第3話 意味
飛行魔法。それはとうの昔に廃れ、使えるものはいないと言われる魔法だ。
しかし、今俺の目の前にいる少女が使っているのは紛れもなく伝説のそれだ。
その場にいる誰もが目の前の光景に驚きを隠せなかった。
「狐につままれたような顔をしているな。だがこれは本物だ」
そういって彼女はオブジェの上から、俺たちと同じ高さへ降り立つ。
見計らったかのように、彼女の周囲に集まっていた魔力が輝きを強めた。
そしてそのまま形を変え、異形の魔物を生み出した。
その数……七匹。
「な、……召喚魔法だと!?」
ガートンが顔をしかめながら後退する。
非常にまずい展開だ。戦闘を出来る状態の者はそう多くないはずだ。
俺自身、いまだ頭がずきずきと痛み、気を抜けば倒れてしまうかもしれないのだ。
確認したわけではないが、他の冒険者たちも同じように負傷している可能性がある。
「これは余興だよ。ああ安心していい、戦うのは一匹だけだ。それと、指示するまで攻撃する事もない」
その言葉とともに、先頭の一匹を除いて魔物は後退を始めた。
「ば……ばか言うな!戦う理由がどこにある!」
ガートンが説得を試みるが、まるで聞く耳を持たない。
「言っただろう。これは余興だと」
「余興」と言う言葉に引っかかりを感じた俺も質問をする。
「こんなことが、いったい何の余興になると言うんだ?」
「それはもちろん、これから始まる救済。お前たちの物語だ」
彼女はそのまま言葉を紡ぎ続ける。
「この世界は《ヒュプノスガーデン》。眠りの庭とも言われている」
「……!」
奇しくも俺は、その名を本で知っていた。
五年前、同じく飛行船の事故で消息を絶った人々がある日突然戻ってきた。
その人々は口をそろえて「ヒュプノスガーデンという世界にいた」と答えたらしい。
「この世界は救済の地。不慮の事故で亡くなった者の魂が行きつく場所。誰しもこんな形で、人生の幕を閉じたくはないだろう?」
「……当たり前だろ」
悔しいに決まっている。
「そのための救済の地だ。この世界で『生きる意志』を証明すれば、キミたちは元の世界に帰る事が出来る」
「あの……その、証明をする方法ってなんですか?」
おずおずと言った風にハイアがたずねる。
「戦うんだ。それが意志の強さになる」
「全員で、そこらの魔物を全部蹴散らせってのか?」
ガートンが睨みつけながらそのような事を口にする。
「いいや、戦えるのは一人だけ。私が選んだものだけだ」
「ふざけてるのか?一人であの数を相手にしろと?」
今にも切りかかりそうな雰囲気を放ちつつ、さらに詰問して行く。
「何も一度に相手しろとは言っていない。一匹ずつだ。体に数字が刻まれている」
そう言われて先頭の一匹を見据える。……確かに、左足の付け根に「No.1」の文字がある。
「では、そろそろ一人選ばせてもらおう」
そう言って少女は手を水平に前に伸ばし……詠唱をした。
「世界にはびこる怨嗟よ。羨望に呪われしその左手で、わが前の敵を縛れ!」
流れるような詠唱が終わり、指をはじく。
とたんにこちらに向かって緑色の手がとてつもない数伸びてくる。
俺は走って数本回避して転がり、起き上がりざま目の前に迫っていた手を、
さらに横に転がって回避した。すばやく体勢を立て直しさらに回避を続ける。
「うぉぉお!!」
横目で見やるとガートンの腕が手につかまっていた。
たったそれだけなのに、彼は身動き一つ取れなくなっている。
「くそ!」
俺は歯噛みしながらも突発的反射のみで回避を続ける。
しかし、仲間が捕まるたび、向かってくる手が増える。
手が増えるにつれて、徐々に余裕はなくなっていく。
目の前に迫ってきた手をジャンプで間一髪かわし、気づいてしまった。
回避した手の後ろにぴったりくっつくようにして、もう一つの手があった事に。
(ダメだ!これでは避けられない!)
予想を裏切る事はなく、その手は急激に角度を変えて、無防備な俺の腹部に肉薄し――接触した。
その瞬間、ガラスの砕けるような音とともに……俺に触れたはずの手が消滅していた。