ゴミ154 達人、お家騒動を考える
6月14日、ハメイショ。
この街に来るのは3度目のはずだが、こんな街だったっけ? と思うほど、やたらロックな街だ。そこかしこから聞こえてくるのは、怒りや反抗心を表現した激しい曲。あちこちで起きている喧嘩。さらに注意深く見ていると、喧嘩ではなく暴動みたいに暴れて物を壊している人までいた。
「なんとも気性の激しい住人たちだな……。
まあ、関わらないように領主の屋敷へ急ごう。」
ちょっと変じゃないかという気もするが、たとえこれが魔族の仕業だとしても、今の段階では俺の管轄外だ。俺は廃棄物処理特務大使であり、ゴミ処理を専門とする。魔族討伐の担当者ではない。ましてや住民が凶暴化しているなんて事は、俺には関係ない。領主が対処すべき事だ。ここで出しゃばった事をすれば、男爵としての俺の立場が悪くなるだけで、魔族側や住人を無駄に刺激して状況を悪化させる可能性がある。しかも領主が面白く思わないだろうから、横やりを入れてくるはずだ。それで対処がよけいに不十分になる可能性がある。世の中には「乗り掛かった舟」という言葉もあるが、今の俺はその舟の所有者に乗船許可を得ていない。
◇
領主の屋敷へやってきた。
アポを取ったら、すぐに会ってくれるというので、そのまま面談に。
「初めまして、私が領主の――」
名乗ってくれたが、この国の人間は名前が長くて覚えられない。
20代と思われる青年が出てきて、自分が領主だと名乗った。控えめな笑顔を浮かべた青年で、よく言えば優しそうな大人しい印象、悪く言えば気の弱そうな頼りない印象だった。
「廃棄物処理特務大使の五味浩尉男爵です。」
この青年を見て、俺は「跡継ぎとしての訓練中なのだろう」と思った。きっと兄弟がいるんだろうなと。
お家騒動というのは、どこの貴族にも起こりえる問題で、だからこそ跡継ぎが誰なのかを不動の事実とする前に親が死んでしまうと、兄弟間で殺し合うまであるお家騒動が勃発する。そこで親は、幼い頃から子供の扱いにはっきりと差をつけ、跡継ぎたる長男を優遇し、その他の子供を「長男に従うのが当然」と洗脳することで、万一の場合にもお家騒動が起きないように、その予防策としている。そして跡継ぎを指名するだけでなく、実際に跡継ぎとしてやっていける事を周囲に見せてアピールするとともに、見習いのような事をさせて跡継ぎとしての実務経験を積ませる。
つまり、この領主は今その段階なのだろうと思ったのだ。骨肉の争いを避けるほど不動の事実とするには、この青年はちょっと覇気が足りない。これで弟が野心家なら「兄さんは頼りないから僕が後を継ぐよ」と兄を暗殺するまであるだろう。
幼いころから優遇された子供は増長するのが普通だが、たまに感受性の高い子供だと「周囲がちやほやするのは彼ら自身の保身のためだ」「格下に扱われる弟たちがかわいそうだ」などと気づくことがある。そうなると「本当に僕のためを思ってくれる人はいるのだろうか」「弟たちの状況を少しでも良くするためにはどうしたらいいだろうか」と周囲の顔色をうかがい始める。誰も彼もが状況次第ですぐに離れていく裏切者予備軍にしか見えなくなり、兄弟を平等に扱ってほしいという願いをかなえてくれる味方はいないと思ってしまうのだ。自宅にいながらにして、気分はまるで捕虜である。当然、成長しても覇気なんか備わるはずがない。
一方で弟側は「こういうのが普通だ」と洗脳されて受け入れ、大人しくなるのが普通だが、たまに反骨精神あふれる子供がいて「なんで僕がこんな目に!」「生まれた順番が違うだけなのに」と親や兄を恨んで育つ。そして変な方向に悟りを開くと「兄がいなければ自分が跡継ぎになれる」「兄がいなければいいんだ」「ついでに親がいなければ今すぐにでも僕が跡取りじゃないか」などと危険思想に染まって暗殺に動き出す。
きっかけは子供のころの感受性だ。たったそれだけの違いだが、そこをうまく掴めるかどうかが鍵になる。うまく育てれば覇気のある優しい長男や、気骨のある従順な弟に育つのだが、世の中そうウマくいく家ばかりではない。
「ご自身がすでに領主なのですか?」
まだ見習い中だと思った俺は、そう尋ねた。
覇気がなくても内政ぐらいは担当させられるという判断なのかもしれない。内政にも覇気をもって毅然とした態度をとる必要がある場面はあるかもしれないが、たいていの場面では細やかに気配りするような行き届いた運営をするほうがいい。そうすれば民衆からの支持が集まり、何をやるにも反発が少なく済むだろう。兵士を募集したって「あの領主のためなら」「俺が死んでも家族のことは領主が何とかしてくれる」と思わせていれば、士気の高い応募者が集まる。これが対外的な仕事だと、細やかな気配りができるだけでは付け込まれる危険もあるが。だから、家督はまだだが領主の仕事は任せているという事もあるだろう。
俺はそういうふうに思ったのだが、相手の受け取り方は違ったようだ。
「なんだと、テメェ……?」
気弱そうな青年だった領主は、髪をかき上げ、眼光鋭くこちらを睨みつけてきた。
しおれた草みたいに垂れ下がっていた髪が、かき上げられてモヒカンになる。そのまま手を放しても髪はモヒカンを保っていた。怒髪天とでもいうのか。
「俺が領主じゃ何かおかしいっつーのか、コラ!?」
いきなりチンピラ言葉で怒り始めた。気の弱そうな青年が、見違えるような豹変ぶりだ。