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リケ女な彼女

リケ女な彼女の恋愛証明 背理法

作者: 風風風虱

「ええ、いいわ。

なら『あなたがわたしを好き』って言うのを『背理法』で証明してあげる」

「『背理法』?」

「『背理法』って言うのはね、ある仮定をして、その仮定から矛盾を導いて、結果として前提とした仮定が間違っている、と結論づける証明法よ」

「初めて聞くなあ」

「嘘おっしゃい

中学で習ったでしょう?」


 彼女、田所(たどころ)優奈(ゆうな)、はフフンと鼻を鳴らして言った。


「いや、記憶にない」

「記憶にないですって!

ほら、√2が無理数ってのを証明したはずよ」

「う~ん、なんかやったような気もするけど。

でも、多分さっぱり分かんなかったと思うよ。

今もさ、そもそも無理数ってなに?って感じだし。

あはははははは……」


 僕、酒見(さかみ)実華佐(みかさ)、の笑い声は、彼女の北極の氷も凍りつきそうな冷たい視線に射られて、ものの見事に凍りついた。

 

「無理数の話はまた後でするとして、今は背理法よ。

じゃあ、いいこと。今から背理法の胆である、最初の仮定をするわ。

そうね……

『あなたはわたしを愛していない』と仮定する。

愛していない人間がなにをしようと関心を持たないのが人間よ。

つまり、『あなたはわたしを愛していないからわたしがやりたいことに無関心』ってこと――、よ!」


 ガキン!


 金属同士が激しくぶつかり合う音が喫茶店に響き渡った。


「ほらね、わたしがケーキを食べようとするのを拒むなんてわたしのことを気にかけている証拠よ。

すなわち、最初の前提『あなたはわたしを愛していない』に矛盾する。すなわち――」


 彼女の圧が一段と強まりフォークがジリジリとケーキに近づく。僕はそのフォークを懸命に押し返す


「待って!これは僕のケーキでしょ。何で君が食べようとするの?」

「そこにケーキがあるからよ」


 グググッと彼女のフォークが僕のケーキに近づく


「ちょっ!『背理法』はどうしたの。

目的が変わってなくない?」


 彼女と僕のフォークが絡み合い激しい攻防を見せる。と、


 チュィーーーン


 彼女のフォークが金属音を響かせながら弾け、喫茶店の天井に見事につきささった。


「あの……

何か問題がありましたか?」


 二人して馬鹿みたいに天井に刺さったフォークを見上げているとウェイトレスさんが心配そうな顔で声をかけてきた。


「えっ?!

ああ、えっと。ごめんなさい。

わたくしとしたことが、うっかりフォークを落としてしまいましたの。

ホホホホホ。

申し訳ないけど、替わりのフォークを持ってきて貰えないかしら?」


 彼女は、ぎこちない笑みを浮かべながら答える。

 一体、なにをどうやってたら、落としたフォークが天井に突き刺さるのか、とも思ったが口に出すのは止めた。

 僕らと天井のフォークの間を何度か視線を行き来させた後、ウェイトレスさんも僕と同じ結論に達したようだ。

「はぁ」と曖昧な返事をするとそれ以上何も言わずに新しいフォークを取りに戻っていった。


「僕の食べかけのケーキなんか狙わずに、欲しければもう一個注文すればいいじゃないか」


 僕は恥ずかしさで顔を赤くしながら、彼女に小声で抗議した。


「あなたのが食べたいのよ。分かるでしょ?」


 彼女はふて腐れたように頬を膨らませて答えた。

 あいにくだが、彼女が何を言いたいのか全く分からない。

 分からないけど……


「ああ、いいよ。あげるよ」


 ふて腐れてコーヒーカップを撫でまわしている彼女を見かねて、僕はケーキを彼女に差し出すことにした。


(なぜかって? う~ん、自分でも良く分からない)


「えっ!いいの?」


 彼女の顔がぱぁっと明るくなった。

 あんなに欲しがっていて、「いいの?」もないものだと思ったが「あげるよ」と言ってやった。


(だけど、口許が自然に緩むのは何故だろう)


「ありがとう!」


 彼女はそう言うと僕のフォークをひったくるとケーキを切り取り、それはそれは嬉しそうに口に放り込んだ。


「ちょ!」

「えっ、なに? 欲しいの?」


 彼女はフォークを咥えたまま、キョトンとした顔で言った。


「違うって。

僕のフォークなんて使わずに、新しいのが来るのを待ってばいいじゃないか」

「だから、あなたのがいいんだって。分かんないの?」


 はぁ~~~? と、思ったが、モキュモキュとケーキを頬張る彼女が可愛かったので、まあ、いいかと思う。


「ほらね」

 

 と、彼女は言った。


「あなたはわたしにケーキをくれた。

これは最初の仮定、『あなたはわたしを愛していないからわたしがやりたいことに無関心』に明らかに矛盾している。

それは『あなたはわたしを愛していない』という仮定が間違っていたから。

すなわち『あなたはわたしを愛している』

以上、証明終わり」


 彼女は、どやっとした顔をすると誇らしげに胸をはった。


「ねね、()()()()ケーキあげようか?」

「えっ?いいよ」

「いいじゃん。遠慮しなくてもさ。

ほら、あーーん……

ほらぁ、あーーーん、しなさいって」


 ニコニコと笑いながら。

 可愛らしく口を開けながら。

 ()()ケーキだったその一切れをボクの前に突きだした。



2019/05/15 初稿


《無理数》

整数の分数表示ができない数字

表示するのが無理だから無理数

例えば有理数 0.125 は 1/8と分子と分母の整数で表せる

間違えてはいけないのは割りきれない数字が必ずしも無理数ではない、ということ

例えば 0.33333…… は割りきれないけれど 1/3 と分数表示できるので、無理数ではない




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