第1話 始まりの鐘
静かな船内に淡々と、アナウンスの声が響く。
「お客様へ申し上げます。当機はもうすぐロッドギアに到着いたします。荷物をまとめて2Fのロビーへお越しください。」
ふと時計を見るとちょうど昼の12時をさしていた。どうやらいつのまにか寝てしまっていたらしい。
「ふぁ……少し寝すぎたな」
まだ寝ていたいという欲求に耳をふさぎつつ、身支度を始める。
ベッドの足元にある荷物箱を開け、装備品を取り出して装備。
壁に立てかけてある愛用の剣を帯刀して、準備完了だ。
部屋から出ると、隣の客もまさしく部屋から出てきたところのようだ。
こちらを見るなり挨拶をしてきた。
「あ、おはようございます!」
「ああ、おはよう……えっと」
とっさに挨拶を返したが、いかんせん名前が出てこない。
というか、初対面のはずだ。
きれいなスカイブルーの髪は横でまとめられ,肩にかかる程度の後ろ髪はきれいなウェーブヘア。黄色い愛嬌のある穏やかな目。こんなに可愛い子を思い出せないのだからそうに違いない。
「初めましてですよね?私、ハイアス=ヴェルセンテリアといいます。
みんなからはハイアと呼ばれていますので、どうぞ気軽にハイアとお呼びください。」
「俺は、アルティ。平民だから苗字はないけどな。よろしく、ハイア」
この世界では身分によっては苗字がない事がある。
苗字があるのは一部の貴族だけで、平民は基本的にファーストネームしか存在しないのだ。
一緒に歩いてロビーへ向かいながら、手短に名前だけの自己紹介を済ませる。
彼女はふと俺の装備に目を留め、興味津々といった様子で聞いてきた。
「アルティさんも、ロッドギアに向かわれるのですか?」
「ああ、闘技大会に参加するんだ」
俺は何気なく答えてから、あることに気づく。
「……も?てことは、ハイアさんも参加者なのか?」
「はい。私も闘技大会、出場しようと思っています」
……なんと。正直、かなり驚いた。
城郭都市ロッドギアでは、秋と春の年二回、闘技大会が行われる。
そして、二週間後がその秋の大会開催日なので、この時期に飛行船を使う冒険者の大半が出場、または観戦目的だ。
なかでも貴族はほとんどが観戦目的で来訪している。貴族が出場というのは、ほとんど聞いた事がない。
「珍しいな。ご家族の方は反対したんじゃないのか?」
貴族は過保護な人が多いと聞く。大事な愛娘を闘技大会などという危険な大会に参加することを許すなど、あまり考えられない。
「それは―」
階段を登りかけたとき、彼女の言葉はそこで止まった。いや、途絶えたというべきか。
ズドォォォォン!!!!とすさまじい音と、振動が発生した。
「キャァ!」
彼女はとっさに頭を抱えてしゃがんでいた。
「ここは危険だ!ロビーまで行こう!」
こういうときは別行動が命取りとなる。ひとまず、他の乗客もいるはずのロビーへ向かう。
すでにロビーには何人かの乗客がいた。
「おい、あんたら大丈夫か!」
体格のいい男が話しかけてきた。どうやら乗客たちをまとめて指揮しているようだ。
指揮能力があるのか、怪我人はゼロのようだった。
「大丈夫だ!何が起こったかわかるか?」
「どうも雷にうたれたらしい。見ろよ、この空」
窓の外に視線を移すと、真っ黒な空が広がっていた。
……おかしい。朝は晴れていたし、起きたときにも陽はさしていた。
「これはまさか……『ラグナロク』……?」
ハイアがそうつぶやいた。
_ラグナロク。それは神話において終末の日を意味する言葉だ。
この世界では、魔物の大量発生や天変地異などが、まとめてラグナロクと呼ばれている。
「ウソだろ……」
その反応も無理もない。なんせ、ラグナロクは百年に一度あるかないか、と言われている現象なのだ。原因は今だ解明されておらず、百年に一度、という情報すら疑われている。
「お客様がたに連絡いたします!当機は落雷の影響により動力を負傷しました。
不時着いたしますので、衝撃に備えてください!」
「全員、伏せろ!!」
全員が伏せたのを俺は横目で確認する。この体勢なら衝撃で命を落とす可能性は減らせるはずだ。
しかしそれはほんの気休めにしかならなかった。墜落による衝撃、振動そして……爆発。
衝撃を感じ取ったときにはすでに遅く、程なく俺の意識は消滅した。