第7章 忘却の呪い
どうも、ばたじょです!
ついにやって参りました、後半戦ラストです!
猫神優華とその父・健介は何故今日の今日まで、大切な記憶を忘れていたのかが解き明かされます!
そして真実を知った時、二人は何を思うのか、そこに注目してみるのも良いかもしれません。
それでは本編スタート!いってらっしゃいませ!
模擬授業を無事やり終え、二人は理科室に向かっていた。
佐藤と名乗る少年から受け取った謎の機械。見た目はどこからどう見てもカセットテープであるが、ハブが四つあるというヘンテコ仕様なので、従来のカセットデッキでは再生不可能であった。そのため、謎のカセットテープを再生するには謎のカセットデッキが必要という結論に至ったので、二人は理科室に向かっているのである。
しかし、今回は優華と直子に加えてもう一人、この学校の生徒ではない人物がいた。
猫神健介。優華の父親である。本来なら自営業の喫茶店で勤務している時間なのだが、優華たちが模擬授業を行うと知り、急遽店を休んで保護者参観という建前で観覧しに来たのである。
その模擬授業は数分前に終了したのだが、終了後に佐藤を名乗る謎の少年の口から今は亡き健介の妻・猫神輝の名前が出てきたのを耳にして生気が戻ったように目つきが変わった。少年が姿を消してしまった以上、去り際に優華に託したカセットテープのみが手がかりなので健介も真実を知るために同伴しているのであった。
「優華ちゃん、本当に大丈夫なのか?その理科の教員とやらは」
「まぁゆりちゃんならいつも変な発明とかしてるだろうしこの手の悩みならなんとかなるわよ…たぶん」
「最後の最後で自信をなくさないでくれ」
「そういえば光ちゃんはどうなったのかな〜?」
「あ、忘れてたわ。でも心配ね」
「よくわからんが俺はより不安になったよ」
そんな会話をしている間に理科室の前に到着する。
優華はノックをしようと手を扉に近づけるが、その手が躊躇われる。
「いつ来ても慣れないというか…原因は主に中にいる人なんだけど」
「要約すると嫌がってるんだね〜」
「おいおい、これから合うんだろう?大丈夫なのかそんな人に任せて!」
「仕方ないわよ。解決の糸口がもう無い以上、腹をくくるしかないわ」
嫌がる気持ちを無理矢理抑えて理科室の扉を控えめにノックする。控えめにはしたものの当人はそれでノックした相手がわかったようで、部屋の奥から聞こえる足音が徐々に大きくなっていき扉近くになるとその音は静止する。
「死んだのかしら?」
「転んで気を失ったとか〜?」
「お前たち結構冷たいんだな…」
しばらくして、スライド式の理科室の扉がゆっくりと動き、人の顔がハマるくらいの隙間から松島由香里がこちらを覗き込む。
「ま、ままま待っていたぞ…!猫神優華!」
「いや怖い怖い!せめて普通に出迎えて下さい!」
「一途な思いが空回りしてるね〜」
「な、私は空回りしているのか⁉︎…む?そこの男性はどちら様で?」
「どうも初めまして。優華の父親、猫神健介です。この度は突然の訪問、失礼致しました。」
「なるほど、猫神の父親…いや待て」
突然、思いつめたように口元に手を当て思考する松島だったが、何か閃いたらしく態度が急変する。
「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。私の名前は松島由香里、この学校で理科を担当しています。宜しくお願い致します、お父さん!」
「なんか含みのある言い方ね!」
「お父さん?…まぁ宜しくお願いします」
「ゆりちゃん積極的だね〜!」
「感心しないの!」
「ふふっ、さあ立ち話もなんだ、中へどうぞ。お父さん、お荷物お持ちします」
「荷物と言われてもこのカメラだけなのだが」
「それはそれは!大変失礼しました!おかしいな、娘さんの前だとつい緊張してしまうので…」
「は、はあ」
「そーれーで!機械の解析は済んだのですか⁉︎」
茶番劇が終わりそうにないと見て、強引に本題を切り出す。
「そうだったな、とりあえず中に入りたまえ」
ひとまず一同は理科室の中へと入る。理科室の中は整理整頓が成されていて清潔感を漂わせるが、奥の実験準備室へと通じる扉からは、色々な電気コード学校ごちゃ混ぜ状態ではみ出している。
松島は三人分のコーヒーを入れると自分用のキャスター付きの椅子に腰をかける。
「では結論から言わせてもらうとだ」
「はい」
「…ワクワク」
「うん、ワクワクというよりかはドキドキ…ってみどりちゃん⁉︎」
松島とのやり取りに気を取られ、神出鬼没の妖精に対していつも以上に驚いてしまう優華。
「このみどりちゃんとやらは暇さえあれば、理科室に侵入している」
「暇さえというか、こいつの場合は年がら年中暇みたいなものでしょ⁉︎」
みどりちゃんは頭からひまわりの花を回転させ空地を飛行している。
「おかしい、見た限り花はそこまで急速に回転しているわけではない…何故浮遊できる⁉︎」
「一応、妖精のカテゴリーなので、理屈とか考えるだけ無駄ですよ」
「いや、あれから何度か放課後に、この妖精とコンタクトを取っているから承知しているのだが…やはり常に驚かされるな」
「へえー。みどりちゃん、理科室に通ってくれてたのね」
「…チッ」
「内心に思っていることは表に出さないで欲しいわ」
「そこの妖精に関しては何も解明できていない、お手上げ状態だ」
「ええ、そうでしょうね」
「しかしだ、君から受け取ったこのガラクタは解明することができた」
「おお!流石ゆりちゃん!理科室のクールビューティー!」
「褒めてるつもりなのか知らないが、私は不快でしかないからな?」
松島はカセットデッキを取り出し、ゆっくりと机に置く。
「ガラクタの正体はカセットデッキだ。作成者の意図は定かではないが…特定のカセットテープのみに特化しているように見えるな。だがハブが四つもあるカセットテープなんぞお目にかかった覚えはない」
「あ、そのカセットテープ持ってます」
「そうだな、持ってるはずが…ん⁉︎持ってる⁉︎」
「はい。ついさっき変な人から無償で譲ってくれました。」
「借り物を返すって言ってたから、優華ちゃん家の物なんじゃないの〜?」
「少なくとも私とパパは知らないわ。だけどあの人は確かに言ったわ、輝と」
「その線で間違いないだろうな。輝は昔から機械イジリが趣味で、時間があれば常人には理解できないようなガラクタを量産していたのをよく覚えているよ」
「そうなんだ。ちなみにパパはもうほとんどママのことを思い出せたの?」
「ああ、ある一点を除いてはな。何故今まで忘れていたのか不思議だよ。忘れてはいけない思い出なのに…不甲斐ない」
「いや、パパは悪くないわ。パパと私の記憶がすれ違っていたことから始まったけど、実際は違かったの」
コーヒーに映る自分の顔を眺めながら続ける。
「いつのまにか忘れていた記憶を思い出しただけなのよ」
「ほえ?それってつまり…」
「そう、何者かに忘れさせられたのよ。私達の大切な思い出を。だって私とパパがい同じ目に合うなんてピンポイントすぎるわ!」
「だが一体何のために?まさか、俺や優華ちゃんが誰かから恨みを買っているとか⁉︎」
「うーん、私は特に思い当たる人物はいないわ」
「ということは俺の交友関係か⁉︎いやしかし…俺そんな酷いことした覚えないがなぁ…」
「落ち着いてくださいお父さん、そのヒントがこのカセットテープに記録されているかもしれないのです。そして今ここにカセットデッキがあります。まずはそこから探ってみるのが良いかと思いますよ」
「むぅ、それもそうか。今は確かめるのが先決だな。そして松島先生、何故私のことをお父さんと?」
「いえいえ、お気になさらずに。近い未来に向けての予行演習です」
「研究会はたった今解散ね」
「冗談に決まっているじゃないかー!だからそういうこと言わないでおくれ!」
「研究会??」
その場において健介だけは、優華たちが松島のために放課後人見知りを克服する為に活動していることなど知るはずもないので、不思議そうに首を傾げている。
「それじゃあ、松島先生お願いするわ」
「遂にここまできたんだね〜!長かったような短かったような〜!」
「数日でここまで来れたのは上出来だと思うわ」
「では始めよう」
松島はカセットデッキに古びたカセットテープテープをセッティングし、再生ボタンを押す。
皆、声を殺してカセットデッキから流れる音声に注目する。
数秒のノイズが流れた後に、ガタガタと何か物を動かす音が聞こえ、その後コホンと咳払いをして女性の声が聞こえてくる。
"あーあー、聞こえますかー?って返事するわけないか!"
その声音は初めて聞くように感じる。しかし聞いていくうちに、この声は初めてではない聞き慣れた声であると、優華と健介は気づく。
「この声って…」
「輝…!」
驚く二人に構うことなく、テープは再生されていく。
"やーやーどうも!けんちゃんのスイートハニー、輝でーす!愛しの優華ちゃんも元気にしてるー⁉︎"
「開幕、テンション高いわね」
「クールな優華ちゃんとは大違いだね〜」
「余計なこと言わんでよろしい!」
「あ、映像を出力するのを忘れていた。すまない、今準備する」
「映像⁉︎一応これカセットテープなんですよね⁉︎」
「そうなのだが…外部から別の機材を利用すればなんとかなる」
そう言うと松島は部屋の照明を落とす。そして音声を一時停止し、床で転がっていたみどりちゃんを鷲掴み、カセットデッキの上に乗せる。
「これで映るようになったぞ」
「いや待てぇぇ!」
「む?どうかしたか?」
「どうかしてるわよ!そもそもいつからその緑頭は機材になったの⁉︎」
「…ムスッ」
「でしょうね!絶対、不満だと思ってたわよ!」
優華のツッコミなど気にせず、松島は再びカセットデッキの音声を再生する。それと同時にみどりちゃんは苛立ちの表情を見せながら、正面の壁に向けて目から光をビームのように放つ。光が放射された壁には病院のベッドから上体を起こし、こちらを向いている猫神輝の映像が映し出される。
「簡易型のプロジェクターとは、なかなか便利なものだろう?」
「やっぱり機材だったぁぁ⁉︎」
「すごいなんてものではない。実は猫神…あ、娘さんの方ですからね、お父さん!」
「そういうのはいらないから早く言ってください!」
「今朝、猫神からカセットデッキを受け取った後に色々調べていたんだ。その時に、いつのまにか理科室に侵入していた妖精が私のコーヒーサイフォンの上に乗っていた」
「その時点で理解しがたい状況ね」
「あれは私の自作マシンだからな、何かあったら危険だと思い、そこから妖精を下ろそうとしたら…私は見てしまった」
「何を見たの〜?」
「妖精は目から光を放ち、プロジェクターのように映像を壁に映していたのだ」
「それは何の映像だったのですか?」
「数日前、君たちにコーヒーを振る舞っただろう?このサイフォンで。数秒だったが、あれは間違いなくその日に起こった出来事を映したものだ」
「それってつまり、過去に起こった出来事を映像化できるということですか⁉︎」
「確信はできないがな。そして今、君の母親の映像が映し出されている…この妖精はただの機材ではないようだ」
「まず機材から離れましょう!」
(とはいえ、この超常現象。みどりちゃん…本当に妖精なのかもしれないわね)
今、映し出されている人物は確かに猫神輝そのものである。背景の真っ白な病院は、かつて優華が謎の映像で見た病院と一致する。
「とりあえず、そこら辺の解明は後回しでもいいんじゃないかな〜?」
「それもそうね。松島先生、映像の続きをお願いします」
優華の言葉に無言で応え、再生ボタンを押す。
"この音声を聞いているということは、そろそろ効き目が切れてきているということだな?"
「効き目…?」
優華は疑問に思うが映像は流れていく。
"さて、それでは種明かしといこうか!と言ってもどこから話せばいいやら…。では、分かりやすいように順で説明しようか。"
輝は不自然なほど高いテンションで話し続ける。
"まず一つ目、優華とけんちゃんには、私が密かにある呪いをかけた…その呪いをかけられた者は、なーんと!大切に想っている人に関するあらゆる記憶を封じられます!すなわち忘れるってことだよ"
「わす…れる…⁉︎」
「忘却の呪いということか。この頃科学の力では成し得ない能力ばかり耳にするな」
「ゆりちゃんも、その域に足を踏み込んでそうだけどね〜」
"なーに不安がることはない、私が扱う力は欠陥だらけだからな!徐々に呪いは弱まり、いずれは消滅だろう。次に何故、そんな呪いをかけやがった⁉︎とか思ってそうだから、観念して話すよ。"
「仕組みはわかったわ。そして全ての原因がわかる…!」
"……………………………………"
「………?」
"……………いてっ⁉︎わ、わかったよ!話すから!つねるの止めろ!"
「優華ちゃんママの他に誰かいるのかな〜?」
「そのようだけど、上半身しか映されてないから確認のしようがないわ」
"えっと……うん。あ、あう…"
「よほど言いづらいことなのね…」
「頑張れ!優華ちゃんママ!」
"その…な?なんというかーー
目からビームな緑頭を除き、その場にいた全員は固唾を飲み、輝の言葉を待つ。
"私とけんちゃんはラブラブなんだ!"
「………は?」
「ほえ〜?」
「お、おう…」
「あ、輝⁉︎」
どんなシリアスが待ち受けているかと思いきや、突然の告白が飛んできて、一同頭が真っ白になる。
"けんちゃんって普段は素っ気ない態度に見えるけど、一緒に過ごしていると分かってくるんだよ。ただの照れ隠しだってことに!"
「へえー」
「おほ〜それはそれは」
「なるほど、意中の人には敢えてそういう振る舞いも必要なのか」
「ちょっと待て!お前たち、違うぞ⁉︎そんなことあるわけないだろ!」
「それは続きを聞けばわかると思うわー」
「優華ちゃん!棒読みはやめてくれ!」
"えっ⁉︎もしかしたら、けんちゃんがこの音声を聞いているかもしれないだと⁉︎あ、あるのか⁉︎いや、ありえる!だってあんな不完全な呪い、すぐに解けそうだし!……よ、よし!言うぞ!おーい、けんちゃーん!"
「…おう」
"愛してるぞぉぉ!"
「あきらぁぁぁ⁉︎」
「なんか私たち、お邪魔みたいね」
「だね〜」
「違う!大丈夫だから、いらんことするな!」
"私のことを選んでくれたけんちゃんが好きだ!恥ずかしがり屋なけんちゃんが好きだ!どんな時でも一緒にいてくれたけんちゃんが好きだ!優華が生まれた後も私にたくさん愛情を与えてくれたけんちゃんが好きだ!私の余命が数年だと聞いて、自分のことのように泣いてくれたけんちゃんが好きだー!"
輝はゴホゴホと咳き込み、呼吸を整えている。だが咳き込みが治ると、嗚咽のような音が聞こえてくる。
''や、やだ…死にたくない、死にたくないよう…"
「輝…!」
映像を視聴する健介の瞳から涙が流れていく。
"人の運命を神様が決めてるっていうなら、ぶん殴ってやりたいよ…でもね、今では仕方ないことなんだって思えるよ。だって私が早死にしようと、こうしてけんちゃんと巡り会えて、結婚までして…可愛い娘にも恵まれた。そのことだけは神様に感謝だね!"
「ママぁ…!」
「優華ちゃん…!」
泣き崩れる親友にそっと肩を抱いてやる。
"だけど私がこの世を去った後が心配だったんだ。果たしてけんちゃんは私のことを引きずって、どんどん気持ちが落ち込んでいくんじゃないか。そんな状態で優華の面倒を見てやれるのかって。そんな時、私の未来視が発動した。"
「未来視…?もはや君の母親は超人だな」
"その未来では、けんちゃんがいつも無気力。自分の娘であるはずの優華に目もくれず、あんなに嫌がっていたお酒やギャンブルに手を出してしまう…そんな世界だった"
「俺が酒⁉︎しかもギャンブルにまで⁉︎」
"だから私は思ったよ。このまま運命に任せて死ねるかってね"
輝はそこでニヤリと笑ってみせる。
"近い未来、そんな悲劇が二人を待ち受けていると知り、私は考えた。残された余命ギリッギリになるまで…そして思いついた。悲劇を回避する一つだけの打開策。それがさっき話した呪いだよ。私が死んだ後、その呪いは徐々に浸透していき、数年かけてその記憶は完全に封印される呪いのはずだった。だけど…"
泣いたせいで赤くなった目には、再び涙が浮かんでくる。
"数年誤魔化せれば良かった。けんちゃんが立ち直れるまでの間で。だから呪いをかけるかすごく悩んだ…。だって愛する人に忘れられるって、死ぬより辛いから…!でも私は選んだ。けんちゃんと優華が前を向いて明るい未来へと歩んでいける未来を。"
涙が溜まって今にも溢れそうな目を腕で強引に拭い、輝は病室のベッドから立ち上がる。
"だから私は人生最初で最期のギャンブルにかけることにした!私のかけた呪いは不完全で、何年後かに解かれて私のことを思い出してくれるかもしれない!ってね。自分勝手でごめんね、けんちゃん、優華。私にはこんなやり方しか思いつかなかったんだ。悪く思わないで欲しい。"
「そんなこと思わない!今日まで、ママは一人で頑張ってくれたんだもん…!」
「優華…」
"最後に!優華!あんたは私とけんちゃんの血を引いてるからそれはもう美人に成長するだろう!もしも猫耳や尻尾の他に、何か変な力が使えたりしたら…それは代々受け継がれてきた猫神の遺伝子によるものだ、気にする必要はない!"
「いや、気にするわよ⁉︎」
"そしてけんちゃん!貴方と歩んだ数年間はとても幸せなひと時でした。これからも優華と二人で支えあいながら人生という物語を満喫しなさい!二人とも愛してる!バイバーイ!"
そこで映像は止まり、みどりちゃんはカセットデッキから起き上がる。
「優華ちゃんママ、心まで美人さんだったね」
「…うん、当たり前よ。だって私のママなんだから!」
「君たち家族を見ていると、こちらまで心が温まるようだよ。そして、生前のうちにお母さんにご挨拶に伺えなかったことが悔やまれる!」
「何も聞こえないわ、ええ」
「きっと理科室から漂う薬品を嗅いじゃったからだね〜」
「おい⁉︎私は毒物でも薬品でもないぞ⁉︎」
「優華」
それまで黙っていた健介が口を開く。
「何?パパ」
「手のかかる親父だけど、これからもよろしくな」
普段の健介からは聞けない本音。それが優華には少しだけおかしく感じ、クスッと笑う。
「こちらこそ、泣き虫な娘だけどよろしくね」
いつも明るい性格で、一緒にいると笑顔が溢れる。優華にとって父親とは、そんな存在であった。そして今回の一件で、健介の知らない側面をたくさん見ることができた。
(全く、最初から最後までママにしてやられたわね)
「亡くなられた後も、今日まで優華ちゃんたのことを見守ってくれてたんだね〜」
「ええ、記憶を操作されてまで散々振り回されたけどね…私も同じ立場で力が使えるのなら、同じことをしたと思うわ」
「力ね〜。そういえば優華ちゃんママが言ってたね。もしも不思議な力が使えたら猫神家の遺伝子のせいだとか」
「そう言ってたけどお生憎様、私にはこの猫耳と尻尾以外に不思議なことは出来ないわ」
「その方がいい」
すると健介が優華の肩に手を置いて真剣な眼差しで言う。
「俺も詳しくは知らないのだが、猫神家の人間は昔から人ならざる力を扱える。だがある時、何代目かの猫神家当主と何の力も持たない平凡な人種と交配をしてからは、その奇怪な力は受け継がれるにつれて不完全な物へと弱体化していったらしい」
「だからママは自分の力を欠陥と言っていたのね」
「そういうことだ。そして輝も俺も、自分の子どもにはできることなら普通の人間として生まれて欲しいと願ったよ。何か一つでもそんな力が発現していたら、周りの人間が物珍しく思い、優華を危険な目に合わせるかもしれないからな」
「そうだったんだ…」
「一応確認しておくが」
優華を守るように自分の背後に寄せると、健介は松島のことを警戒してか、それまでは見せたことのない殺意に満ちた形相を浮かべる。
「松島先生、あなたは理科を担当する教員であり、科学者でもあるとお聞きしています。どうやら珍しい物に対しては研究に余念がないようにお見受けしますが…?」
松島は健介の纏う雰囲気を見て冗談ではないことを察したのであろう。冷や汗をかきながら、両手を上げ無害であるポーズを取るが、その顔はまだ余裕があるように見える。
「ご安心下さい。私は科学者である以前に教師でもあります。そして、猫神優華は私の教え子です。私には生徒を正しい道へと導く義務があり、猫神優華もその一人です。何ならこの部屋と私をくまなく調べてもらっても構いません」
「その言葉に偽りはありませんな?」
「はい、私の説明に偽りはありません」
数秒後、健介は溜息を一つ吐くと松島に深く頭を下げる。
「どうかこれからも、うちの優華をよろしくお願いします」
「御息女の身に何か危険が及ぶようなことがあれば、こちらもお守りできるよう全力を尽くします。」
「お気遣いありがとうございます」
(パパも松島先生も、私のことをそこまで考えてくれてたんだ)
「大丈夫だよ〜!優華に寄り付く虫けらは私がお掃除してあげるから〜!」
「まぁ、直子ちゃんもいるし安心だな」
「直子への信頼感は強いわね…ってキャッ⁉︎」
"パシャッ!"という音と共にフラッシュが放たれた方向を見ると、健介が優華たちに向けて一眼レフカメラを向けて写真撮影をしていた。
「そういえば、校庭にいる時からカメラを構える姿が何度か見られたけど、満足はしたかしら?」
「ああ、大満足だよ」
健介は一眼レフを我が子のように大切にに抱える。
「そして思い出した、輝の思い出と一緒に忘れてしまった存在を」
「それがそのカメラということ?」
「そういうことだ。俺はどんな時でも輝や優華の楽しそうな光景を写真に収めることが生きがいだったんだ。思い出せて嬉しい、嬉しいのだが…」
「何か問題でもあるの?」
優華の問いかけに健介は笑顔でありながらも困ったような顔をして応える。
「まだ、何か大事なことを忘れている気がするんだ。それも、俺にとって輝やこの一眼レフと同じくらいに大事なことを」
「ええ⁉︎それって、まだ解決してないってことじゃない!」
「そう慌てる必要はない。さっきも輝が言っていただろう、呪いは不完全だって」
「で、でも…パパはそれでいいの?」
「…そう聞かれたら、いいわけないと答えるしかない。だがな、こうして家族の大切な思い出を取り戻すことができた。実際、家族とあらゆるものを天秤にかけたところで、家族に勝る者は一つも無い。だからこれ以上望むのは贅沢な気がするんだよ」
「その気持ちは嬉しいけど、今失っているのは元からパパが持っていた物なんだよ⁉︎それを理不尽に忘れさせられて、まぁいいかで済ませたら駄目よ!」
「だがなぁ…こればっかりはどうしようもない気がしないか?それとも何か具体的な案でもあるのか?」
「そ、そう言われると…」
咄嗟に言ってみたものの、健介が何を忘れたのか、そのヒントも無いので打開する糸口すら見えない。
「あ、そうよ!さっきのプロジェクター!機械以外にも、人の記憶とかを呼び起こして映像として映し出すこととか…⁉︎」
微かな期待を寄せ、優華はみどりちゃんの方を見る。
みどりちゃんはいつものように数秒の無言の後、パカーンという効果音と共に、頭から小さい旗が生えてくる。その旗にはこう記されていた。
"ごめん無理"
「そんな…」
落胆する優華の肩にそっと手を乗せ、直子が口を開く。
「仕方ないよ、優華ちゃん。みどりちゃんは神様ではないから、出来ないことがあって当然だよ」
「でも!私、こんな終わり方は納得できない!」
「それは私も同じ。そしてその答えは全てこの写真に残されている〜!」
「写真…?」
直子は胸ポケットから一枚の写真を取り出し、優華に差し出す。
「こ、これは…?」
「昨晩、優華ちゃんの家の物置を一緒に調べていた時に見つけたの。その時は優華ちゃんパパには見せたけど、優華ちゃんに黙っていたんだ。ごめんね」
(パパには見せられるけど、私には隠すほどの写真?)
優華は訳も分からないまま、差し出された写真を受け取り、確認する。
「なっ、こ、これって⁉︎」
優華は写真を持つ指に力を込め、わなわなと身体を震えさせる。
「なんで、こんな出来事が写真に納められてるのよぉぉ!」
そこに映し出されていた光景は、幼少期の優華が泣きながらおつかいに行く姿であった。
写真を見た優華は恥ずかしさのあまり首から上を真っ赤にさせ、頭から湯気が湧き出る。
「昨晩、優華ちゃんパパに見せた時は、あまりピンときてなかったようだから、今見れば何か思い出すんじゃない〜?」
「えっ、これをもう一度見せるの⁉︎」
「当たり前だよ〜!それにさっき言ってたよね、まぁいいかでは済ませられないって〜」
「もう!一体どんな拷問よ!ええい、仕方ないわね…パパ!」
「な、なんだ?」
優華にいきなり呼ばれ、驚きながらも返事をする。
「とっても気は進まないけど、それでパパの助けになるなら私は構わないわ!さあ、この写真を見て!そして自分の目でしっかりと確認してちょうだい!」
「さっきからどうしたんだ一体。とりあえずその写真とやらを見れば…なっ、こ、これって⁉︎」
「親子揃って、同じリアクションをありがとうだね〜」
健介は食いつくように写真を見ると、目を大きく見開き驚愕する。
「これは、俺の秘蔵コレクション・No.8じゃないか⁉︎」
「……は?」
「なんで直子ちゃんガ持っているんだ⁉︎だがおかげで見つかってよかったよ!」
「やっぱり、これは優華ちゃんパパが撮った写真だったんだね〜」
「直子、解説を求むわ」
「えーと特に説明することはないんだけど、最初にこの写真を見つけた時に思ったことがあるの〜」
「それは?」
「撮影した人。わざわざお店の中で、優華ちゃんの姿をカメラに収めようとする人は家族以外では考えられないよね〜?」
「ということはママかパパ?」
「そうなるね、だけどそれだけじゃどちらが写真を撮ったのかが判断できないよね。だから、私はこの写真を優華ちゃんのパパに記憶が戻った時にもう一度見せることにしたの」
「昨晩、私に見せなかった理由は?」
「それは簡単だよ〜。こんな恥ずかしい写真を見せたら優華ちゃんは恥ずかしさのあまりに、写真を引き裂くでしょ〜?」
「当然ね、今でもすぐにそうしたいわ。」
「うん、そして私はこうも思ったの。わざわざ外で優華ちゃんの写真を撮るほどの行動力があるとしたなら、他にも同じような写真が沢山あってもおかしくない、と」
「…ほう、それで見つかったの?」
「それはこれから撮影者の正体と一緒にわかると思うよ〜?」
直子はニコニコしながら健介の所へ歩み寄り、一冊のアルバムを手渡す。
「念のため確認して心当たりがあるかだけ確認してもらえるかな〜?」
「わ、わかったけど、その必要はない気がするというか…もう心当たりがありすぎるというかーー」
「待ちなさい」
どうやら完全に記憶を取り戻したであろう健介は、氷のような冷たい表情に変貌した優華を見て、思わずうろたえる。
「直子、パパはもう黒だわ。後はそのアルバムの内容を被写体である私が確認しないと」
「でも引き裂いたり…するもしないも優華ちゃん次第だね!私は発見者であって関係者じゃないからお先に失礼しまーす!」
直子は健介に渡そうとしていたアルバムを優華に押し付けると、床に転がっているみどりちゃんを拾ってダッシュで理科室を後にする。
「猫神君、こんな時になんだが君に渡したいものがある」
「………」
松川の声に反応しない優華であるが、淡々と気にせず続ける。
「これは数年前に、私が電車で痴漢の被害を受けた時のために開発した特製の警棒だ。だが作ってはみたものの、私は電車を利用する機会がほぼ無くてな。せっかくだから君に託そうと思う。」
優華は松川から無言で警棒を受け取ると、健介にゆっくりと歩み寄る。
松川は理科室を出る前に、優華に聞こえるように大きな声で告げる。
「ちなみにその警棒は大した付属効果はないが、強いて言うなら、使用者の腕力を三倍に引き上げる程度のギミックしか施されてないからな!」
「いやそれ完全に命を奪う道具⁉︎」
しかし、健介の叫びも虚しく松川は退出してしまったため、部屋には優華と健介だけの状態になる。
「ちょっと!おいおい嘘だろ⁉︎あ、優華ちゃん…」
「………」
優華は無言でアルバムのページをめくっていく。
理科室はペラペラとアルバムをめくる音だけが聞こえる。
ひと通り写真に目を通した優華はアルバムを閉じ、口元だけ笑みを浮かべ、健介に問いかける。
「最後に言い残すことはあるかしら?」
「ま、待て!とりあえず落ち着いてくれ!」
健介は全身をガクガクさせなながら、この場を乗り切る方法を必死に考える。そして数秒間、必死に脳を回転させ打開策を思いつく。
「優華ちゃん、俺にも意見がある。真剣に聞いてくれ」
「話してみなさい」
優華はいつでもフルスイングできるように警棒を構えている。
健介は一か八かの思いでアルバムを開くと、写真を何枚か取り出し、優華に見せる。
「優華ちゃんにとっては恥ずかしい思い出なのかもしれないがな、俺にとっては宝物なんだ!特にこの四枚はどれも泣き顔ではあるが、それは幼少期ならではの失敗だから気に病まなーー」
最後まで言い切ることは叶わず、健介の意識は飛んでいく。
こうして猫神優華を中心に巻き起こった数日間のお祭り騒ぎは幕を閉じるのであった。
こんばんは、ばたじょです!
後半戦お疲れ様です!各章で区切ると字数は平均的に一万と数文字程度ですが、それもここまで量産すると、長く感じますね。不思議と私はこの章を書き終えた時には三年くらい歳を取った気がしました。はい、流石に嘘ですね。すみません。
実は第7章の大事なシーンをイラストとして作成してはいるのですが…諸事情により、ネットにはアップしておりません!残念!
まぁ、文章を書き終えた後はいくらでも時間はあるので、地道に挿絵のようなものも作成していきたいですねー。
それでは第7章はここまでお次は最後!最後でございます!寂しい!次回エピローグに続きます!ばいばーい!