第6章 タイムカプセル大作戦
どうも、ばたじょです!
さあさあ、物語もいよいよ後半戦です!
果たしてタイムカプセル大作戦は無事に行うことができるのか。そして、その果てに何を得るのか!
お、初めて前書きらしく短い文章でまとまりました!ハッピー!
ではでは本編スタートです!いってらっしゃいませ!
いよいよ、模擬授業を行う日がやってきた。優華はいつもよりも数十分早く起床をする。窓から見える空を見て晴天であることを確認し、ひとまずホッとする。
(ここまできて雨天なので中止ですだなんて許せないわよね)
すぐに顔を洗い、制服に着替え一階のリビング兼カウンター席に向かう。
(昨日、直子が帰ってからパパと口交わしてないし…うぅ…気まずい)
昨晩母親・猫神輝に関する情報を求め物置を漁っていたところ、輝と思われる人物の写った写真を見つけた。
だが、偶然(見せろと言ったため目撃した)その写真を見た健介は突然、魂の抜けたような無気力状態になってしまった。健介の過去にどんなことがあったのかが分からない優華にとっては何が何だかわからない。
毎日明るく振る舞い、時にはからかい合う程の中である健介が優華にあんな表情をみせるのは初めてであった
(直子が帰った後は普通に自分の部屋に戻って寝ちゃうし…やっぱり怒ってたりするかも)
廊下を歩いてリビングへ続く扉の前にたどり着くものの、健介のことが気になり、ドアノブにかけた手が動かない。
(…もう、本当に優柔不断ね!早く開けなさいよ私!)
「今日はまた一段と早いお目覚めだな」
「うわぁ⁉︎びっくりさせないでよ!」
「なかなか入ろうとしないから何事かと思ったぞ?」
いつのまにか背後にいた巨漢…猫神健介に思わず体が反応する。
「びっくりしたせいで何で緊張してたのかわからなくなったわ」
「む?優華ちゃんが緊張?…ああ、模擬授業だったよな。俺はちょっと準備することがあるから少し遅れるが大丈夫か?」
「模擬授業は四限目だから急いで行ってもパパがすることは無いわよ。というか準備って何?」
「いやなに、久しぶりに愛娘の勇姿が拝めると聞いたからにはこんな格好で行くわけにはいかないだろう?」
「まぁ私も流石にその服装は見慣れたけど、たまには私服で過ごすのも良いかもね」
健介はもともと実家の寺で育ったため、本来は寺を継ぐつもりだったらしい。しかし、ある時その実家が火災で全焼してしまった。そのため、帰る家と職を失った健介であったが、そこで偶然ひとり旅をしていた猫神輝と出会い今に至るらしい。その時にどんな出来事があったかは別の物語で語るとしよう。そんな元住職である健介は思い入れがあるため、基本的に仕事やプライベートでも常に作務衣を身に着けている。
作務衣姿な上に、黙っていれば強面で身長が高いことから、時折近所の子どもや行く店先で店員に怖がられる光景はしょっちゅうである。
「いや、服装はいつも通りだ。まぁ優華ちゃんは気にすることないぞ」
「そう言われると気になるけど、まぁいいか」
起きる時間が早くても、やることは決まって同じである。
今日は簡単に食パンにバターを塗ってトーストする。付け合わせにスクランブルエッグと野菜を少量皿に盛り付ける。
「いただきます」
「いただきまーす」
早朝のリビングにはお互いの咀嚼音や食器の音だけが響き渡る。
「たまにはテレビでもつけてみるか」
意外にも猫神家では食事中のテレビ視聴を禁止した健介がリモコンに手をかける。
「珍しいこともあるものねー」
「せっかくの休みだしな。お、この映画今日から上映だってさ」
"時には笑いあり、涙ありの作品です!皆さまも是非劇場でご覧下さい!バタフライエンジェルyuki、小ヒット上映中!"
「これ本当に上映されるんだ…しかも小ヒットかい!」
「なんだ、知ってるのか?」
「うん、名前だけだけど…」
(担任が今日観に行ったなんて言えるはずないわ)
ぽろっと溢れそうになる本音を抑え、優華は意を決して口を開く。
「あ、あのね…私パパに謝らなくちゃいけないことがあるの!」
「謝る?もしかして昨日のことか?」
「うん、私はあの写真を見せて何か思い出してくれるんじゃないかと思って…悪気はないの!だけどパパのことを傷つけちゃった。本当にごめんなさい!」
「……………………」
健介は少し驚いた様子であったがすぐにそれは笑顔に変わる。
「傷なんてついちゃいないよ、今の話の中で俺が優華を怒るべきところなんて一つも見当たらないぞ」
「本当…?」
「本当だとも、それに話を聞く限り俺のためにも動いてくれていたんだろう?」
「うん」
「ならば俺からの言葉はコラ!ではなくありがとうだな」
優華の頭に手を置き優しく撫でる。
「輝が…ママが何故優華と名前を付けたか知ってるか?」
健介はそこに誰かがいるかのように天井を見上げたあと、笑顔のはずなのにどこか寂しそうな表情を浮かべる。
「もちろん漢字の通り優華が優しい心を持った人間になってほしいという意味だ。華はなんとなく華のように可愛くなって欲しかったから」
「後半が適当な点はスルーするわ」
「輝はさ、やんちゃでどちらかというと男っぽい感じだったよ。機械イジリやら釣りやら…没頭してる時の目が一番輝いていたよ」
いつのまにか、健介の目から涙が小さく流れているが優華は黙って話を聞く。
「そんな性格を自分でもよくわかっていたらしくてな…だからこそ自分に女の子の子どもができたとしたら絶対に華という漢字を入れるんだって言ってたよ。そうでもしないと私みたいに男らしい女性に育ってしまうって」
「もう、何よそれ」
おかしい話だが、何故か温かみを感じる。健介の話を聞いて、色々な思いの詰まった涙が笑みと一緒に溢れていた。今ここには二人しかいないはずなのにもう一人、優華と健介が大切に思っている存在が側にいる気がする。
すると二階の部屋から階段を勢いよく駆け下りて一階のカウンター席に飛び込んでくる者がいた。
「呼ばれた気がしてここに推参仕る!法が!王が!神様が許しても、この猫神風華が許さない!…おやおや?何やら二人とも微笑ましい雰囲気だけどどうしたの⁉︎良ければ私にも聞かせて…ってあれ?」
「ごちそうさま、それじゃ行ってきまーす」
「ああ、また後でな」
数秒前のほんわかタイムが嘘のように二人はそそくさと退散していく。
「ちょちょちょ!何さ二人ともー!」
優華は登校し健介は自分の部屋に戻っているのでカウンター席には風華だけが残される。
「うう…何さもう!私だけ置いてけぼり⁉︎」
風華の叫びも虚しく空気に溶けていくのであった。
場面は変わり、時刻は十一時過ぎ。学校では丁度三限目の授業が終了して十五分の休憩時間に差し掛かったところである。
優華と直子は、四限目に控える模擬授業に向けて最後の作戦会議をしていた。
「さて、いよいよ始まるわよ」
「いよいよだね〜。とその前に、昨日のガラクタはどうしたの?」
「ガラクタ?ああ、あのカセットデッキみたいな奴のことね。あれはダメ元で今朝登校した時にゆりちゃんに預けてきたわ」
「ゆりちゃんなら何か解明してくれるかもしれないね〜」
ゆりちゃんこと松川由香里は、本校の理科担当教員である。彼女は理科室に隣接されている実験準備室に籠っては、何やら発明だの怪しい実験をしてるだの学校中で噂されている。
(怪しい実験はわからないけど発明は本当なのよね)
とにかくそのガラクタを見せたところ「君、コイツをどこで拾った?」と真面目な顔で返された。優華は家の物置で見つけたことを伝えると、松川は更に眉をしかめて「すまないが一日コイツを調べさせて欲しい」
と言われたのだ。どのみち自分や直子だけじゃお手上げであったので、そのまま松川にガラクタを押し付けることにしたのである。
「あの時、ゆりちゃんすごく難しい顔してたなぁ」
「へえ〜、これはゆりちゃんのサイエンス魂を焚きつけてしまったかもしれないね〜!」
「サイエンス魂って…まぁ餅は餅屋と言うくらいだし任せて正解ね」
「ほえ?優華ちゃん、餅が餅屋を経営するわけないよ〜」
「うん、あんたの前ではことわざは使わないことにしておくわ」
「冗談だよ〜⁉︎じょ・う・だ・ん!」
「とにかくガラクタの件は保留よ。後はタイムカプセルを成功させることね」
「まぁそんな大それたことではないんだけどね〜」
「実際、埋めるだけだしね」
(そう、他の生徒は埋めるだけ。でも私は違う。あの一本桜の下に探し求めていた答えがあるはず…いや、無くては困るわ!)
――キーンコーンカーンコーン――
予鈴が四限の授業開始を生徒たちに知らせる。
クラスメイトたちは全員席に着いて座っている。
「模擬授業とは言っても、教壇の前に向き合うのって結構勇気いるわね」
(五大先生はこれを毎日やってるんだからすごいわ)
生徒たちの目線は優華と直子に注目する。この日に優華たちが模擬授業を行うことは、前日のホームルームで五大の口から知らされている。クラスメイトが授業を行うと聞き、若干どよめいたもののすぐに納得してくれた。
「えー、まず授業を始める前に皆んなに伝えたいことがあるわ」
教室には優華の声だけが聞こえる。皆一人の声に耳を傾けている。
「先日五大先生から話があった通り、今日のこの時間は私たちが模擬授業という形で授業を行うわ。それを承知した上で皆が集まってくれたことに感謝するわ、ありがとう」
そう言い優華は言葉を切るとクラスメイトたちに一礼する。
「今回は過去に未来の自分へ作成したタイムカプセルを各々が確認し、その上で次はまた何年後かの自分へ新たにタイムカプセルを作ります。そして新規のタイムカプセルは学校の正門近くにある一本桜のところに埋めようと思っています。それでは初めに、直子!」
「はいは〜い」
優華の合図に反応し、直子は卒業証書を入れるような筒を人数分配っていく。
「今、温厚さんが配布しているのは皆さんが小学生の時に未来の自分へと書いた手紙…つまりタイムカプセルです」
筒を配り終えると直子は教壇へ戻っていく。
「皆さんの手元に渡ったようですね、ではこれから約20分間、各班に分かれてお互いに昔の自分がどんなことを書いていたのか発表し合う時間にしようと思います。恥ずかしいと思われる方もいると思いますが、入学してまだ一カ月も経っていない今こそそれを機会に親睦を深められるチャンスだと思って頑張ってください」
優華の説明を聞いたクラスメイトたちは速やかに机を班決めした通りに配置し、班毎にタイムカプセルを発表し始める。
「私たちも始めましょうかね」
「そうだね、あとせっかくだから改めて自己紹介とかしてみる〜?これから長い付き合いになると思うし」
「それもそうね、他の人もそれで良いかしら?」
残る班員たちも異論はないようだ。
班は基本的に五人構成であるため、優華と直子を除けばあと三人いることになる。その三人のうちの一人は優華の後ろの席に座る太陽光である。
(直子と光ちゃん以外はあまり面識がなかったから良い機会だわ)
残る二人はどちらも女子である。これは優華のクラスの男女比が女子の方が多いため、班決めをすると女子のみで構成された班が生まれるのは必然であった。
「それじゃ光ちゃんからお願いしても良いかしら?」
「う、うん!」
光は相変わらず汗っかきのようで、定期的に拭っているにもかかわらず滝のように汗が流れている。
「わ、私は太陽光と言います!よく名前を漢字で書くと"たいようこう"と間違えられてしまいますが、正しくは"たいようひかり"です!よろしくお願いします!」
「よっ!光ちゃん、グッド自己紹介〜!」
「そ、そんなことないよ!」
光は恥ずかしくなったのか、顔を赤面させい洪水のように汗が流れる。
直子はいつのまにか用意した紙吹雪を光に向かって舞わせるが、案の定紙吹雪たちは汗のせいで腕や学生服から露出している首から顔にへばりつく。
「光ちゃんありがとう、そして直子は光ちゃんに付着してる紙を取ってあげなさい」
「ふえ〜!これは想定外だよ!ごめんね〜」
「だ、大丈夫だよ!これくらい慣れてるし…あ、あれ⁉︎私のハンカチは⁉︎」
「落ち着いて!ハンカチというかタオルなら机にはあるわよ!」
(なるほど、汗っかきな上にあがり症なんだ)
光は席に着くと汗を拭いながら俯いてしまう。
「光ちゃんは頑張ったよ〜!だからそんなに落ち込まないで!」
「とどめを刺したのは直子でしょ!でも光ちゃん直子の言う通り気にすることはないわ。」
優華は自分のポケットからピンク色のハンカチを出すと、光の顔から溢れ出る汗を拭ってやる。
「それにあなたはせっかく可愛い顔なんだから俯いていたら勿体無いわ」
「か、可愛い⁉︎そんなこと…ないよう」
「そうそう〜、優華ちゃんの言う通り女の子は堂々として笑った方が良いと思うよ〜!」
「ふ、二人ともありがとう。もう大丈夫だよ」
少しトラブルが起きたが問題なく自己紹介は進行していく。
「光ちゃんの次は…ごめんなさい、この漢字はこのまま読んでも良いのかしら?」
「いや、気にすんな気にすんな。初対面の人は皆同じリアクションをするからもう慣れっ子だ!」
順番からして光の次に自己紹介をするであろう女子が席を立つ。
「うちの名前は光合成!基本的に外にいた方が楽しいからよく隣の席の浴と遊んだりしてることが多いぞ!」
「ええ、お日さまが出ている日にはよく二人で日向ぼっこしたりして身も心も休めているのですわ」
「日向ぼっこじゃねえよ!ぼーっとしてるのは浴だけだろ⁉︎」
そのまま流れで光合成に続いて、その隣の女子が自己紹介をする。
「わたくし、日光浴と申します。読み方はそのまま"にっこうよく''ですので苗字と名前どちらでもお好きな呼び方で構いませんよ」
「すごい〜!太陽光に光合成、そして日光浴!同じ班に熱い名前が集まったね〜!」
「ここにいるだけで温暖化しそうなメンツね…」
「でも光ちゃんなんだか楽しそうだね〜」
「そうね、あの様子なら仲良くやっていけそう」
(いつもあわあわしていて心配だったけど杞憂だったみたいね)
三人の自己紹介が済み、順番は優香へと周る。
「次は私がいくわ。猫神優華です。趣味…というよりもしていて好きなことは家の店を手伝うことと、こうして友達とお話しすることよ」
簡潔に自己紹介をして席に座ろうとすると、直子が不満げな顔で優華に言ってくる。
「優華ちゃんらしいけど…もっとこう女の子っぽいステータスはないの〜?」
「お、女の子っぽい⁉︎…なんだろ?」
「難しかったかなぁ、じゃあ最近のマイブームとかは〜?」
「マイブーム…みどりちゃん…?はっ!」
直子以外の三名は、みどりちゃんの意味がわからずキョトンとしている。
優華はしどろもどろで誤魔化し始める。
「みどりちゃんっていうのはアニメのキャラクターで!私、妹がいるんだけどその妹がアニメにハマっていて…その影響かな〜なんて…」
すると、光が自信なさげに優華の後ろを指差して口を開く。
「あ、あの!その!みどりちゃんってもしかすると優華ちゃんの背中にいるキャラクターかな…?」
「――――」
最初、光に何を言われたのか理解できなかったが、これまでの経験則で自分の身に何が起きているのかを察する。
優華は無言で後ろへと手を伸ばすと、そのまま背中にしがみついているであろう物体を引き剥がす。
「昨日から見ないと思えば…あんたいつからいたのよ」
「…呼ばれた気がして」
「呼んでない!探してはいたけど注文してないわ!」
「…チッ」
「悪かったわね本当!」
それは艶のある緑色の髪に無表情、赤ん坊の着る服に似た格好…正真正銘みどりちゃんである。
(早速バレたわね…さてどう乗り切ろうかしら)
特に隠す理由は無いが、面倒なことになるのは避けたいのでどうにか誤魔化そうと考える優華。
だが親友は隠すつもりがなかったようで、どこからか取り出した紙吹雪をみどりちゃんの頭上からふりかけ説明し始める。
「この子はみどりちゃんって名前なんだよ〜!しかもしかも〜ここだけの話、なんと妖精さんなのです!」
「全部バラされた⁉︎」
(いやそれよりも、三人の反応は⁉︎)
しかし、これまた意外なことに光を含む三人は特に驚くことは無く、むしろみどりちゃんのことを興味津々に観察までしている。
「へ〜、みどりちゃんって言うんだ…汗かくのかな?」
「髪の毛が植物みたいに緑色だからみどりちゃんなのか?私と一緒に日差しを浴びて元気出そうぜ!」
「日差し?いいですわね日差し、そのままのんびりお昼寝でもいかが?」
(まぁ特にみどりちゃんが変なことをしなければ大丈夫か…っていうか光ちゃんもだけどこの子たちキャラが濃いわね!)
「このみどりちゃんってのは猫神さんの妹さんか?」
「いやもしかすると、猫神さんの娘さんかもしれませんわ」
「む、娘さん⁉︎…いや優華ちゃんは大人っぽいからもしかして…⁉︎」
「はいストップ!というかそんなわけないでしょ!」
このまま放っておくと会話が危ない方向へと路線変更しそうであったため、優華はヒートアップ三人を制止する。
「よく見て!顔も!髪の色も!全然似てないでしょ⁉︎コイツは直子の言った通り妖精なのよ!」
「よ、妖精さん…?」
「そんなこと言われてもよー、妖精なんて見たことねーから判断のしようが無いじゃん?」
「妖精と言えば透き通った羽とか生えてるイメージがありますわね」
「くっ、たしかに証明できる材料が無いわ…」
「う〜む、それは本人に聞いてみればわかるんじゃないかなぁ?みどりちゃんは妖精さんなの〜?」
「………」
その場にいる班員たちはみどりちゃんへ注目する。
当の本人は、何を語るわけでもなく無表情のまま数秒、みどりちゃん背中から蝶のような羽が生えてくる。
「綺麗に透き通った羽…妖精に間違いありませんわ!」
「なんだと⁉︎だが浴が言うならそうなのかもしれない…それはそうと妖精てあれか?天然記念物か?」
「こ、光合さん!妖精は架空の存在だと思うよ⁉︎」
(ちょろい!ちょろすぎるわこの三人!)
みどりちゃんは背中から生やした羽をパタパタと動かしているが、特に飛び上がることはなく棒立ちでチーム温暖化に向かって一言。
「…マジカルー」
「おお、魔法!間違えねえ、コイツは妖精だ!」
「おとぎ話のように魔法まで使うとは!私は奇跡を目撃しているのですわ!」
「えっ、これが魔法⁉︎私がおかしいの⁉︎」
「気をたしかに!光ちゃんはおかしくないわ!」
「いいね〜!この班なら楽しくてやっていけそうだね〜!」
平和な思考の持ち主であるが故、正常に状況判断出来ず妄想のスパイラルにはまっていく成と浴。そんな二人とは正反対に、一般的思考の持ち主である光は現状に頭が追いつかず自分がおかしいのではないかと疑い始める。そして、そんな光景を見て楽しむ直子と翻弄される優華。
そんなこんなで自己紹介を終えた後は、各自で過去のタイムカプセルを開封していた。
「過去の自分か…」
優華は幼少期のことを振り返る度に、母親のことが頭をよぎる。健介の言う通り、優華を出産して数日でこの世を去ったのか。それとも、先日に目撃した映像のように、優華が幼少期の頃までは生存していたのか。
「待てよ、もしかするとタイムカプセルの中には何かママに関することがあるかも⁉︎」
「それは盲点だったね!優華ちゃんの話が本当なら小学生の頃に優華ちゃんがママのことを書いてるかもしれないね〜!」
優華は急いで自分のタイムカプセルの筒を開封する。筒の中には手紙と一枚の写真が入っていた。
「将来的な自分、つまり今の私に向けて書いたのだから遠慮なく読ませてもらうわ」
「せっかくだから私も見ていい〜?」
「直子には色々と世話になってるからそれくらい大丈夫よ」
「やった!なになに…大きくなった優華ちゃんへ―」
「いや音読は無しよ⁉︎」
「え〜、だって冒頭から可愛いじゃない?一人称は優華ちゃんって」
「いーからよしなさい!」
「ぶー、しょうがないなぁ〜」
手紙にはこう記されていた。
"大きくなった優華ちゃんへ
大きくなった優華ちゃんはもう泣き虫じゃないですか?
大きくなった優華ちゃんはもうイジメられていないですか?
大きくなった優華ちゃんはもうわがままじゃないですか?
大きくなった優華ちゃんはもう寂しがり屋じゃないですか?
優華ちゃんはもう泣き虫もわがままもやめます。イジメられないように強くなります。もうすぐがママがいなくなるけど寂しがったりしません。だってパパがいるから大丈夫です。
これからは優華ちゃんがパパのことを守るから。"
「……………」
「優華ちゃん…」
手紙を読み終えた優華は、目に大粒の涙を潤ませながら直子に言う。
「どうやら昔の自分の方が強かったみたいね…小さい時からしっかりしてるわ。でもごめん」
持っている手紙に涙が染み込み字が滲む。
「どうやら泣き虫だけは治らなかったみたい」
泣いていることを周りの生徒にバレないように声を出さずにいるが溢れる涙だけは止められなかった。
「優華ちゃん」
一緒に手紙を読んでいた直子がそっとティッシュを差し出す。
「泣いちゃいけない人間なんていないんだよ。特に女の子はいっぱい泣いて最後に笑えれば大丈夫!」
優華の頭に手を置いて直子はいつもよりも何倍も明るい笑顔で語りかける。
「だから泣き終わった時にそのティッシュで涙を拭って。それまでは優華ちゃんの分まで私がいっぱい笑うから!」
「直子…」
直子からティッシュを受け取り、涙で濡れた顔や目元を拭う。
「直子…」
「うん、なんでも言ってみて?」
「顔がスースーする」
「ふえ⁉︎」
涙を拭った顔面は、汗拭きシートのおかげで肌がサラサラになり、付属効果でとてもひんやりとする。
「これ汗拭きシート…」
「あ、これ光ちゃんの汗拭きシートだったね〜!ごめんごめん〜!」
「あ、それは私の暑い夏でも乗り切れる爽快マックスシート!」
首から上が爽快になったところで、優華は自分の頬を両手で叩いて喝を入れる。
「おかげで元気出たわ。案外泣いてる時の汗拭きシートは相性いいかもね」
「そう?なら良かったね〜!えっへん!」
「光ちゃんありがとうね、今度新しい物をお返しするわ」
「い、いやいやそれくらいお安い御用だよ!ロッカーにいくらでもストックがあるから欲しい時は言ってね!」
「あれれ〜⁉︎私は⁉︎私にも手柄があるはずだよ〜⁉︎」
「今回は美味しいところを光ちゃんに取られたようね」
「なぬ⁉︎お、おのれ…汗拭きシートめ〜!」
「そんなくだらない対抗心は燃やすだけ無駄よ」
(これでママは私が幼少期の頃まで生きていたことが確認できたわ。)
「たしかにそうだね。そしてこの写真が何よりもの証拠になるね〜!」
「心の声に相槌打つな!そして写真を持ち主より先に見るな!」
いつのまにか筒に入っていた写真を直子が持っていたので強引に奪い取る。
「えへへ〜、でもこの写真いい顔撮れてるよね〜」
「うん、そしておそらくこれがママが亡くなる前の最後の写真ね…」
そこに写っていたのは一目で病室の中だと確認できる真っ白な背景。ベッドで上半身だけを起き上がらせて足元で眠る優華を優しく撫でている猫神輝の写真であった。
「やっぱり優華ちゃんのママは美人さんで優しそうだね〜」
「そうね、まったくこの頃の私は甘えん坊さんだったのかしら」
(あとは信憑性が薄いけどカセットデッキの裏に書いてあったように、タイムカプセルを埋める時に一本桜の下に行けば何かわかるかもしれないわ)
「たしかにそうだね、そしてその時に優華ちゃんのパパも来るはずだから一緒に真実を見届けられるね〜!」
「だーかーらー!あんたはエスパーか⁉︎心の声に返事するな!…ちなみに直子の手紙はどんな内容?」
「ん〜?見てもいいけど、大した内容じゃないよ〜?」
そう言って直子は手紙を取り出して手渡す。
「私の奴を見せたのだからこれでおあいこよ」
(これで少しでも直子の恥ずかしい思い出とか見つけられればなぁーなんて)
ところが、直子の手紙を目にした時それは不可能であると思い知らされる。
「な、何よこの文章⁉︎」
そこには、優華の見たことのない言語で構成された文章が紙一面ぎっしりと詰め込まれていた。
「というかそもそも何語よ⁉︎」
「だから言ったでしょ〜、大したことないって」
「いや大したことあるわよ!大体あんたこれ解読できるの⁉︎」
「そりゃ書いた本人ですからね〜、わかるとも」
「じゃあ私にもわかるように要約してくれるかしら?」
「しょうがないなぁ〜、えーなになに…」
優華から返却された手紙をうんうんと頷きながら読み進める。
「未来の私へ、お元気に過ごしていますか?」
「あ、音読助かるわ」
"未来の私へ
お元気に過ごしてますか?
私?私はこの通り元気にしています。いや本当だって!それよりも聞いてください。昨日の夕食はワニのお肉をふんだんに入れた極上のスープでした。これがまた美味しいこと!…あっそういえば未来の私は昨日の夕食に何を食べましたか?―――――"
「会話か⁉︎あんたは時空を超えて未来の自分と文通でもしてるのか⁉︎」
「うーむ、それは過去の自分にしかわからないかなぁ〜」
優華の問い詰めを華麗にスルーし直子は手紙を筒にしまう。
「ところで暑い三人組はどんな内容だったのかな〜?」
「ろくなことが書いてなさそうってことだけは想像がつくわ」
優華の物言いに反応した成は、勢いよく席を立ち優華たちを指差す。
「言ってくれるじゃん、ならうちのイカした手紙を見せてやるぜ!」
「これは出落ちの予感がしますわ」
「な、成ちゃんファイトだよ!」
「別に競ってるわけではないのだけどまぁいいわ。で、なになに…」
"未来の光合成へ
元気にしてますか?私は今日も、かけっこでクラスの男の子たちより早くゴールできました。私の瞬足について来られる人なんて誰もいないのです。だからきっと未来の自分は、今よりももっと早く走ることができるんだろうなと思います。もしも、これを読んでいる時点で通っている学校の中で一番足が速くなければ、罰ゲームを受けて反省して下さい。罰ゲームの内容はお友だちに考えてもらってください。"
「どうだ⁉︎幼い頃から強い志を抱いているのはこの光合成くらいだろ!うちのこの瞬足は当時を遥かに上回っているぜ!」
「あーうん、これからも精進しなさい」
「おう!任せとけ!…っておい!なんだその塩対応は⁉︎うちの瞬足を信用できないのか⁉︎」
「いやなんというか、もっと速くなれればいいわね」
「くっ、そんなにリアクションが薄いとなんだか納得できねえ!だったら後で校庭に行く時に見せてやるよ!この生まれ持った純金の足を!」
「それを言うなら黄金の足だと思うわ。でも丁度いいわね、直子!」
優華は成へ向き合ったまま直子を呼ぶ。
「ん〜?どうした〜?」
「あとであの自称黄金の足とやらと遊んであげなさい」
不敵な笑みを浮かべて直子に言うと、直子もニヤリとした表情で応える。
「成ちゃん、そういうことだから優華ちゃんの代わりに私が走ってあげるね〜」
「ほう、猫神優華は司令塔で温厚直子は体力専門ということか。いいぜ!」
(高校に入学してからまだ体力測定はしてなかったし、良い機会だわ)
「とりあえずそれは置いといて、浴さんの手紙はどんな内容だったのかしら?」
「私ですか?構いませんわよ」
次に日光浴がスッと立ち上がる。彼女の生まれ育った環境のせいか、席を立つ動作だけでも見る側から上品に感じられる。
「僭越ながら次は日光浴の演説を――」
「演説はまたの機会にお願いするわ」
「仕方ありませんわ、ではこの私が幼い頃に今の私へと書き記したメッセージを音読して差し上げますわ」
「もっと普通に言えないのかしら…」
腰まで伸ばした長髪を優雅にかきあげて音読し始める。
"未来の自分へ
お元気にしていますか。私は今朝も十分な日光浴ができたので元気いっぱいです。
私は日光財閥を継ぐ者として常に清く気高い存在でなければなりません。
そのため、将来日光財閥の娘として恥ずかしくないように頑張ります。そしてお母様とお父様にたくさん褒めてもらいます。あといつか清野に素敵な彼女ができますように。"
「へえ〜、日光さんの家はお金持ちなんだね〜」
「どおりで振る舞いがお嬢様のようだったわけね」
「その通り。ですが今の私は親の力無しでは生きていけない身であるがゆえ日光家を継ぐ人間として相応しい人物に少しでも早く近づきたいのですわ」
「なるほど、日光さんは意外としっかりされているのね。光合さんとはタイプがちがうわ」
「なんだその私はしっかりしていないみたいな言い方は!」
「でも最後の一文にある清野って誰かなぁ〜?」
「おい無視すんな!」
「清野とは私の執事ことですわ。私が幼い頃から日光家もとい私の教育係として生活をサポートしてくれているのです」
しかし、と暗い表情で続ける。
「執事という職のせいか年がら年中私につきっきりで…おかげで自分のことには目も向けず、今日まで独身男なのですわ」
「うーん、この年になってもつきっきりなのは少し過保護過ぎるかもしれないわね」
「でもそれだけ浴ちゃんのことを大切に思っているんだね〜」
「いかにも、日光家の執事として教育係の任務を任された時から既にこの身はお嬢様に捧げたも同然でございます。色恋沙汰など二の次で構いません」
「それは熱心なことね、本人が納得してるなら別に…って誰よ⁉︎」
いつのまにか自然に会話の中に溶け込んでいた男性がいた。
清野歩。日光浴の執事兼教育係を務める容姿端麗な男性である。執事服を見に纏い両手には白い手袋をはめている。その執事は目をつぶったまま口を開く。
「ご友人方、初めまして。浴お嬢様に執事としてお仕えしております。清野歩と申します。詳細は上記のナレーションにてご参照ください」
「開幕早々、異次元に踏み込むのはよして欲しいのわ。でもあなた程の容姿なら、少しは女性にちやほやされると思うのだけど…」
「フッ、愚問でございます。浴お嬢様を差し置いてほかの者にうつつをぬかすなど言語道断」
清野はニヤリと一つ笑うと、懐からポスターを取り出し優華たちに広げて見せつける。そこに写っているのは、日光浴の入浴姿を背後から捉えたものだった。
「この浴お嬢様の美貌に敵う者などいないのです!そして全世界の男たちを魅了するこの素晴らしいボディ―――」
「眠りなさい」
浴はニコニコしながら殺虫剤を清野の眼球目がけて放射する。
「ぐあああ!目が!なんとも言えないこの痛み!しみる!痛い!しみる!」
眼球へともろに直撃した清野は悶絶のあまり呂律が回らなくなる。
「ほえ〜、まさに変態さんだね〜」
「盗撮とかもはや逮捕案件よ」
「変態だと?笑わせるな!私はお嬢様のことを崇拝しているだけだ!」
「あら?威力が足りなかったようですわ」
浴はニコニコしながら今度は二つのスプレー缶を両手で清野へと浴びせる。
「こ、これしきでくたばるようなら執事は務まら…な⁉︎い、息が⁉︎」
「二回めは殺虫剤ではなくてよ。松島教諭からお譲り頂いた"少しの間眠ってくれスプレー"の効果は絶大であることが証明されましたわ」
「ゆりちゃんはなんてものを発明しているのよ⁉︎」
「でもすご〜い!清野さんが動かなくなったよ〜!」
「清野は常人よりも遥かにタフな肉体なので心配ご無用ですわ、死んでいなければセーフです」
「さらっと怖えこと言ってんじゃねえよ!」
氷のように冷たい笑顔をする浴から距離を置いて青ざめる成と光。
「場を乱してしまい申し訳ありません。さあ次は太陽さんの番ですわ」
「えっあっはい!太陽光いきます!」
額から汗を流しながら光は手紙を広げ音読し始める。
"未来の自分へ
お元気ですか?私は今日も元気です。
私は周りの友だちよりもいっぱい汗をかきます。
そのため体育の時間や暑い夏の日は汗でお洋服がびしょびしょになってしまいます。
ハンカチやタオルもすぐにびしょびしょになって使えなくなるので結局帰るときには私もびしょびしょです。
初めの頃は同じクラスの男の子たちにからかわれたりしましたが、今では気を遣ってハンカチやタオルを貸してくれます。
いっぱい汗をかくことは周りの人に迷惑をかけますし私自身も嫌です。
未来の私はまだ汗をいっぱいかいてますか?"
「う、うーん…どうかしらね」
「一言で言えばびしょびしょだったね〜」
「ひ、一言で片付けられた⁉︎」
光は肩を縮こませポツリポツリと呟く。
「汗っかきは昔からで色々試してはみているんだけど…なかなか治らなくて」
「そもそも汗っかきというものは治せるものなのでしょうか?」
「いや無理だろ、それこそ身体の構造をいじりでもしない限り」
「あ、ありがとう!でもね」
光はにっこり笑ってみせる。
「昔は嫌だったけどこの汗っかきのおかげで高校では優華ちゃんや直子ちゃん、そして同じ班の皆と仲良くなれたから嬉しいよ!…ってあれ?私なんか変なこと言ったかな⁉︎」
光以外の班員たちは皆目元に涙を浮かべで拍手を送る。
「やっぱり光ちゃんはいい子ね」
「うんうん!私も光ちゃんと友だちになれて嬉しいよ〜!」
「光…おまえいい奴だな!」
「純粋とはこのことを言うのですわね」
「えっ⁉︎皆どうしたの⁉︎やだ、恥ずかしい…」
班員たちに注目されて光は緊張のあまり体中から滝のように汗が流れる。
「わわ⁉︎なんかごめん!とりあえず私のハンカチ使っていいから!」
「ああ!光ちゃん!背中が!汗で濡れて下着が見え見えだよ〜!」
「……⁉︎」
「ちょ、直子!わかっててもわざわざ大声で言わないで!ほらまた汗がー!」
「こら、授業中だというのに何を騒いでいる」
すると、たまたま廊下を歩いていた松島が教室の騒ぎを聞きつけて教室に入ってくる。
「今日は模擬授業を行うと聞いて見に来たら何事だ一体」
「松島先生、実はーー」
隠す理由もないのでひとまず起こった出来事を簡潔に伝える。
「ほう、汗っかきか。それはまた大変だな」
「はい、そして彼女はあがり症なので今みたいに汗を尋常じゃないくらいかくみたいなのです」
「なるほどな、大体理解した。おい太陽光!聞こえるか?」
松島の呼びかけに反応することはなく、光は顔を真っ赤にし頭から湯気が出る。
「仕方ない、おい猫神。しばらくこの子を預からせてもらうぞ」
「え、ええ。こちらではもう手の施しようがないので任せますが…大丈夫なのですか?」
「安心しろ、授業が終わるまでには済ませる」
そう言うと松島は光を背負って教室を後にする。
「本当に大丈夫なのかしら…?」
「ゆりちゃんも考えなしで任されたわけではないと思うし大丈夫だよ〜たぶん」
「最後の三文字で台無しよ」
こうして過去のタイムカプセルを個々に楽しんだA組御一行は、予め別日に書いた手紙を正門近くの一本桜の下へと埋めるために校庭へと移動する。
「さて、いよいよ授業のメインなのですがその前に」
「そう!その前にだ!」
優華に割り込む形で、光合成が高らかに叫ぶ。そしていつのまにか体操服に着替えていた。
「ハーフタイムショーとでも思ってくれ!これからこの光合成こと黄金の足vs.猫神優華のボディーガードこと温厚直子の徒競走対決の始まりだー!」
クラスメイトたちは何が何だかわからずに、多くが疑問の表情を浮かべている。
「皆、ごめんなさい。この対決を許可したのは私です。でも黄金の足と自称してしまう大切な友人の目を覚まさせるためには仕方がありません。どうか温かく見守ってください。」
優華の言葉を聞いたクラスメイトたちは、文句を言うこともなく校庭の白線より外側で待機する。
「前から思ってたけど、うちのクラスって皆優しい人ね」
「たしかに、いきなり模擬授業をすると言った時も皆嫌な顔せずについてきてくれたからね〜」
「ほら温厚直子!早くしろ、この後タイムカプセルを埋めるんだからさっさと終わらせるぞ」
成は既にスタートラインでクラウチングスタートの姿勢を取っている。
「じゃあ、すぐ戻ってくるから〜」
「ほどほどにねー」
ちなみに直子は、他の人生徒と同じように学生服である。のんびりとスタートラインへ歩いてきた直子を見て成の目つきが鋭くなる。
「うちとの勝負じゃ全力を出すに値しないってか?なんなら何か賭けてもいいぜ?」
「ううん大丈夫だよ〜、だって〜」
成とは打って変わり、両手を後ろに組み片足を後ろに一歩下げる形で立つ。第三者が見ても、走る姿勢には到底思えない立ち姿である。直子はひまわりのような明るい笑顔で成に言い放つ。
「手紙にあった通り、ここでクラスメイトに負けるようなら罰ゲームだもんね〜。そしてその内容は友だちに決めてもらうって」
「てめえ…!」
スタートラインにいる二人を遠目に、浴は不思議そうに優華に問いかける。
「温厚さんは何か秘策でもお持ちなのでしょうか?」
「秘策?うーん、特にないんじゃかな」
「はあ、成さんと私は同じ中学でしたからこそ申し上げますが…この勝負、温厚さんが勝つイメージができませんわ」
「大した自身ね。光合さんは部活とかやっていたの?」
「いいえ、しかし彼女の負けず嫌いな性格は少々度が過ぎると言いますか。」
浴は片手を頬に当て、困った表情で続ける。
「元々彼女は特別運動をしていたわけではないのですが、たまたま運動部のエースランナーの方と徒競走を行った時にあっけなく敗北したのです」
「そりゃそうなるわね」
「はい、誰もがわかっていた結果です。しかしその中で成さんだけは納得していなかったようで…負けた日から放課後は毎日近所を走り回って自主練へと勤んだのですわ」
「すごい負けず嫌いなのね、それで?再戦したの?」
「はい、半年くらい経過した頃にそのエースランナーの所属する陸上部へと乗り込んで勝負を申し付けたらしいのです」
「その乗り込むメンタルも侮れないわね…」
「ええ、そして再び前回と同じ距離で徒競走を行いました。」
「結果は?」
「成さんの圧勝でしたわ、エースランナーと1秒差をつけて」
「うそ⁉︎それは驚きね…」
「しかもそのエースランナーは毎年全国大会に出場する程の実力の持ち主らしいのですわ。」
「てことはつまり今の光合さんは徒競走においては十分に、もしくはそれ以上の実力を持っているということ⁉︎」
「そういうことになりますわ」
(ただのでまかせではなかったのね…それなら黄金の足と自称しても違和感ないわ)
徒競走の合図を出すため浴はスタートラインの横に立つ。
「それでは二人共準備はよろしいでしょうか?」
「おう。走る姿勢を取る必要がないと舐められた以上全力で叩きのめすだけだ」
「いやいや、違う違う〜」
「なに?」
「私も走ることは好きだから昔から色々試してみたんだけどね〜」
「ほう、で?」
「やっぱりスタートダッシュが肝心だってことに気づいたの。それで私も初めの頃はクラウチングスタートをしていたんだけど、私馬鹿だからよくそのまま頭から突っ込んで転んじゃうことが多かったの」
「それで最終的にその構えになったと?」
「いや、これは構えじゃないよ〜。つまりね、大切なのは相手よりも先にスタートダッシュを決めるというイメージ。それさえあれば最初の構えなんて必要ないの」
「―――――――」
直子以外のその場にいる全員が唖然とする。理由は明確、温厚直子が言っていることが理解できないためである。
「…はっ、ははは」
成は笑っているが目は鋭いまま直子を見る。
「面白え、そこまで言い切ったんだ。これで走ってつまらない結果を出したら許さねえ!」
「はい、ではそろそろ始めますわ。位置について!よーい…」
その場にいる全員が固唾を呑んで見守る。そして今、開始の合図が出される。
「どん!!」
「どりゃあっ!」
綺麗にクラウチングスタートを決めた成は、その勢いを殺さずにゴールに向かって走り出す。
しかし、数歩足を踏み込んだあたりで急速に勢いがなくなり、最終的に小走りから立ち止まる。
「成さん⁉︎どうされましたの⁉︎早くしないと追い抜かされますわよ⁉︎」
「…終わった」
「なにをーー」
成の言っている意味が理解できず、後続にいる直子を探すがどこにも見当たらない。
「は…?どこに…⁉︎」
成は減速した後完全に停止したはずなのに成は、いや他の観覧者も成を抜かした直子の姿を視認できなかった。
「はは、格が違うってことか…」
成は前方のゴールラインを直視しながら小さく呟く。
浴の合図が出され完璧にスタートダッシュを決めたと思っていたが、その時点で勝敗は決していた。
気づいた時にはゴールラインからピースサインを送る直子の姿が確認できた。
「お待ちください!今どんなトリックを用いたのです⁉︎」
「待て、浴」
「しかし!」
「大丈夫だよ、温厚はなにも小細工なんかしちゃいねぇ」
「ということは、この勝負は直子の勝ちということで良いかしら?」
「ああ、構わない。チッ、見っともねぇ姿をみせちまったなぁ」
「そんなことありませんわ!またいつもみたいに特訓をしてリベンジされれば…!」
すると、それまで静寂に包まれていた空間から拍手の音が聞こえ始める。勝敗が決したことがようやく理解できたクラスメイトたちは両者に拍手を送る。
「ただいま〜」
「おかえり、少しヒヤッとしたけど杞憂だったみたいね」
「ええ〜、心配してたの〜?」
「だって成さんは全国に通用するって聞いてたから、でも良かったわ」
「なら私は世界だね〜!」
えへん、と勝ち誇ったように胸を張る直子。
すると、クラスの歓声が静まった頃に遠くの方から拍手をしながらこちらへ歩いて来る人影が見えた。
「パパ⁉︎いや自分で呼んだのだった!」
「パパって、あの人もしかして…ゆ、優華ちゃんのお父さん⁉︎」
「ええ、そうよ。ちょっと訳あって昨日呼んだのだけど…ん?」
よく見ると、こちらに向かって歩いて来る人影は二つ。片方は馴染みのある高身長なのですぐに父親の健介であることは判別できた。しかし問題はその隣にいる人物。
「いやー、直子ちゃん足速くなったなぁ!」
健介の声が聞き取れるくらい距離が近くなり、外見がはっきりと認識できる。だが、その隣の人物が誰なのかわからない。
中学生くらいの低身長で、顔は男性か女性か判別できない中性的な顔立ち。緑色の艶やかな髪の毛を肩に触れるか触れないかくらい伸ばしている。少年はデニムの短パンのポケットに両手を入れて健介と共に歩みを進める。
「えーと、その子はどちら様?」
「さっきそこの一本桜の前で意気投合してな!いや〜最近の若い子の話は面白い!」
「フッ、気に入って頂けたのなら幸いだ。我も民草と気兼ねなく言葉を交わしたのは久方ぶりでな」
「まーた濃ゆいキャラクターが登場したわね、それでお名前聞いても大丈夫かしら?」
「名前?名前かー、ふむ…」
少年は顎に手を当てて数秒思考する。
「あの…なんだったか?甘くて…だけど時には食の錬金にも用いる粉は…」
「もしかしてお砂糖〜?」
「砂糖、そう砂糖だったな!我はあの砂糖が好きでな、あの味は忘れられぬよ!」
うんうんと頷きながら嬉しそうに話す少年。
「で、名前だったな?よし、佐藤だ!砂糖を崇拝する身として相応しい名前であろう?」
「そんないい加減で良いの⁉︎」
「何を申すか、立派な名前ではないか!それに佐藤なら他の者どもが使っていなさそうではないか⁉︎我のアイデンティティ、すなわち佐藤だ!」
(こんなに喜んでいる顔を見た後に、佐藤は全国で一番多く使われてる名前だなんて言えないわ)
「はっはっは!ほら?面白いだろ、なんか色々と!」
「色々ね…どうして最近私の周りは変な奴ばかり集まるのかしら」
「これは優華ちゃんもうかうかしちゃいられないね〜!」
「え?もしかして私の存在意義が危うい感じ?」
こちらの会話など気にせず健介は言葉を被せてくる。
「それで?今日はタイムカプセルの授業だと聞いたのだが?」
「大丈夫、休憩がてらちょっとした余興を楽しんでいたの。メインのタイムカプセルはこれからよ」
「そうか、間に合ったようで何よりだ!」
健介は嬉しそうに首にかけてある一眼レフカメラを構える。
「そのカメラ…いつぶりかしら?」
「だろ?俺も不思議なことに、このカメラの存在を忘れていたんだ」
大事そうにカメラを撫でて話し続ける。
「このカメラを構えているとさ、昔はよく写真を撮っていたような気がするんだよなぁ…」
「それってもしかして…」
「優華ちゃんの小さい頃の記憶⁉︎」
「そこは私に言わせてよ!」
(でもきっとママのことと何か関係があるはず!)
「それでは余興も済んだところで早速始めましょうか!」
「よしきた!第三十四回!チキチキ!未来の自分へ届けましょう、この愛を大作戦〜!」
「三十四回もやっとらんわ!しかも美化しすぎて何の作戦かわからないわよ⁉︎」
恒例の直子のボケにツッコミを入れる。
(何気にこのボケがあるから気持ちをリセットできるのよね)
本人には絶対に言わない褒め言葉を内心で呟き、クラスメイトたちに説明を始める。
「えーこれより、本日の本題であるタイムカプセルを埋めようと思います。埋める際は先程開封した筒を再利用します。」
今回埋めるにあたり、手紙は事前に生徒たちが宿題として書いて用意している。そして再利用の筒に入れてそのまま一本桜の下に埋めるという流れである。
「四月の中旬でも一本桜桜は満開ね」
「ああ、さっき俺もこの学校に入った時最初にこの桜が目に入ったよ」
校庭の地面は過去に一度補修整備が施されている。だが、何年も前からこの地に根付いていたためか、一本桜の根元付近だけは人の手が加えられずに土面となっている。
「実は一本桜を見るのはこれが初めてではないんだ」
「一本桜、そんなに有名なの?それともここの卒業生だったとか?」
「いやそれが不思議な話なんだ」
真っ直ぐ空に向かって逞しく生えた一本桜に語りかけるように話す。
「優華が生まれる前からよく輝はこの一本桜見に出かけていたんだ」
「私が生まれる前から?」
(輝ってママのことよね。パパも少しずつ思い出してきてるのかも)
「ああ、なんでも"私たちとこの桜には御縁がある"だそうだ。優華が生まれた後も三人で定期的にこの桜を見にきたものだ」
「私も行ったの⁉︎」
「そうだぞ、忘れたのか?だが仕方ないさ、その時優華はまだ一歳だったからな」
「なるほど…」
(カセットデッキがもしもママの私物とかならもうこれは間違いなく何かあるわね!)
「うんうん!それじゃ早速その答えを発掘しちゃう〜?」
「そうね、時間も限られているし早いとこ始めましょうか!一本桜の下ってことはつまり」
「根元らへんかなぁ〜?」
そう言って直子はスコップを構えるが、その手を止めて成の方へスコップを差し出す。
「罰ゲーム、忘れてないよね〜?」
「忘れちゃいねーよ!うちが掘ればいいんだろ⁉︎それでチャラな!」
「いやいや、模擬授業を中断してまで付き合ってあげたんだよ〜?」
「じゃあどーすりゃいいんだよ⁉︎」
「そうだね〜、それじゃあ"今年一年は私が困ってる時には問答無用で手助けしてもらう"にするね〜!」
「い、一年⁉︎ふざけんな!もはやパシリじゃねえか!」
「ただ〜し!」
反発する成の口を片手で制し直子はにっこりと笑う。
「罰ゲームとはいえ、それだと一方的でかわいそうなので成ちゃんには一週間毎に一度、汚名返上のチャンスを与えます〜!種目せっかくだからスポーツなら種目はなんでもいいよ〜。そして見事この私を打ち負かすことができたら、その日から残る一年はその罰ゲームを私が引き継いであげる〜!」
「大きく出たな温厚直子!いいぜ、お前の口車に乗ってやるぜ!」
「お、おかしいな…成ちゃんが直子ちゃんに勝てるイメージができない⁉︎」
「光さん、それが正常な判断ですわ」
「光合さんは直子とは違った方向で馬鹿のようね」
その様子を傍観していた佐藤が一本桜の根元を足でトントンと踏みながら言う。
「そんなものは後でも良かろう。今為すべきことは本題であろう?はよここを発掘するがいい」
「本題?私は一度もあなたにはその話をした覚えはないのだけど?」
「いやなに、こんなにも大層立派な桜なのだぞ?であれば埋蔵金の一つや二つ、期待してしまうのよ」
「埋蔵金って…どこぞの将軍様がこの土地に住んでいた記録が無い限りその可能性は低いわよ?」
「埋蔵金かぁ〜、一攫千金だね〜!」
「うむうむ!そうであろう⁉︎それにな、我の予想ではこの桜は何百年も前からこの地に根付いていると思うぞ!」
「何を根拠に言ってるのやら…まぁいいわ、それじゃタイムカプセルを埋める穴を掘るわよ!ということで」
優華は持っているスコップを笑顔で成に手渡す。
「あなただけが頼りよ!さあ、じゃんじゃん掘って!」
「いやナチュラルにうちを掘る係に認定するな!」
「でも私も困ってるんだよなぁ〜チラッ」
「くっ!抗えねえ!ムカつくけどやってやるよ!」
成以外にもクラスの男子たちが快く引き受けてくれたため、穴掘り作業はスムーズに進み、あっという間にタイムカプセルを埋めることができるくらいの穴を掘り終える。
「かぁー!掘り終えたぜ!これで満足かよ⁉︎」
「……」
「優華ちゃん…」
「ま、まだよ!まだ奥に何かがあるはず!」
「はあ⁉︎まだ掘るのか⁉︎」
「いや、これくらいなら全員分のタイムカプセルは埋められるね〜!成ちゃん、ファインプレーだよ〜!」
「ならいいけどよ…?」
「タイムカプセルを入れたら次は後半戦!さあ、掘った土を戻すよ〜!」
「うげー⁉︎そんなことだと思ってたぜー!」
クラス総出で土を埋め終えた頃には授業終了の予鈴が鳴り響く。一つのことを協力してやり終えた達成感に浸るクラスメイトたちの中でたった一人、優華は納得していなかった。それにいち早く気づいていた直子は、模擬授業終了までの進行を済ませると、クラスメイトたちを校舎に戻す。
一本桜を前に、うつむきながら無言で立ち尽くす。
そんな優華を心配して、直子は肩に手を添えて優しく話しかける。
「優華ちゃん、大丈夫だよ」
「いいえ!何もなかったわ!」
添えられた手を振り払い、優華は涙目で直子に向かって叫ぶ。
「何が一本桜よ!あと少しだと思ってたのに…」
優華はスコップを構えると、タイムカプセルを埋めた位置とは違うところを掘り始める。
「優華ちゃん⁉︎何をーー」
「決まってるでしょ⁉︎ママに関する物があるはずよ!せっかく私やパパがママとの思い出を少しずつ思い出してきたのに!」
「良い、そこまでだ」
クラスメイトたちが校舎に戻った後もその場に残っていた佐藤が口を開く。
「お前が猫神優華だな?よくやったな」
「何よ急に、大体私はまだあなたに名乗った覚えはないわよ⁉︎」
「言わなくてもわかる。その髪色・瞳、そして何よりもその獣のような耳」
「はっ、しまった…」
感情が不安定であった優華は、知らぬ間に隠していた猫耳が出現していたことにようやく気がつく。
すると、佐藤は優華の待ち望んでいた言葉を口にする。
「間違いない、猫神輝の血縁だな?」
「え…⁉︎」
「なに⁉︎今輝の名前を口にしたな⁉︎どういう関係だ!」
「チッ、やはりこうなったか。立花…いや今は猫神か。元々、猫神健介とは顔を合わせるつもりはなかったのだがな。まぁ致し方ない、お前もしかと見届けるが良い」
口元は笑みを浮かべているが目は笑うことなく、佐藤は懐から何かを取り出す。
「ほれ、借り物を返すぞ」
「えっ、あっはい!」
少年の只ならぬオーラに思わず敬語を使ってしまう。
「それの使い方はすぐにわかるはずだ。ではな、役目は果たしたぞ輝」
「輝…そうよ!あなたは一体何者⁉︎」
再び話しかけようとした時には、謎の少年はその場から消えていた。
すると、優華の脳内に直接話しかけるように言葉が入ってくる。
"その問いかけは二度目だな"
それっきり佐藤の声は聞こえなくなる。
優華は一つため息をつき、ふと疑問に思う。
「なんだろう、前にも同じことを言ったような…」
こんばんは、ばたじょです!
後半戦と言っておきながら、新キャラのオンパレードでしたね!でも彼らの存在は全て物語のゴールに向かう為に必要な役割というか駒というか…そんなわけありません!一人一人にちゃんと感情移入しながら執筆してます!まぁ成ちゃんは完全に直子の引き立て役になってしまいましたが…。
実は太陽光を含むこの温暖化トリオは当初、光だけだったのですが、完成前のこの作品を読んだリアル友達から"どうせならチーム温暖化みたいなのを作って欲しい"と無茶振りをされ、面白半分ながらも真面目に取り入れてしまいましたね。いや、人間ってやろうと思えば案外できるものだなぁ。
それでは第6章はここまで!お次は第7章でお会いしましょう!ばいばーい!