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帰らない新郎と、ひとりぼっちの新婦

 ディートハルトが出て行ったあと、どれだけ待っても彼が帰ってくる気配はなかった。

 戻らない夫の姿に、レティーツィアはそれほどまでに忙しいのかと心配になる。到着した日、挨拶に行ったときもディートハルトは執務室で仕事をしていた。大国の主となると寝る間も惜しんで仕事をするのだろうか。


(ディートハルトさま、そんなにお仕事をされて、お身体を壊さないかしら……)


 今まで、仕事が忙しいとディートハルトが言っていたことはあったろうか。

 レティーツィアは、今までもらった手紙を思い返した。

 ディートハルトの手紙はそう長いものではない。非常に簡潔な内容が、生真面目な筆致でしたためられている。アウデンリート国王からという名目でドレスや装身具なども贈られてきたが、“ディートハルトから”として毎回別に届けられたのは、飾り気のない便箋に、押し花の栞。それに花の種か球根がひとつ。いつだってその三点が白い封筒に入れられていた。華やかなプレゼントよりもレティーツィアが嬉しかったのは、この白い封筒の方だった。


 白い封筒に納められた直筆の手紙の内容が、送り主であるディートハルトの生活に触れることはあまりなかった。それは初めの頃はほとんどなくて、年を重ねるごとに多少増えた程度だったが、それのすべてが、その前に送ったレティーツィアの手紙に対しての返答だ。

 代わりにディートハルトが自発的に記す内容と言えば、そのほとんどが季節についてか、またはレティーツィアへの労わりだった。判を押したように、雪が降っただの雨が続いただのというアウデンリートの気候について記してから、レティーツィアの健康を尋ねる文章に繋がり、最後に質問への返答が入る。例外と言えば、祝祭の挨拶か、はたまたレティーツィアの誕生日を祝うメッセージくらいだ。

 一方、定型文のような手紙の内容とはうらはらに、栞と花の種は色とりどりだった。赤いクラベル、白い花の添えられた四葉のトレボル、ピンクのコルネッホ、薄青のノメオルビーデス、赤やオレンジのマルガリタ、紫や白のリラ、紫のペンサミエント、ピンクのクラベリーナ、赤いロサやトゥリパン、紫のビオレタ……。よくもまぁそこまで集めたと言いたくなるほど、その種類は多岐に亘った。

 手紙ではなく、レティーツィアがディートハルトの愛情を感じたのは、その花々だった。アウデンリートは北国だ。きっとそんな花々を集めるのは骨が折れたことだろう。


 ひとり部屋に取り残された状態でディートハルトからの手紙を思い出し、思わずさみしくなったレティーツィアは、寝台から降りるとクロゼットにしまわれた大きめな宝石箱を取りに行った。故国で特別に作ってもらったそれの中には、宝石ではない、彼女の大事な宝物がしまわれている。

 今はもう使うことのない、エネストローサ王女としての彼女の紋章が刻まれた蓋を開けると、赤い天鵞絨の上に、束ねられたたくさんの手紙と、色とりどりの栞が現れた。どれも、レティーツィアがディートハルトからもらったものだ。

 改めて文面を確かめても、やはり仕事については言及されていなかった。父王を失くし、急遽即位をした後に送った手紙の返事に、かすかに「多少忙しくはなったが、問題はない」との一言が見て取れるだけだ。

 手紙からは読み取れなかったディートハルトの多忙さに、レティーツィアは静かな溜息をひとつ落とした。長年手紙をやり取りしていて、会う機会はそうなかったものの、それなりに夫のことを理解しているつもりだったが、それはつもりでしかなかったらしい。

 さみしい気持ちを埋めるように、レティーツィアはそれらの宝物を胸に抱いた。今は、きっと忙しいだけ。時間ができたら、きっと来てくれるはず。

 金にけぶる睫毛を伏せ、レティーツィアは懸命に痛む心を抑えつける。早く、早く二人で話せる時間が来るといいのに。


 けれども、その晩。結局レティーツィアが起きている間に、ディートハルトは戻ってこなかった。

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