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ゴミ11 閑話 大工の男

 俺は大工。今年で55歳のベテランだ。

 若い者には体力で負けるが、競えばベテランのほうが仕事は早い。なぜならベテランには熟成したチームワークがあるからだ。大工の仕事は、1人では絶対にできない。模型を作るのとは違って、柱1つ立てるのにも地上で柱を支えて倒れないようにする係と、柱の上でハンマーを振って柱を所定の位置へ打ち込む係が必要だ。

 若手ばかりが集まった組なら、体力に任せて勢いはある。だが、柱1本屋根へ送るのにも、送る側と受け取る側のタイミングが合わず、送る側が送りたくても受け取る側が誰も受け取りに来ないという事が起きる。受け取る側だって、屋根の部分でそれぞれ作業しているのだから、常に手が空いているわけではないのだ。

 そのあたりがウマく噛み合わないと、送る側が待ちぼうけになって時間が無駄になる。大工というのは、そう滅多によその組へ移らない。だからベテランはずっと同じ組の仲間と仕事をしてきており、連携が阿吽の呼吸でできるほど噛み合っている。少々体力で劣るとしても、1つの作業に余分に人数を割くだけの余裕が生まれるのだ。


「行くぞ~。」

「お~。」


 連携が阿吽の呼吸とはいえ、声かけは必要だ。しかし阿吽の呼吸なので、あまり大声を張り上げる必要はない。


「せ~の~。」

「よいしょ~。」


 するすると、猿が木に登るごとく柱が屋根へ送り込まれていく。

 個人の技量という意味でも、ベテランは筋力に頼った体の使い方をしなくなる。無駄を省いて滑らかに動くようになり、結果、余計な力を使わなくてもよくなる。その分、安全マージンが大きく取れるわけだが――


「うわあっ!?」


 時に自然は厳しい一面を見せる。

 今日は朝から風が強い。突風に煽られて、俺はバランスを崩した。ちょうど屋根の上に当たる高さで、送られてくる柱を受け取ろうとしていた。足場から外へ手を伸ばしていたわけだ。身を乗り出すほどじゃなかったが、風に押されてバランスを崩した俺は、地面に落ちるのを免れるために、柱にしがみついた。

 だが、柱の上端に俺の体重がかかってしまった状態では、大工たちが柱を支えることができない。仲間たちは自分まで落ちないように手を離してしまう。それは仕方ない事だが、結果、俺は柱ごと傾くのを止められず、地面が迫ってくる。


「うぎゃああああ!」


 10mほどの高さだ。2階建ての家の屋根から飛び降りる高さである。最低でも骨折だろう。運が悪ければ死ぬ。無様に悲鳴を上げた俺を、誰も責められはしない。

 と、そこへ、さっきから見ていた野次馬のおっさんが駆け寄ってきた。あいつ、知ってるぞ。1ヶ月ぐらい前から現れて、街中のゴミを拾って歩いているやつだ。市場では毎日見かけるらしい。商人たちがたまに果物や野菜をタダで渡しているというが、ゴミ拾いの腕前はスラムのガキなんかとは比べものにならないらしい。確かに最近の市場は綺麗だ。住宅地でも道端でゴミをあまり見かけなくなった。

 そんなゴミ拾いのおっさんは、駆け寄ってくると金属の棒を振りかざした。棒というか、細長い板? あんなペラペラの金属板で何をしようと……?


「#$%! #$%&!」


 なんてこった!

 驚く事に、ゴミ拾いのおっさんはペラペラの金属板で俺がしがみついている柱を受け止めた! 受け止めたというか、つまんでひょいと持ち上げた感じだ。


「&%$・#$%&。」


 俺はそのままゆっくり地面におろされた。

 信じられない。あんな貧弱そうな棒で柱や俺の重さに耐えるなんて。

 信じられない。特に鍛えていない普通のおっさんに見えるのに、片手で柱と俺の重さを持ち上げるなんて。

 信じられない。大怪我するはずだったのに、無事に着地できた。


「すげえ!」

「なんだ、あのおっさん!」

「信じられねえ!」


 ポカーンとして言葉も出ない俺より早く、仲間たちが歓声を上げる。


「やるじゃねえか、あんちゃん!」

「すげえ力持ちだな!」

「助かったよ! ありがとう!」


 そのまま飛び出してきて、ゴミ拾いのおっさんを称え始めた。どう見ても無事に優しくおろされた俺を、わざわざ心配して寄ってくるような奴はいない。いいんだ、それは。別に寂しいとか薄情だとか思ってるわけじゃない。そんな事より、助けられたのは俺だ。俺が早く彼にお礼を言わないと。

 だが……くそ……! なんてこった。情けないことに、腰が抜けて立ち上がれねぇ。


「ダイジョブ、カ?」


 拙い発音で、ゴミ拾いのおっさんが話しかけてきた。

 そうか。よその国から来たのか。


「すまねぇ。助かった。」

「アリガト。」


 お礼の要求? 違うな。彼が言いたいのは「どういたしまして」だろう。

 発音が下手すぎるし、その単語はまだ覚えていないという事か。


「ありがとうは、こっちのセリフだ。」


 腰が抜けて立てないままだが、俺は彼に頭を下げた。それしかできないのが不甲斐ない。


「ダイジョブ、ダイジョブ。」


 ゴミ拾いのおっさんは俺の肩を叩き、手を取って立たせてくれた。助けてくれただけでなく、こんな優しさまで……。

 なんてこった。世の中にはこんな男もいる。今度こそ、ちょっぴり仲間たちが薄情に思えてきた。

 せめて向こう1ヶ月ぐらいメシと酒をおごらないと、俺の立つ瀬がないな。本当なら骨折して動けなくなってるところだ。

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