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ぶりしゃぶ

ブリしゃぶ




完璧な語感である。




いつもは質素な西松家の食事であるが、本日は兄貴夫婦が遊びに来ていたから、豪勢にブリしゃぶからの牡蠣鍋であった。私はいつも実家で遊んで暮らしているのに、私がいつもいる西松家のいつもの食事はそれは粗末なものであり、だから私はそれがとても悔しい。


長男でありながら、県外で結婚し、お盆年末年始も帰ってこずに、今更どの面下げて何しに帰って来やがったんだ、と思ったのは私だけで、誰がこの家守ってると思ってんだ、家には一銭だって入れてないが、たぶんこの私だぞ、この家を頂戴するのももちろんこの私だぞ、と思っているのもたぶん私だけであった。


おまけにビールまで並んでいやがる。普段は安い発泡酒すら飲ませてくれないのによ。たかが長男夫婦ごときがきただけでこの贅沢。質素倹約な西松家ももう終わり、今日限りで私が引き継いでいこうとしていた伝統も消滅してしまうのである、が、回りくどい自虐も飽きて、とりあえずいただきますか。


さて、このブリしゃぶであるが、しゃぶしゃぶ具合が私には大変難しく感じられた。さっと湯にさらすだけでは中身まで熱が通らず冷たいままでせっかくの鍋の雰囲気が台無しである。かといって湯につけすぎると身が固くなりただの煮ブリになってしまう。

私に与えられたブリは7切れ。4回目までは捨ててもよいと思う。だが、それぐらいにはよいしゃぶ頃合いを掴みたい。5回目が完成期、6回目が全盛期であり、7回目が集大成。この最後の3切れを極上のものにするために初めの4切れは捨てても良い覚悟で行く。

そのような私の戦略、覚悟など誰もわかりますまい。事実、私以外の人間が何も考えず阿呆のようにブリを無駄に湯に泳がせたのち引き上げたその姿、それはもはやブリ刺しでもブリしゃぶでもなく、ブリであった。

しかもどいつもこいつも同じ過ちを繰り返し、私を苛立たせる。こやつらにブリしゃぶを食わせる価値などなく、あなたたちはブリ大根でも食しておいて欲しいが、他の人間のことはどうでもよく、気にしては手先が乱れるこれは個人の勝負。

さて、私の1回目のチャレンジ。まずは表面から透明感が消えるくらいまでしゃぶし、それからさらにしゃぶ、しゃぶ、とした。するとやはりまだ中まで熱が通っていなかった。ぶり刺ぶ、といった感じで予想通り。これを受け2回目は長めに時間を取る。ただのブリ。これも想定通り。3回目は2回目より5しゃぶ少なくしゃぶしゃぶしたがこれもただのブリであった。だが、しかししかし、これも範疇。だったのだが、4回目。ここで私は致命的なミスをした。緊張で箸が震えブリしゃぶを離してしまったのである。当初引き上げる予定の時間より、3しゃぶは遅れてしまった。食してみたら、やはりただのブリであった。ここからはぐだぐだであった。書くのも嫌になるほどの内容であったので結果だけ書くが、5回目、6回目はブリ、ブリブリで終わった。7切れ目は残した。何をしておるのか。私はいったい、何を。して。おるのか。



私の落ち込みを余所に、私以外の人間は楽しそうにブリを食していて、もう、いい、もう終わりで、ビールを飲む気にもならず、嫌なんだ。牡蠣もいらない。何もいらん。もうもうもう私は人生が嫌で嫌で嫌で嫌でしかたないのだが、なぜ生きているかと言えば、何かおもしろいことないかなというわけのわからぬ理由で生きておるのだが、ああ、つらいよ。私はブリしゃぶ用のブリであり、世間にしゃぶしゃぶされ続けている。

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