第5話 兆し
俺は痛感した。この世界における、死が迫りくる恐怖は、現実世界の比ではないと。
それは、当然な結果とも言える。
異形の魔物とも言える存在が自分を殺そうと……殺意を持って襲い掛かってくるのだから。
地を蹴り一瞬にして目の前に躍り出たその魔物…《一番手》と呼ばれた魔物が叫びながら剣を振りかぶる。その片手直剣の剣先が、斜め下から俺の首に迫る。
「フォォオオ!!」
「―ッ!!」
俺は咄嗟に上体を仰け反らせた。その剣先が眼前を猛烈な勢いで通り抜ける。
前髪を掠めるような感覚に、本能的な恐怖を覚え、体を強張らせる。
その一瞬の隙を、殺意の塊が見逃してくれる事はなかった。
とんでもない速さで向きを変えた剣が今度は右から水平に襲い掛かる。
(利き腕にダメージを受けるのはダメだ!!)
咄嗟にそう考えた俺は体を半回転させ、代わりに体の左側で斬撃を受ける。
かなりの膂力だ。俺は5mほど吹っ飛ばされた。
ダメージのでかい左腕は使えそうになかったため、右腕を使い受身を取る。
「どっからそんな力が出るんだ、よ!!」
俺は悪態をつきながらも突進する。
「フゥゥゥ!!」
奴が上段にまっすぐ振りかぶった直後。
俺は生前、師匠と模擬戦をしているときに編み出した技術を試して見ることにした。
振り下ろされる剣に対し、意識を集中する。
そして―
「セイッ!!!」
相手の剣先にぴったりと、自身の剣の柄頭を当て、威力を落とさないように引きながら横へ力を逃がす。
その結果軌道はわずかに逸れ、俺の体の5cmほど隣の地面を叩きつけた。
―今がチャンスだ。
俺はすばやく剣を構え、奴の首に斬りかかり―
「……!?」
俺の剣は、左手で止められていた。
なんて奴だ。俺の渾身の一撃を・・・片手で?
奴がググっと力を入れたとたん、ミシッと嫌な音を響かせ―俺の剣が真ん中から粉砕した。
「!!!」
……そんなばかな。剣を片手でつぶして壊すなど、異常だ。
俺の持っていた剣はこの世界に来たときから装備されていた剣で、現実での装備とは違っていた。
おそらく初期装備のようなものだろう。
確かに強そうではなかったがそれでも鋼鉄製であった。
それを、やすやすと?
思考をめぐらせていると、腹部に突き刺さるような痛みが走った。
「ガハッ……」
剣が壊れた事に気を取られてしまい、反応が遅れた。
腹部に膝蹴りを食らい浮かんだ体に、回し蹴りを叩きこまれ大きく吹っ飛ばされる。
「くっ……」
今度は受身すら取れなかった。あまりにダメージを受けすぎたのか、右手が震えている。
それとも、愛剣を失った事によるショックか。
手がないわけではない。奴の剣を奪う事が出来れば、勝機はあるかも知れない。
しかし、奴は油断なくこちらを追い詰めてきている。剣を持つ手を緩めるとは思えない……
何を思ったのか、こちらを見てにやりと笑いフシュー、と息を吐き出した。
……化け物め。想像以上の化け物だな、こいつは。
「どうだ、強いだろう?我が僕は」
それまで無言で観戦に徹していた、化け物を呼び出した張本人の少女が話しかけてきた。
「ああ、強いよ……もしかしたら、死ぬかもしれない」
「怖いか?」
「……」
「この世界は、意志の世界。力と言うのはすなわち心の力でもある。
怯えれば、実際に乗り越えるべき敵は強くなり、自信を持てば自分が強くなる。
気の持ちようでは、想像通りに体を動かせると言うわけだ。健闘を祈るよ」
そう言い残して、彼女はまた姿を消した。
自信を持てば、強くなる、か。
確かに俺はこの敵を恐れていた。
とんでもない力。迫りくる剣の迫力。おどろしい漆黒の骨の体。
なら俺も、強くなれる?
想像通りに体が動くなら……できるはずだ。
手になじむ、あちらの世界で使用していた武器でなら。
俺はかつてゲームで見た、抜刀動作を構え、真似する。
正直言って成功する保証はない。しかし、他の手はない。
ならば今はイメージだ。強くイメージするんだ。
取り残してしまった俺の愛剣を、取り戻すために。
いや、違う。愛剣は今、ここにあるのだから―!!
「咲け、黒菖蒲!」
その瞬間、俺の手は光り、すっかり手になじんだ重みが加わる。
光が消えたその手には、一振りの深紫の片手直剣。
「――お帰り。第二ラウンド……力を貸してくれ」
俺の言葉に答えるように、鍔に埋め込まれた宝石が、きらりと光った。