ゴミ102 達人、失敗する
3月18日、午後2時。
俺たちは、ヒルテンにある学校の1つを視察に訪れた。この学校では、ゴッドアの流行病に対する治療法や予防法を開発しようとしている。実際に効果があるのか確かめるために、ゴッドアの流行病に感染した馬を使う必要があると思うのだが、しっかり対策しないとヒルテンの馬にまで感染が広がってしまう。研究で出たゴミは、どうやって処理されているのだろうか?
それを視察するために、学校のゴミ関係の担当部署を訪れた。担当部署というのは、清掃員たちだ。こっちが貴族だと知って萎縮しているようだが、なんとか案内してくれるらしい。
「上での処理は分かりませんが、私らがやるのは、こうやって出されたゴミを指定の場所へ運ぶだけです。
このとき私らに課されたルールとして、このマークがついているゴミは、他のゴミとは別の場所へ運ばないといけません。」
清掃員が言う「上での処理」というのは研究者たちがゴミを出すときの処理のことだ。
そして「このマーク」というのは、髑髏マークを丸で囲んだマークだった。有害性があることを示すという意味では分かりやすいマークだ。
日本では医療廃棄物の処理というのは、大雑把に言うと密閉して燃やして最終処分(埋め立てとか)にかける。血液などが付着して感染するリスクがあるものを、燃やすことでその感染力をなくすわけだ。感染というのは細菌やウイルスによって起きるのだが、これらは生物なので、燃やせば死滅する。このときゴミは密閉容器に入れられ、その容器にはバイオハザードマークがつけられる。
実際、一般ゴミは適当な袋に詰め込んで捨てられるが、髑髏マークが入ったものは全て同じ大きさの樽に入れられていた。樽なら少なくとも液体は漏れない。細菌やウイルスに対してどこまで密閉できるかは不明だが、ある程度は信用してもいいだろう。
ただ、この世界の病気は「体内の魔力の属性バランスが崩れた状態」との認識で、細菌とかウイルスとかの概念がない。樽を使っているのは、細菌やウイルスを密閉するためではなく、「近づいた他者がバランス調整機能を狂わされないように」というのが目的だ。つまり密閉容器ではなく遮蔽容器である。魔力の伝播を防ぐような魔法処理が施されているかもしれない。どっちにしろ密閉の程度が高いという意味では一応安心できる。
この国のゴミ処理は、何でもかんでも燃やして埋めるだけなので、密閉さえきちんとされていれば感染リスクは封じ込められるだろう。とりあえずは安心できそうだが、燃やしている途中で樽が焼け落ちて穴があき、そこから細菌やウイルスが炎による上昇気流に乗って拡散されるという可能性は、ゼロではないだろう。とはいえ、とりあえず今の段階ではゴッドア以外に馬が死ぬ流行病が広がっている様子はなさそうだ。とりあえず必要十分とみなしてもいいのではないだろうか。単に今までが運が良かっただけかもしれないが。
より確実にやろうと思うと、今までとは別の方法が必要だ。しかしこの世界の技術レベルを考えると、必要十分な気密性を確保して燃やすというのは難しそうだから、南極とか砂漠みたいに極端に生物が少ない場所、あるいは絶海の孤島とかで燃やすのが良さそうだ。まあ、一番いいのは収納したまま二度と外に出さないことだが。
「では次に、マーク入りのゴミを出す場所へ案内して貰えますか?」
「へぇ。こちらで――」
「待て待て待てーっ!」
ドタバタと初老の男性が走ってきた。
薄くなった頭頂部を必死に隠そうとする様子が見て取れる。いわゆるハゲ散らかした状態だ。ハゲは毛がないことが恥なのではなく、それを隠そうとすることが恥なのだ。ハゲ始めたらスキンヘッドにしてしまえばいい。そうすれば僧侶のような清潔感が出る。無理に隠そうとするから汚らしいのだ。だというのに、この男ときたら……。
「どちら様で?」
「当学の校長だ!
誰の許可を得て視察などしているのか! 校長たる私が許可していない外部団体の訪問は、学内への立ち入りをお断りしている! ここは学び舎だ! 生徒たちの学習を妨げるものは、騒音だろうが闖入者だろうが、極力排除させてもらう!」
ハゲ散らかした校長はお怒りの様子だ。
なるほど。そういえば許可を取っていなかった。
怒鳴り散らす校長に、アローが食ってかかろうとするが、俺はそれを制した。
「それは失礼。手続きを踏むのを忘れていた。
ところで、自己紹介がまだだったな。
私は廃棄物処理特務大使の五味浩尉騎士爵だ。」
「浩尉?」
アローが眉をひそめる。
ここ最近のアローの様子から考えると、アローは俺が騎士や大使であることを理由に、権力で押し切ろうとしたのだろう。
だが、大使としての権力は「貴族は俺に協力しなければならない」というもので、学校に対しては権力を持たない。これはゴミの処理が領主(貴族)の指揮下にあるからという理由で、そういう事になっているのだが、今俺たちが視察しているのはゴミが領主の指揮下に入る前の段階だ。
一般家庭でいえば、ゴミ袋に入れはしたが、まだ家の外に持ち出していない状態だ。まだ捨てたわけではないから、ゴミ袋から「やっぱりこれは捨てないでおこう」と取り出すこともできる。ゴミというのは、ゴミ出しの所定の場所に置いた時点で「元の所有者が所有権を放棄した」状態になり、同時に「その所有権が自治体に移った」状態になる。ゴミとして出されたものを勝手に持ち去るのは犯罪になるのだが、その理由はそのゴミが「自治体の所有物」だからだ。
つまり俺たちの視察は、一般家庭に立ち入って、まだ出す前のゴミを見せて貰っている状態である。そんなことは恥ずかしいからやめてくれと言われたら、引き下がるしかない。
このあたりの事はあとでアローにしっかり説明しておこう。だがとりあえず今は、こちらが貴族であり大使であることを伝えて、相手の反応を伺う。アローにしてみれば、俺の口から権力を持ち出したような格好になるから、とりあえず黙る。
「何大使だろうが手続きも許可もなく立ち入るのはご遠慮願おう!
騎士だなんて、貴族になり損なったような奴が、権力者のまねごとか? 私の学び舎でそれは許さんぞ!」
「いやいや、そんなつもりはない。ついうっかりしていただけだ。
今度は手続きを踏んで出直そう。」
「許可するつもりはない! さっさと出て行け!」
にべもない。
これは手続きを踏んで出直しても無駄だろう。
やれやれ。やらかしたようだ。