある。あの胸……弓を使うのに邪魔になりそうなほどだ。事実、邪魔になるのだろう。弓を斜めに構えていたし。だが、斜めに構えて使えるのなら、横に構えても使えそうだ。潜伏する上では有利だろう。
「その、魔法を使えないというのは、本当に全部の魔法が使えないのか?
自分自身を強化する魔法とか回復する魔法とかは?」
「それは……試したことがない。
エルフには、強化魔法がないのだ。回復魔法は……必要になる場面がなかった。」
どういう事かと聞いてみると、エルフが使うのは精霊の力を借りる精霊魔法というもので、人間が使うのは自分の魔力を使う属性魔法というものらしい。要するに技術体系が違うから、あっちの技術にはある技が、こっちの技術にはない、という事が起きるようだ。同じ剣術でも、流派によって技が違う、みたいな感じだろうか。
そして回復魔法が必要ないというのは、ヤバそうな攻撃からは逃げるからだそうだ。森の中で生活するエルフは、足腰が強いらしい。細身であまり筋肉がなさそうに見えるんだが……。
「じゃあ、できるかもしれないという事か。」
「そうだが……体から離して使えない魔法なんて、役に立つのか?
人間の属性魔法による強化は、せいぜい1.2倍だと聞くが。」
「そうなのか?」
意外と強化率が低いな。20km/hで走れる人が24km/hで走れるようになる程度。ちなみに短距離走の世界記録だと37km/hぐらいである。感覚的には「今日は調子がいい」程度だ。ないよりマシだが、「明らかに違う」と効果を実感するには、1.4倍はほしい。
あまり強化率が高くても感覚が狂うからマズイが……たとえば強化率が2倍だったら、市街地の30km/h制限の道路を60km/hで走るようなものだ。歩行者がひょいと飛び出しただけで交通事故確定である。
とはいえ、50km/h制限の道路を60km/hで走る車は多い。考え事をしながら運転したり、物を食べながら運転したりすると、60km/h出しているつもりでも自然と50km/hになっているから、1.2倍というのは、別のことを同時にやっている状態と、1つの事に普通に取り組んでいる状態、その程度の差である。追い越すために集中するなら、70~80km/hは出すのだから、1.4倍とか1.6倍とかでも、頑張れば制御できるし、感覚が狂って困るほどの強化率ではないはずだ。
……待てよ?
別の事をしながら……ということは、対多数戦で複数の敵を警戒しながら戦うとき、と同じでは……? とすると、1対1で戦うときは1.2倍のパフォーマンスを発揮できるということか? そうだとすれば、1.2倍というのも、そう侮れないのかもしれない。
五味「久しぶりの名前ありキャラ登場。」
作者「お前さんが覚えられなかっただけだよ。」
アロー「主人公以外じゃ初じゃないか?」
五味「しかもヒロイン出てくるの遅ぇ。」
作者「やめて! 作者のHPはもうゼロよ!」
五味「しかも年齢が――」げしっ!「痛い!?」
アロー「何か?」
五味「イエ、ナンデモアリマセン。」