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マリィ=ローズの災難

作者: 涼子

初投稿です。

よろしくお願いします。


 マリィ=ローズ・ジョーン・フィリッツ=ブランドン。

 彼女は特別美人なわけでも稀有な髪色や瞳を持っているわけでもない。まさに“平凡”という言葉がぴったり合う侯爵令嬢だ。

 上位貴族なのでもちろん礼儀作法は厳しく育てられ、淑女として完璧な令嬢だ。


 そんなマリィ、今日は公爵家令嬢からの誘いでお茶会に参加している。


 彼女たちは上面の微笑みを交わしながら、話に花を咲かせている。このお茶会では招待した公爵令嬢、アリアンナ以外はマリィより身分の低い令嬢たちだった。マリィは令嬢たちの話に耳を傾けるも微笑むだけで特に話には入らない。

 これがアリアンナの誘いでなければ断っていたからだ。


「ところで、マリィ=ローズ様。エリック様はお元気?」


 ピクリとマリィの眉が動く。

 ため息をつきたい気持ちを押さえ、元気ですよと返す。


「エミリーはご存知? 今日もお誘いしたのですけれど、断られてしまったの」


 貴女の顔を見たくもないと仰ってたわ、ととても冷たい声でアリアンナはマリィに言った。

 マリィは天を仰ぎたくなった。


 ――――――――またか。


 エリック・アーサー・ウィザード=グランベル。

 マリィの従兄弟であり、婚約者でもある。世の女性を虜にする麗しの貴公子だ。


 彼はとてつもない美貌を持っている。

 オーカーの髪は短く、中性的な顔立ち。蜂蜜色の瞳はくっきり二重。すっきりとした鼻筋に綺麗な唇。まるで精巧に造られた人形のようだった。幼い頃はよく“天使”だと例えられていた。

 そんなエリックにはちょっとした悪い癖がある。


「まぁ、わたくしエミリー様とはどちらのエミリー様でしょう? わたくしが何かしてしまったでしょうか」


 今度はアリアンナの眉がピクリと動く。

 マリィは心が痛むと言うような素振りでアリアンナを見たからだ。他の令嬢たちの視線も痛かった。


「…白々しい! 貴女はどれ程の女性たちの心を傷つければよいのですか!」


 声を荒く立ち上がるアリアンナにマリィは首を傾げるしかない。全くと言って心当たりがないのだ。いや、心当たりならある。エリックの“悪い癖”だ。

 彼はモテるがゆえ、女性を蔑ろにすることはない。手を出しているか出していないのかは令嬢によるが、基本的に彼に微笑みかけられた女性たちは彼が自分に惚れていると勘違いしてしまう。勘違いするとわかって、エリックは微笑むのだ。


「アリアンナ様。申し訳ありませんが、もう少し詳しく話して頂いても? わたくしには本当に見に覚えがございませんので」


 公爵と侯爵では遥かに爵位としての格差がある。しかしブランドン侯爵家は国の重要な領地を治めている。海を渡った隣国との国境を守り、貿易が盛んだ。ブランドン侯爵家を敵に回すと物資が滞り、経済が回らなくなることもある。例え国王であっても頭が上がらないこともある。

 だからこそマリィは他の令嬢と違い、少し強気に出ても問題はない。


 アリアンナはじろりとマリィを睨んだ。


「…エリック様を自由にしてあげれば宜しいのよ」


 その言葉に周りも頷く。

 なるほど、マリィは微笑んだ。


「えぇ、えぇ、皆様の仰りたいことはわかりますわ。わたくしとしては好き合って婚約を決めたわけではありませんし、従兄弟ですもの、政略でもなく両親の戯れですわ。ですからリカリティー公爵様からそう進言して頂ければ、わたくしも幸いです」


 にっこり、マリィはそう微笑む。

 しかし、アリアンナはグッと顔をしかめた。

 それ(・・)は叶わない。肝心のエリックがそれ(・・)を認めないのだ。


 彼は色々な女性と関係がある(・・・・・)にも関わらず、平凡で冴えないマリィを手放せない。

 いつも噂になり、同じ理由で何度お茶会に誘われたかマリィは数え切れない。煩わしいし、面倒くさい。舞踏会や晩餐会、果てまではサロンまでいつもエリックの話ばかりなのだ。


 “なぜ、婚約者でいれるのか”


 遠回しにそう嫌味を言われたところで、マリィ自身はさっさと婚約を破棄してほしいところなのだ。

 エリックを責め立て、説得を試みたところで彼は頷かないし、いつも微笑んで話を聞くだけ。一層のこと、国王なり王太子なり怒らせてくれればいいのに。


「貴女は何とも思いませんの?」


 まだ続けるのか、いつも同じ質問に同じ答えの繰り返し。

 マリィは大きくため息をつく。その態度にアリアンナは冷めきったお茶をマリィにかけた。目を見開いて驚いたのは控えていたリカリティー公爵家のメイドたちだ。


 ポタポタと髪から滴り落ちるお茶、エリックから送られたドレスには大きな染みがついた。


「アリアンナ様。わたくしはいつだって婚約解消を望みますわ」


 失礼します、マリィはそう言って席を立った。

 だから嫌だったのだ。お茶会に参加するのは。これならばいたずら盛りの弟たちの面倒を見ている方が何倍もマシだった。


 リカリティー公爵家で待っていた馬車へ急ぎ足で向かう。控えていたメイドと従者は一瞬、目を見開いたが慣れているのだろう。特に何も言わず、帰路を急いだ。


  ********



 屋敷につくと父親はクラブ、母親は別のお茶会に出掛けていたのでマリィはほっとした。こんなところを見られたらまた(・・)騒ぎ始める。

 迎えのメイドにお湯を沸かすように指示を出して、自室に戻ったマリィ。帰って来たマリィに声をかけたのは弟たちと子守りメイド(ナニー)ではなく、エリックだった。


「あら、来てたの」


 タオルで髪をふかれているマリィはエリックのニヤけ顔に眉間にシワを寄せる。


「何を笑っているのよ。また(・・)貴方のおかげよ。アリアンナ様にさらに嫌われたわ。それからどこぞのエミリー様が大変心を傷めているのですって。お手紙のひとつでも送って差し上げたら?」


 エリックははて、と首を傾げる。


「エミリー? 知らない名前だなぁ」


 マリィは微笑んだ。

 びくりと肩を振るわせたのは弟たち。失礼な、微笑んだだけじゃないかとマリィは思う。


「いい加減、そのお遊びをやめては? それか私との婚約をやめて」

「またその話か。いいか、それだけは絶対ない」

「…もう飽きたわ。その返事も」

「僕だってうんざりだ。どうして君は僕が好きだって信用してくれない?」


 その言葉にマリィは立ち上がる。

 エリックの側にもう弟たちはいない。エリックにつめ寄って、右の手の甲でエリックの頬を弾いた。


「信用? 信用ですって?! いつも女性との揉め事は私に押し付けて私を好き?! 馬鹿にするのも程々にして!」


 頬を叩かれたにも関わらず、エリックは満面の笑みを溢す。

 マリィはこの変態が、と顔を歪めた。


「マリィ、マリィ=ローズ」


 そう言ってマリィの右の手の甲にエリックはキスを落とした。


「君だけなんだ。僕を僕として見てくれるのは。もう二度と君を怒らせないと誓おう」

「聞き飽きたと言ったのよ。何度目? そう誓うのは」


 美形の男がまるで捨てられた子犬のような瞳でマリィの顔を覗く。これで許してはまた同じ事を繰り返されるとわかっていてもマリィはこの顔にだけは弱い。幼い頃から知っているこの表情にはどうしても強く出れない。

 マリィはエリックの悩み、努力を知っている。知っているからと言って許されることではないと頭ではわかっているのだ。


 固まるマリィの細い肩をエリックはギュッと抱き締める。


「マリィ、大好きだよ」


 耳元で囁かれる甘い声にマリィの背筋は凍る。ぞわりと鳥肌が立つ。他の女性なら奇声を上げ腰砕けになっていることだろう。

 だが、マリィは気持ち悪い気持ちが強く出る。


 こんな男、一ミリも好きではない。

 顔が良かろうが女性が喜ぶことをいくら知っていようが、どれだけ甘い言葉で囁かれてもマリィにとっては手のかかる従兄弟で変態の婚約者。


 マリィの気を引くためだけに女性に微笑み、

 マリィと会話したいがためにだけに女性に声をかける。


 そんな歪んだ愛で愛されたマリィの災難は続く。


お読みいただきありがとうございました。

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