ゴミ114 達人、敗北する
4月13日。アイルの水害によるゴミの散乱を3日で片づけてから10日ほどがすぎた。
領主から領民へ、助成金が支給されることが公表され、人々は水害にやられた家具などを買い直していく。猫耳商会は大忙しだ。もちろん他の商人たちも。
一言で言えば、好ましい状況だ。だが、好事魔多しという。その通りだった。
「海が……!」
「逃げろ! また津波が来るぞ!」
2度目の水害が発生した。
尋常ならざる引き波を見て、それと悟った住人たちが騒ぐ。その騒ぎがすぐに他の住人たちに伝播していき、垂直避難が始まった。アイルには近くに逃げ込めるような高台や山がない。
「浩尉……!」
「ああ……なんとか街を守らないと。」
水たまりは持ち上がらないが、川の水が持ち上がった。その違いは、流れがあるかどうか。つまり「1つの塊」として動作しているかどうかという事だろう。水たまりだって1つ2つと数えられるのだから、1つの塊とみなしてもよさそうなものだが、なぜかそこはNGのようだ。
ともかく、そのことを参考にすると、流れがあるのだから津波だって持ち上がるはずだ。棒を2本飛ばして、津波を掴んで持ち上げようとしてみる。
「どうだ……!?」
「……これは……ダメだ。」
俺は、津波を持ち上げることに失敗した。
「けど、これはどういう事なんだ……?」
津波は持ち上がらなかった。しかし、水たまりを持ち上げようとしたときとは違って、「1つの塊」としてつかむ事はできた。水たまりのときは、ただ水の中に棒を突っ込んで取り出しただけの状態になったから、「1つの塊」としてつかめるという事は、スキルはちゃんと発動している。
「掴めるのに持ち上がらない。
落としている最中の流水とか、川の水とかとは、また違った判断基準なのか?」
「掴めるのに持ち上がらないって……まるで人を持ち上げようとした時みたいじゃないか。
もしかして『ゴミじゃないから』とかいう理由じゃないのか?」
俺はまたスキルが訳の分からない基準を持ち出してきたのかと思った。しかしアローが言うことは、単純で分かりやすく「なるほど」と思えるものだ。こういう場合、シンプルで分かりやすいほうが、たいてい正しい。
しかし、ただの水にしか見えないものが、ゴミではない扱いになるとしたら――
「だったら、この津波は何だっていうんだ……?」
それが分からない。
「さあ……?」
とアローも首をかしげるばかりだ。
そもそも川の水が持ち上がるのも、川の水はゴミなのか、という問題がある。一応、無価値なもの、あるいは所有権を放棄されたものは、ゴミとして扱われるのではないか、という推測は以前にも立てているのだが……その内容は、以下の通りだ。
川は領主の管理下にあって、その土地の所有権は領主にあるが――正確にいうと「所有権」は国王にあって、領主が領地をもっているのは「占有権」にすぎない。レンタルビデオやレンタカーと同じ理屈である。だから領主は、ヘマをすると領地を取り上げられることがある。
閑話休題――要するに、土地は領主のものでも、そこを流れる水は、領主のものではない。なぜなら隣の領地から流れてくる場合もあるし、隣の領地に流れていく場合もある。河川沿いの住人同士においては水利権の主張があり得るが、領主が川の水について所有権・占有権を主張することはない。すなわち、持ち主がいない状態、誰のものでもない状態だ。これは「余ったから誰かもらってくれ」という状態と同じであり、所有権が放棄されている。そして所有権の放棄とは、すなわち「捨てる」ということだ。捨てたものは、つまりゴミである。
「川の水はゴミ扱いで持ち上がる……たぶんそれは、所有者が居ないからだ。
じゃあ、この津波には所有者が居るのか……?」
「津波の所有者……?」
何言ってんだ、こいつ、という顔をされてしまった。
思考実験や理論上の盲点を探す、つまりあら探しのような事をしていると、たまに陥る現象だ。とはいえ、この世界も地球と同様「摂理」が支配するはずだ。いくら魔法が存在しても、そこには何らかの摂理、理論があるはずで、デタラメに事象が発生するわけではない。つまり、この思考実験には価値があるはずだ。
所有権が放棄されていない水。誰かの持ち物である水――だとすると、この水害は「誰かがその所有する水でもって意図的に、または不慮の事故として『起こした』ものである」という事になる。しかし海から来た津波が「誰かの所有物」というのは、いったいどういう事か?
メイゴーヤのチンピラのときも、ディバイドのゴーストのときも、発射された魔法はゴミとしてつかむ事ができた。発射された魔法もまた、所有権を放棄している状態なのだろう。矢とか弾丸とかで考えるとわかりやすいか。矢の場合は、状態がよければ回収・再利用されることもあるが、たいていは使い捨てだ。発射したが最後、そのあとのことは、敵にあたろうが外れようが、もうそのまま放置される。すなわち所有権の放棄だ。
「この水害の水が『誰かの所有物』だとしたら、魔法で発射された津波ではないという事か?」
「海水の所有者って、意味が分からないんだが。」
その通りだ。
物理的な手段だとしても、海水の所有権なんてない。
「それはそうなんだが……。」
本来は所有者のいない海水を、誰かが所有状態で使って水害を起こしている……魔法として発射されたものでもない……いや、待て。魔法でなければ他に人為的に津波を起こせるなんて考えられない。ならば「魔法」ではあるが「発射」されていない状態なのではないだろうか?
「つまり、術者が津波と一緒に移動していて、津波を『持った』まま動かしている……?」
「はあ……? 津波を『持つ』って……。
……あ、でも、もしかしたら、精霊なら、もしかしたら可能なのか……?
……って、精霊がそんな悪さをするわけないし、精霊と同じような魔物なんて聞いた事ないけど。」
「精霊……か……。」
そんな生物が存在するのかどうかは疑問だが、可能性があると思うなら、確認するしかない。間違っていたら、それからまた考えればいいだけだ。町を守るために、とりあえずこの水に対して攻撃を仕掛ける。
「とりあえず試そう。たとえば精霊が津波を起こしているとして、どうやったら止められる?」
「精霊の注意を引くか、いっそ倒すか……できるかどうかは別だけど。」
「注意を引いたり倒したりする方法がないのか?」
「精霊だったら、水と一体化している。水そのものが術者なんだ。だから、倒す方法があるとしたら、この水害の水を全部蒸発させるとか、そういう途方もない方法が必要だ。」
「全部蒸発させるのは、ちょっと無理かな……。
とりあえず、手当たり次第にやってみよう。」
水と一体化している。水そのものが術者。だとしたら、どこを攻撃しても術者を攻撃することになる。とりあえず、当たったら痛そうな刃物とか突起物とかのゴミを、津波全体に撒き散らすように降らせてみよう。
「浩尉はバカなのか?
水をナイフで切れるとでも?」
水なので打撃や斬撃は無効。当然といえば当然だ。
「まあ、術者のほうが生身に近ければあるいは……と思っただけだ。
無理っぽいから次の手を使ってみよう。」
今度は、防波堤のように瓦礫系のゴミを積み重ねてみる。
だが、意思を持った水なので防波堤を乗り越えて進んでしまった。
「バカな……なんだ、あの重力を無視した動きは……。」
水かさが増して防波堤を乗り越えるというのなら、まだ分かる。
だがこの水は、まるで垂直の壁を這い回る虫のような動きを見せた。明らかに人為的な操作を思わせる動きだ。
「ダメっぽいが……次はどうする?」
「もう打つ手がない。」
「そうなのか?」
「そうなんだ。俺たちも避難するぞ。高い場所へ急げ。」
相手はゴミではなく、そしてゴミを使った対抗策が通用しないとなれば、もう俺にできる事はない。防波堤を作れるだけ作って、少しでも水の到達を遅くするだけだ。そうすれば、逃げ遅れる人を減らせるだろう。
不思議な事に、建物より高い防波堤を作っても、水はそれを乗り越えてしまう。だが建物は、地上から1mほどの高さまでしか襲わない。この水害は、元々の建物と、後から俺が出した防波堤とを区別して動いている。やはり知性があるということだ。
水害を阻止する作戦は失敗し、アイルの街は再び浸水した。
これがゴミ拾いスキルの限界か。水に飲まれていく町並みを、ただ見ている事しかできない。くやしくて悲しい。それはこの水害の被災者ならたいていそうだろうが、俺のその感情は被災者たちとは違ったものだ。いつの間にか、自分が何でもできるような気になっていた事を思い知った。
しかし、この水害が単なる災害ではなく、「討伐」が必要な「魔物」であり、防御できないことがわかった。すなわち「ダメージ」を与える「攻撃」が必要だ。そのための有効な「手段」を用意しなければならない。
とりあえず、水に効きそうな攻撃といったら、熱か? アローが言った通り、水を全部蒸発させるような攻撃が必要なのだろう。だが、この水量を効果的に攻撃できる「熱」とは、どんな熱だろうか?




