ゴミ19 達人、交渉する
ゴミ処理の方法が間違っている。その証拠を求めて、隣の村までやってきた。
農地は広く、道路沿いに住宅地が密集している。航空写真があったら、稲穂みたいになっているだろう。
農地では様々な野菜が栽培されているが、街の市場で見かけるものと比べて、明らかに痩せている。色もあまり良くないようだ。
さらに、村人まで痩せていた。
情報収集のため、俺は教会へ向かった。教会の神父が医者の代わりをしているからだ。この世界には回復魔法があって、それは教会で聖職者として修行することで習得できるものらしい。だから医者という職業は存在せず、地球的な意味での外科手術とか投薬とかいうものも存在しない。すべては回復魔法とポーションで代用される。そのため、この世界では神父が医者なのだ。
医者が存在しないのはこの世界ならではだが、神父が医者の代わりというのは「この世界ならでは」とは言えないだろう。中世ヨーロッパでも同じ事があった。神父とは別に医者も存在するが、神父が医者の代わりをしている事も多かったらしい。医者の人数が足りなかったのか、治療費が支払えないから教会に頼ることが多かったのか分からないが、少なくとも教会の聖職者は「明らかに病人の対応に慣れていた」ので医者代わりとしては適任だったという記述を、どこかのサイトで見たことがある。
「失礼。」
「おや? 旅のお方ですか? 今日はどうされましたか?」
ちょうど神父がいたので、俺は「ゴミ処理方法の改良を計画している」と伝えて、汚染の可能性があること、健康被害が起きている可能性があることを伝えた。
「……というわけで、情報収集のためにこの村へ来たのですが、どうやら見るからに汚染の影響が出ているようですね。」
「なるほど……東の平原から毒が流れてきているというわけですか。
確かにこの村では農作物があまり育たず、村人も病気がちです。腹を壊すぐらいのことは病気のうちに入らない、普通のことだと思われているぐらいですからね。」
どうやら神父も村人の健康状態は問題視しているようだ。
村人とは違う価値観・判断基準を持っているということは、よその街に住んだことがあるのだろう。聖職者として修行するために、という事だろうか。修道院とかあるのかな?
「領主様にゴミの処理方法を改めてもらうため、今のままではダメだという証拠を集めています。
この村の水や土に、解毒の魔法をかけてみた事はありますか?」
「いえ、まさか……水や土にそんな事をするわけがありません。回復魔法は生物の治癒力を引き出すものです。生物以外にかけても効果はありませんよ。」
「試したことはない、と?
ならば、試してみませんか? 神の奇跡がこの地を祝福なさるかもしれません。」
回復魔法が生物の治癒力を引き出すものだというのは、俺もこの世界に来てから何度か聞いた。しかし、それがどのように確認されたのかは知らない。つまり、本当に生物以外に効果がないのか、俺は知らないし、疑っている。
炎を出す魔法や、地面に穴を開ける魔法は、実際にこの目で見た。この世界でも物理法則はほとんど地球のそれと変わりないようだから、地球の物理法則に当てはめて考えてみると、空中で炎を出すためには「可燃物」と「高熱」が必要だ。可燃物はゴミがたくさんあったが、高熱は分子運動を加速させることで得られる。つまり、運動エネルギーを操る魔法作用だ。地面に穴を開ける魔法はもっと分かりやすい。土を押しのけるのだから、運動エネルギーそのものだ。
魔法が「運動エネルギーを操る技術」だとするなら、回復魔法で傷を治したり解毒したりできるのも、同じく「運動エネルギーを操った結果」だと考えるべきだろう。一方で、人体が傷を治したり毒を排除したりする仕組みは、新陳代謝――つまりは化学反応だ。
物質は、電子対の共有、または電子の受け渡しによる化学結合で構成されている。従って、化学反応とは、電子の受け渡しを伴う反応といえる。つまりは、電子の受け渡しを起こすだけの運動エネルギーを加えれば、科学反応が起きるわけだ。
たとえば、水を水素と酸素に電気分解するのも化学反応だが、電気を流すということは、その物体の中を電子が通るということ。すなわち、電子を動かすということだ。電子に運動エネルギーを与えればいい。水素と酸素から水を作る化学変化はもっと簡単で、火を加えればいい。つまり高温=分子運動の加速=運動エネルギーだ。
傷を治す魔法が生物以外に効果がないのは、運動エネルギーを加えても傷口がくっつかないからだろう。だとすると、おそらく金属の傷なら、鍛接の工程を経て直るはずである。同じように、解毒魔法も「毒素だけ別の場所へ移動させる」という運動エネルギー操作なのだから、生物以外にも効果があったって不思議じゃない。
とはいえ、この世界では原子や分子という概念はなく、それらは「元素」という概念にまとめられている。地球の化学元素(周期表のやつ)と同じ意味の「元素」ではない。この世界でいう「元素」とは、おおむね「全ての物質は突き詰めれば火・水・土・風・光・闇の6種類の元素からできている」という、五行説みたいな古代レベルの元素概念である。
だから、こういう説明をしても理解できる人は居ないだろう。相手が神父ということもあって、「神の奇跡が起きるかもよ?」という言い方をするのが適切だと思えた。
「そうですね。では、ひとつ試してみましょうか。」
交渉成立だ。