ゴミ118 達人、防衛する
4月23日。矢を放つと電撃が付与される魔道具弓が、完成に近づいている。
残る問題は、アローが使っても電撃がちゃんと付与されるかどうかだ。
「とりあえず試してみてくれ。」
「ああ。」
というわけで、アローが試射するが、予想通り、電撃は付与されなかった。
アローは魔力回復力が過剰に高く、自分で放った魔法の魔力をも吸収してしまうので、魔法が使えない。当然アローが装備すると魔道具も動かなくなってしまう。
「……という事で、これじゃあ使えないんだが、何とかなりませんか?」
「そんな人もいるんですね……初めて知りました。
はてさて、どうしたものか……。阻害系の魔法を遮断する術式を加えてみましょうか?」
工場長の提案で、まずそれを試してみることになった。
だが、結果は失敗。阻害系の魔法(この場合はアローの魔力吸収体質)を阻害する術式は、それ自体が魔力を奪われて効果を発揮しなかった。そのため電撃付与の術式も不発になってしまう。
「まさか、これほどとは……。」
うーん、と考え込んでしまった工場長と従業員たち。
ここはひとつ……と、ルマスキー学園にも相談の手紙を送ってみる。
すると、こんな返事が返ってきた。
『素材を変えてみたら?』
『絶縁素材でコーティングすれば吸収を防げると思いますが、電撃の付与まで遮断されてしまうので、電撃の付与だけ受け付けるように、付与の座標を『弓に接触するゼロ距離』から少しズラして離す必要があるでしょうね。』
ルマスキー学園からの返事をもとに、工場長と従業員たちが魔力を絶縁する素材で弓矢をコーティングする。
それを使ってアローに試射してもらうと、今度はちゃんと電撃が発動した。
ただし、絶縁素材の影響か、魔法発動の座標をズラす副作用か、電撃の威力と範囲が小さくなってしまったようだ。
「ああ……これはちょっと座標の指定が間違っているようですね。
絶縁素材が座標の指定にまで影響しているみたいです。座標指定を変更しながら、何度か試してみましょう。ちょうどいい所を見つけたら、いよいよ量産体制に入れそうですね。」
ようやく製品として売り出せそうな状態が見えて、工場長は一安心したようだ。
それから座標を少しずつ変えながら10種類ほどの弓矢を作り、さあ試射を……と思った時には、もう深夜になっていた。これでは試射しても効果が確認しづらい。放電の光が一番大きいものが正解だとは思うが、攻撃範囲が広いので海や山に向かって、それも空へ打ち上げるようにして発射しないと危険である。激しい雷光と雷鳴が生じるので、近所迷惑でもあり、偶然その攻撃範囲に人がいても気づかないとかの危険もあるため、試射するのは明るくなってから、という話になった。
「では、今日はこれで……。」
「そうですね。」
「お疲れ……うん? 浩尉。なんか、ちょっと焦げ臭くないか?」
「む……? ああ……そういえば、なんか煙みたいなにおいが……。」
キョロキョロと周囲を見回すが、それらしいものは見当たらない。だが、工場長や従業員たちも煙のようなにおいを感じるらしい。
弓矢工場ということで、資材は木材が多い。火気厳禁だ。従業員たちと総出で周囲を確認して回ることにした。
「大変だ! 燃えてるぞ!」
まもなく火元が確認できた。
大声で叫んだ従業員のもとへ駆けつけると、工場の壁が外側から燃えていた。すでに炎が2階まで到達している。壁の厚みのせいで、においしか中に入ってこなかったので気づくのが遅れたようだ。
すぐに水を取り出してぶちまけ、消火していく。
「なんで、こんな……?」
水害で濡れた外壁が、なぜ燃えるのか?
ここ数日はよく晴れて、壁も乾いてきていたとはいえ、自然発火とは考えにくい。放火事件という事か? だとしたら、誰が、何のために……?
「そこッ!」
アローが魔道具弓の試作品を発射した。
電撃は弱いが、何かに命中したようだ。
「ぐああっ!」
悲鳴を上げて雷光に照らされたのは、小さな水たまりだった。
普段だったら水たまりが悲鳴を上げるとか意味が分からないが、今は水害の魔物を討伐するために必死こいて魔道具弓を開発していたところだ。水害の魔物が小さくなって隠密行動しているというのは、すぐにピンときた。
「水量が少ない……! チャンスだ!」
大きな水場に逃げ込まれる前に倒す。
今なら、このサイズなら全部蒸発させるのも、そう難しくないはずだ。問題は、それに必要な火がないことだが。
くそ……! こんな事なら、水をかけて消火するより、壊してでも燃えたままの壁を収納するんだった。
「アロー! どんどん撃て!」
麻痺して動けなくなっている間に、ゴミ袋に突っ込んでしまえばいい。
ゴミではないから収納はできないが、ゴミ袋は破壊不能だ。閉じ込めることはできる。大きな水場に逃げ込まれる前に、捕まえて閉じ込めれば、あとはゆっくり討伐の準備ができる。
俺はアローの射線を確保するために回り込んで走り、水たまりをゴミ袋へ突っ込むために、その下の地面ごと掘り起こす。自動操縦ではパワーが足りないから、俺が直接だ。スコップを取り出し、ザクっと……!
「もう矢がない……! 浩尉!」
アローの焦った声が聞こえる。
くそ! 試作品だからな。まだ量産できていない。
「フハハハハハ!
達人がどれほどのステータスかと思えば、大したことはないな!」
水害の魔物は、小馬鹿にしたように笑いながら、スコップで掘り起こした地面の上からひょいと逃げていった。
「くっ……!」
達人という種族に、まだ体がなじんでいない。普通の「人間」と比べるとだいぶ高いステータスになっているとはいえ、まだまだ存在進化6回分に順応できていないのだ。
スコップや板材を連続で飛ばし、投げつけ、防壁を作って水害の魔物の行く手を遮るが、わずかな隙間から通り抜けてしまう。さすが水だ。手ですくった時のように、どんどんこぼれていく。
何とかしなくては……と焦るが、いい手がない。彼我の距離は開くばかりだ。
エコさんに頼んだやつは、まだ到着していない。到着が間に合っていたら、だいぶ違ったはずだが。
「い、急げ! みんな! 矢をたくさん作るんだ!
今ので見た通り、とりあえず試作品の4番がよさそうだ!」
工場長が号令をかけ、従業員たちが戸惑いながらも動き出す。
魔道具弓の矢を量産してくれるらしい。間に合うといいが……そんな戦闘中に作り始めてすぐ完成するようなものでもあるまい。
とうとう水害の魔物は用水路に逃げ込み、そこを流れる水を手に入れてしまった。
「矢の量産などさせるか!」
水害の魔物が、工場の従業員たちに襲い掛かる。
「それこそ、させねぇよ!」
ゴミ袋やごみ箱を多数展開し、うろこ状に並べて3重の防壁を作る。
隙間はできるが、3重にしているから瞬時に縫って進むのは無理だろう。容器に飛び込んだ部分から封印できる。
「くそ……! 邪魔だァ!」
矢の量産を阻止しようとする水害の魔物を、俺が阻止しようとする。
少しでも敵を通してしまえば、従業員が殺されるだろう。その攻防は、一瞬も気が抜けず、短いようにも長いようにも感じられた。
その間に、従業員たちは巧みなチームワークで作業を分担し、分業体制で生産ラインを構築して、一気に矢の量産を進めていった。
俺が神経をすり減らす攻防を続けてどれほどの時間がたったのか、ついにその声が聞こえてきた。
「アローさん! 1本目です!」
「よし!」
「すぐ2本目もできます!」
「どんどん持ってきてくれ!」
再びアローが矢を放った。
深夜の闇を、電光が切り裂く。