ゴミ199 達人、調べる
8月24日、リモーラ。
領主に会ったが、様子がおかしい。歩いて3時間の至近距離にある隣のオーヒンであれほどの事が起きていたのに、まるで何もなかったような態度だ。
キオートの時のように、この小さな違和感は大きな異変の前兆ではないかとアローは言う。
俺は、アイルの領主に化けていた水害の魔物「変わる者」と通じるものを感じた。
昼食を食べながらそんな事を話していたら、領主の娘が急に現れて、父――領主は様子がおかしいという。肉親が見てもおかしいと感じるなら、やっぱりおかしいのだろう。つまり、あの領主に何か起きている。
というわけで、領主について調べることにした。
「二手に分かれよう。
ご令嬢には、自宅で何か情報がないか調べてもらいたい。具体的には、領主の日記とかの資料、あるいは領主自身の行動の監視といったところだな。」
「分かりました。」
ぐっと拳を握って気合を入れる領主の娘。
その手に押されて、大きめのおっぱいがむにゅっと形を変えた。……眼福。
上品な雰囲気と巨乳の組み合わせは、やっぱり鉄板だな。アローも口を閉じていれば同じなんだが、しゃべると粗野だからなー……。文字にしたら俺とそう変わらない。男言葉というか、なんというか……。別に乱暴なわけじゃないが、丁寧さがない。つまり、平民臭がする。貴族らしくない貴族の俺が言ってもアレだが。
「……あの……?」
「ん?」
「そんなじっと見られては、恥ずかしいです。」
あら、かわいい。
「浩尉。男爵が20都市の領主たる大貴族のご令嬢に、そんな粗相していいのか?」
おっと……? 言っている事はごもっともだが、なぜかアローがものすごい圧力を出しているぞ。
ご機嫌ななめだとでも……? な、なぜだ……? 確かに最下級の男爵が上級貴族の令嬢を無遠慮にじろじろ見るのはまずかったが、それでなぜ護衛のアローが不機嫌に……?
あっ、そうか。女同士の共感みたいなものか。男より女のほうが共感する力が強いらしいからな。アローはご令嬢の立場になって、不快感に共感したのか。上品なご令嬢は不快感が態度に出ても恥じらうだけだが、アローがそれをやると怒気になるわけだ。まあ、その違いは性格的なアレもあるだろうし、貴族と冒険者という今までの経験の違いもあるだろう。魔物相手に戦う冒険者が、不快感を覚えて恥じらうなんて事はない。恥じらってみせても魔物には通用しないからな。
「……正直すまんかった。」
「で? 私たちはどうするのだ?」
「聞き込みだ。」
領主だってずっと屋敷にこもっているわけではない。外に出ることがあるし、仮に屋敷にこもっていたとしても、出入りの業者まで屋敷にこもっているわけではない。食材調達やゴミ出しなど、使用人と業者との接点がある。領主があまり怪しい相手と取引するわけにもいかないので、利用する業者は限られる。そしたら顔なじみになって、世間話ぐらいするわけだ。そして使用人は領主との接点があるから、使用人を介して領主の情報が業者に漏れることもある。さらに、話を聞いた業者はそれを知り合いに漏らすこともあるだろう。
◇
9月1日、リモーラ。
俺たちは手分けして聞き込みを繰り返した末に、とある本屋へ来ていた。
この本屋の主は、本だけでなく、噂話を売り買いしているという。情報屋というわけだ。しかし、本人から話を聞くと、いわゆる情報屋と呼ばれるような連中とは少し毛色が違っていた。まず、正体を隠そうとしない。
「私はただの知りたがり。情報の売買はやっていますが、それを専門にしているわけではありませんからね。特定の情報を集めてほしいと頼まれて調べまわるような事はしないのです。」
つまり、店主本人が「金を払っても知りたい」という筋金入りの知りたがりなので、趣味としてやたらめったら情報を集めまくっている。それも噂話程度のものなので、扱う情報は広く浅くなる。深く狭く調べてくれる情報屋とは住み分けができるわけだ。
この店主から広く浅く情報を買い取り、本職の情報屋を使って必要な部分だけ深く調べるようにすれば、効率的に情報収集ができる。なので、何を知りたいのか決まっていないような連中が、この店主から情報を買う客になる。
たとえば、この世界で新聞や雑誌のような事をしている業者とか、新規顧客を開拓しようとしている営業職とかが、「広く一般の興味を引きそうな話」とか「これから訪問する予定の相手が興味を持ちそうな話」とかを買うわけだ。
「……ですが、最近では本職の情報屋の方々からもご利用いただいております。狭く深く調べるのが本職の方々ですが、私のところへ来ると、多角的な情報が得られるとか。
知りたがりでも、とことん知りたがれば人様の役に立つほどの芸になるのかと、私自身驚いている次第です。」
好きこそものの上手なれ、とは言うが、現代日本と違って、それがやりやすい世界ではない。大した人物だ。
「……アローは、よくこんな本屋を見つけたな。」
「ん? いや、運がよかっただけだ。」
簡素に答えるアローだが、その長い耳がピクピク動いている。ほんのちょっとだが。
犬の尻尾じゃないが、アローがこれをやるのは嬉しい時だと、最近気づいた。