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ゴミ26 達人、移動する

 1ヶ月後、王様に謁見する。そのために王都へ行かねばならない。

 王都までは徒歩で10日、馬車で6日の距離らしい。推定300kmほどだ。

 とりあえず馬車を使ってみて、具合がよければ王都まで乗り、具合が悪ければ途中から徒歩にしよう。というわけで、早々に徒歩移動へ切り替える可能性を考えて、移動時間を10日と考える。

 王都観光もしたいが、まだゴミ処理業を始めたばかりで資金があまり潤沢ではないから、2日前に王都へ入って、1日は体を休め、もう1日は観光しよう。出発は18日後だ。

 ちなみに、王様が俺のことを知った経緯というのは、領主様から王様に報告したからだった。


『国民に健康被害が出るレベルでの毒素というのは、他の都市でも同じ事が起きている可能性があるからね。そして、私が今までそれに気づけなかったのと同じように、他の領主もそれに気づいていない可能性がある。

 とりわけ陛下ほどのご身分になると、手に入る情報の量や種類がとんでもなく多いだろうからね。腹を壊す程度の被害は、他国から攻め込まれるとか魔物が大発生するとか大規模盗賊団が暴れているとかの案件に比べれば、あまりにも些末なことだ。もしかすると報告すらされないかもしれない。

 そう思って報告したんだが、どうやら正解だったみたいだよ。』


 ふふふ……と領主はいたずらが成功した子供みたいな顔をして笑った。

 これは、アレだな。報告した(あたえた)情報の価値が高いとみて、こうなる事を予想していたということだろうな。つまり、今回の有益な情報提供に対して、王様から領主様に対して何らかの褒美が出るのだろう。あるいは心証が良くなるとか。どっちにしても、貴族社会での出世というか、発言力が強くなるというか、そういう事なのだろう。

 とにかく俺は、18日後に王都へ向かう。





 というわけで18日後である。

 まずは馬車というのがどんなものなのか、試しに乗ってみることにした。

 乗合馬車といって、地球でいえばバスだ。街から街への旅客運送をおこなう業者が居る。手荷物程度は乗せてもいいが、大荷物を乗せるスペースはない。座席は、電車みたいに左右の壁に長椅子が取り付けられている。板そのままの座面だ。移動速度は10km/h程度。客層は、どうやら冒険者が多い。

 街の門に近いところに、馬車のメンテナンスや馬の世話をするための建物があり、そこが同時にバス停の役割もしている。出発した馬車は街の中を順調に進んで、すぐに門から街の外へ出た。そして俺は即座に後悔した。

 サスペンションのない車体、クッションのない座席、舗装されていない道路、地ならしがされていない地面。先に言おう。最悪である! 当然ガタガタと半端ない揺れが車体を、乗客を襲う。まるで直下型地震に襲われているような振動を受けて、俺のお尻のHPはたちまちゼロになった。超痛い!

 だが、これが普通なのだろう。他の乗客たちは、平気な顔で乗っている。


「……ふっ。」


 誰かが鼻で笑うのが聞こえた。

 そっちに視線を向けると、さっと目をそらされてしまった。

 隣の乗客が声を掛けてくる。


「おっさん、その歳で馬車は初めてかよ?」


 小馬鹿にされたような気がした。

 ちょっとイラッとしたので、軽く返しておこう。


「遠くの国から来て、まだ間もないものですからね。

 この国の馬車というのは、こんなに揺れるのが普通なのですか?

 私の祖国では、乗り物全般、立てかけた杖が倒れないほど滑らかに動くのですがね。」


 技術力の違いを小馬鹿にして仕返してみる。

 すると、彼らは一斉に笑い出した。


「何だよ、そりゃ。」

「そんなに揺れねぇ馬車なんて、あるわけねぇ。」

「貴族の馬車だって揺れるぜ。」

「空でも飛んでんのかぁ? あんたんトコの馬車はよぉ?」


 なるほど。技術力があまりに違いすぎて、想像すらできないのか。

 そういえば、電話の実用化が始まった頃には、遠くの人と会話できるという事が信じられず「できるわけない」とか「騙そうとしている」とか言う人もいたらしい。今までの技術からあまりにもかけ離れた現象を起こすものは、そういう反応をされることも普通なのだろう。

 とはいえ、今更発言を撤回するのはマズイだろう。ただの嘘つきとして一笑に付されるだけだ。どうせなら、嘘だと思われてもこのまま押し切ったほうがいい。そうすれば、ただの嘘つきではなく、大嘘つきになれる。嘘だと分かっていても面白ければ聞く耳を持つものだ。漫才芸人なんか、まさにそれである。


「ええ。一部の乗り物は空を飛んでいますね。

 金属でできたドラゴンみたいな乗り物ですが、1度に200人ほどが乗れますよ。」


 飛行機な。

 そういえばリニアも浮いてるから「飛んでいる」扱いでいいか? ていうか、この世界に磁石ってあるんだろうか? たぶんコイルに電気を通せば電磁石は作れると思うが。

 とか考えている間に、乗客たちは俺を「面白い大法螺吹きだ」と評価したらしい。


「金属が空を飛ぶのかよ。」

「作るのは難しいですが、基本的な構造は単純ですよ。」


 紙のゴミを取り出して、紙飛行機を作って飛ばしてみせた。


「これと同じことを金属でやるだけです。」


 おお……! と乗客たちがどよめく。

 紙飛行機の発祥はよく分かっていない。19世紀末(1890年ぐらいだったっけ?)の本に、紙飛行機の折り方が掲載されているそうだから、発祥はもっと前になるのだろう。ただ、それより古い記録が残っていない、あるいは見つかっていないという事は、中世には存在しなかったのかもしれない。

 少なくとも、この世界では冒険者たちが知らない遊び、あるいは珍しい物理現象だったようだ。

 ここで見たものが彼らによって広められ、いつか誰かが本当に飛行機を開発するのかもしれない。魔法をうまく使えば、実現は俺が思うより早い可能性すらある。

うんちく 乗合馬車の乗客は冒険者が中心

 馬車は、温暖な気候で、平地なら、10km/hを少し上回る。冬や上り坂だと、速度は大きく落ち、甚だしい場合には乗客が降りて空荷で坂を上り、上りきったところで再び乗車するという事もある。

 1日の移動距離は50km程度が限界である。動力が馬である以上、食事や休憩は必要だ。常に車体を引いて進むため、馬にかかる負荷も大きく、5~6日に1回は休日を設ける必要もある。王都まで馬車で6日なのは、間で1日休日があるからだ。

 要するに、この世界の馬車とは、まだ「早く進める」というよりは「歩かなくて済む」程度のものだ。尻の痛みとひどい揺れに耐えてまで「歩かなくて済む」とか「観光旅行」とかを求める一般人は少ない。

 この心境は、現代の日本人に「名古屋から東京まで徒歩で旅行しようぜ」と呼びかけるのと似ている。誰だって「歩くぐらいなら電車なり自動車なり使えばいい」と思うだろう。誰だってそう。この世界の住人だってそうだ。

 つまり、わざわざ尻の痛みとひどい揺れに耐えて、窓もない窮屈な車内に縮こまっているよりは、徒歩で景色を楽しみながら進んだほうが遙かに良い。疲れたら休めばいいのだし、そのタイミングは自分で決められる。何が面白くて馬車になど乗るのか。何が面白くてそんな苦行をするのか。まるで理解できないというのが、この世界の人たちの感覚だ。

 ところが冒険者たちの考え方は少し異なる。彼らは武装しており、それは決して軽いものではない。板金鎧なんて着用しようものなら、それだけで30kgぐらいになってしまう。そうなると、徒歩より馬車という選択肢が重みを増してくる。

 護衛依頼を受けて街道を移動する冒険者もいる。しかし、移動と収入を両立できるからというより、そこに「敵と遭遇するまでは馬車に乗って移動できる」という要素が加わることが大きい。従って馬車もちの依頼主からの護衛依頼は人気だが、徒歩の依頼主からの護衛依頼は不人気である。

 各ステーションに馬がもっと配備されれば、馬を交換しながら走ることで1日100km程度は進めるようになる。そうすれば、馬車は「歩かなくて済むもの」から「早く移動できるもの」に変わる。道路が地ならしや舗装をされるようになれば、乗り心地や移動速度が向上して、さらに利用は広がるだろう。一般人が馬車での旅行を考えるのは、このあたりからだ。

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