ゴミ127 達人、反対される
5月15日、ノースナイン。
この街は、鉄鋼業が盛んで、この4年間に急激に発展したらしい。同時に毒素の排出量が激増し、公害が発生している。
住人たちはさぞ苦しんでいるだろうと思いきや、導師と呼ばれる人物に熱狂して、体調不良を「神力を吸い込んだ影響」と思い込んでいる。体にいい影響を受けていると思っているのだ。その効果が強すぎて、ちょっとむせこんでいるという認識らしい。要するに、導師に洗脳されているようだ。
どうにかしないと……とは思うが、導師を暗殺などすれば集団ヒステリーを起こして大勢が発狂・自殺する危険がある。なので、導師のことは後回しにして、俺たちは、毒素の発生源になっている煙突や排水口にフィルターを設置して回り、毒素をろ過していった。
「これで最後か?」
「そうだな。とりあえず、これで終わりだ。」
作業を終えて、俺たちは宿屋へ戻る。
煙突や排水口に近づいて作業したせいで、けっこう汚れてしまった。まずは体を清めたい。
◇
機能拡張を使えば、布に対して「タオルとして汚れをふき取る性能」を絶対化する事ができる。物体の表面に付着している汚れを絶対に拭き取るので、しつこい汚れもさっと一拭きでピカピカになる。これで体を拭けば、入浴する以上に清潔になる。
風呂を沸かすには大量の燃料が必要で、燃料も無料ではない。この世界では、入浴は贅沢な行為だ。たいていは濡れタオルで体を拭いて終わり。これは通常、入浴に比べると不潔だ。だが俺のスキルを使えば、濡れタオルではなく乾いたタオルでいい上に、入浴より清潔になる。
それを終えて宿屋を出て、アローと合流する。
「次はどう……ん?」
どうする、と言いかけて、アローが別の方向を見る。
その視線を追って目を向けると、遠くに奇妙な集団が見えた。看板のようなものを持って、数十人の団体になって歩いている。
だんだんと近づいてくるその集団は、俺たちの毒素ろ過作業に対する反対運動だった。
◇
俺たちは、近づいてきた反対運動の集団と対面した。
その先頭に立っていた男が、俺たちを見据えて口を開く。
「廃棄物処理特務大使の男爵とやらは、あんたか?」
「そうですが、あなたたちは?」
尋ねて面々を見渡す。
どう見ても一般の住人といった格好だ。
「まあ、見た通りの平民さ。あんたみたいな貴族じゃない。
ただし、ここに住んでるのは俺たちだ。あんたじゃない。」
「よそ者が、余計な事をするな……と?」
「平たく言えばな。
あんた、勝手に毒素の対策をしているようだな。それをやめてくれ。」
「なぜですか? 別にあなたたちが困ることは何もないでしょう?」
「困るんだよ。導師様からマスクが貰えなくなるような事はな。」
洗脳の影響だろう。反対の理由が不合理だ。マスク欲しさに健康を犠牲にするなんて、それじゃあ何のためのマスクだかわからない。いくら価値観は人それぞれといっても限度がある。終末思想のカルト集団じゃないんだから……。
そういえば、一応、大昔の日本でも終末思想みたいなものが流行した時期はあるらしい。現世の苦しみから逃れて、浄土(あの世)や来世に期待しようという宗教が流行したとかなんとか、高校の時の歴史の先生が言っていたっけ。
だが、今のこの国の状況は、終末思想が流行しそうなほどひどい有様ではないはずだ。ノースナインもすでに滞在期間が2週間を超えているが、公害以外では悪くない印象だ。まあ、その公害が危機的ともいえるが……公害を理由に終末思想に染まったとしても、それで公害を抑えるのに反対するというのは意味が分からない。結局、あの導師が何か洗脳的なことをしているのだろう。
まあ、いずれにせよ、王様の許可は下りていて、領主や住人の同意は不要だ。その領主や住人が、誰かの洗脳や支配を受けていたとしても、ここが王国内である限り、王様の命令は最優先だ。
「別に、マスクなら風邪をひかないためにとか、毒素はなくても貰う理由はあるでしょう?
第一、毒素のろ過は国王陛下のご命令です。」
「誰の命令だろうが、そんな事はどうでもいいんだよ。とにかく、勝手に毒素の対策をするのをやめてもらおうか!」
住人たちは、まるで聞く耳を持たない。王様の権威も通じないほどというのは、転移してから初めての経験だ。そういえば、封建国家では地方へ行くほど中央政府の影響力が届かなくなるんだったか。これも高校のときの歴史の先生が言っていたっけ。
一応もう少し説得を試みてみたが、住人たちは感情論で反対するばかりだった。
「仕方がない……。それならこっちにも考えがあります。」