第二話 雷を放つ魔術 前編
ついにやっちゃった。カイン君と一緒に村を出ちゃった。
私は昔から村を出たかった。魔術の腕は村で一番だし、お父さんに猟に連れていってもらった時はホーンラビットやグレイウルフも楽々倒せた。もしかして、私って結構強い?一流の冒険者にだってなれるかも……そう思ってた。
要するに、調子に乗ってたんだ。
ハングリーベアに私の魔術が全く通用しなかったとき、調子に乗っていたことを後悔した。ようやく自分の実力を理解した。
死を覚悟したその時、彼が助けに来てくれた。彼はハングリーベアの目の前で攻撃をかわしながら戦っていた。すごい。私なんて奴が近づいてくるだけで足がガタガタ震えて転んでしまったのに。
そして、ついにはハングリーベアを倒してしまった。私だけではまるで歯がたたなかったのに。ま、まあ、決め手は私の魔術だったけどね!
私は私が思っていたほど強くなかった。けど、彼と一緒なら戦えた。彼と一緒ならどこまで行けるのだろう。
それに……颯爽と現れて助けてくれた彼は、ちょっとかっこよかった。もっと一緒にいたい。
一度そう考えてしまったら、もう止まれなかった。おじいちゃんに隠れて旅の準備をした。でも、彼にはなかなか言い出せなかった。何回も言おうとしたけど、ついてくるなと拒絶されたらって思うと怖かったんだ。
だから、ちょっと強引に手を引っ張って村を飛び出しちゃった。おじいちゃん、カンカンだったなあ。冒険者としてお金を稼げたら村の為に使うつもりだから許して!
急に手を引かれて彼は困った顔をしてたけど、口元は少し笑ってた。良かった、そんなに嫌じゃないみたい。
私、今すごくドキドキしてる。冒険が始まるドキドキかな?それとも……
歩きながら、俺は何度目かのため息をつく。
旅の仲間が増えるのはメリットが大きい。戦力としてもありがたいし、野営する時だって見張りを立てられる。一人の時は魔除けの香草を焚いて寝ていたけれど、不安でしょうがなかったのだ。
だがそれでも、ついて来させたのは早計だったかもしれないと後悔し始めていた。
だって、女の子と二人きりだよ!?旅の間ずっと!しかもちょっとかわいいし……やばい、またドキドキしてきた。深呼吸深呼吸。挙動不審だぞ俺。アメリーに変な人だと思われてしまう。
メリットは確かに大きい。けど、既に一人旅の何倍も疲労感があるのだった。
「私が戦いで使えるのはストーンバレットだけかな。治癒魔術は時間がかかるから戦ってる間はちょっと難しい。後は、火を起こしたりちょっとした障壁を張ったりできるけど、戦いに使えるほどじゃない」
黙っていると変なことばかり考えてしまうので、俺はアメリーと魔術の話をすることにした。一緒に旅をする上で戦力確認は非常に重要だ。
「お前、村一番とか言ってたのに、実質魔術一つしか使えないのかよ」
「ちょっと、複数の術を使える人ってそんなにいないんだよ。使えても戦いに使えるほどじゃないって人も多いんだから」
「そういうもんなのか。ところでストーンバレットだけど、確か石を作り出して飛ばす魔術だったよな?それに、詠唱してないようだけど」
「うん。元からある石を使った方が簡単だし飛ばすのに集中できるんだもん。石を飛ばすだけにしたら、詠唱なしの方がうまく飛ばせたの。多分、詠唱の中に石を作るための要素が入ってるからだと思う」
なるほど。理に適っているっぽいが、もはやそれはストーンバレットとは違う魔術なのではなかろうか?
「ファイアボールも何もないところから出すらしいけど、木とかに火を点けて投げた方が絶対強いと思うの!」
どうやら、アメリーは魔術少女(物理)らしい。まあ、見た目の魔術師らしさよりも強さを求める姿勢は嫌いじゃない。
「それなら、尖らせた石をいくつか持ち歩いといた方が便利かな?後で用意しとくよ」
「ありがとう。ねえ、私もカイン君のこと聞きたいな。槍以外に得意なことがあったら教えてよ」
うむ、戦力確認は大事だからな。当然、俺が何をできるかアメリーに把握してもらわなければならないだろう。
ええと、槍以外、槍以外ねえ。
「あー、物作りとかは得意だぞ。この槍自分で作ってるし」
「そうじゃなくて、戦いで何ができるの?魔術とか他の武器とか」
「……槍だけだな」
「へえー、魔術一つしか使えないことを馬鹿にしてた人が、槍しか使えないんだ」
「いやお前、俺は色んな技使えるからな、疾走斬だけじゃねえから」
「だからそれってカインが勝手に名前付けてるだけでしょ?恥ずかしー」
「んだと文句あるか?」
「別にー?あ、技名叫んだりしたら他人のふりするよ」
「この、てめえ……」
叫びながら攻撃したほうがなんか威力出る気がするだろうが。男のロマンが分からないのか。これだから女は。
まっ、普通の空気に戻ったから良しとしよう。こういう空気ならそんなに疲れずに済むか。一安心だな。
そう思っていた頃が、俺にもありました。
無理だあああ!これ無理!寝られるわけねえ!
初日は魔物と遭遇することもなく順調に進めたので、早めに野営の準備をした。寝る前には軽く槍の訓練をしたり、アメリーの魔術の練習を見たりして過ごした。
そして日もとっぷりと暮れ、後は寝るだけなのだが……
女の子と二人きりってやべえなこれ。目をつむっていてもはっきり彼女の気配を感じる。っていうかアメリーさん、なんか近くないですか?見張りをするのにそんなに近くにいる必要ないと思うんですけど!ちょっといい匂いがするんですけどおおおお!
こういう時は数をかぞえるといいんだったな。ウルフが一匹、ウルフが二匹、ウルフが三匹、ウルフが四匹……囲まれただと!?包囲を抜けてやる。喰らえ、疾走斬!ふっ、他愛ない……
「カイン、起きて。見張り交代だよ」
「もうそんな時間か……おやすみアメリー」
馬鹿なことを考えているうちに、交代の時間になってしまった。ほとんど眠れなかったよ。
まあ、仕方がない。そのうち慣れるだろうし、睡眠不足でも四日目の昼にはサッキャバに着く予定だからなんとかなるだろう。
今は見張りを頑張ろう。あたりを見回す……見回そうとしてアメリーの上で視線が止まる。
もう寝てやがる。疲れてたんだな、気持ちよさそうに寝やがって。ほっぺた柔らかそうだな。ちょっとつついてみようかな。
俺はアメリーに忍び寄り、そっと手を伸ばし、そのまま華奢な体に覆いかぶさるように……
いかんいかん、危ない危ない。何をやっているんだ俺は。パーティ結成初日にして解散するところだったぜ。
しかしこれは予想以上にきついな。二人旅で戦いが楽になるというのは甘い考えだった。こんなに厳しい、理性と本能の戦いが待っていたなんて。
げっそりとした心地で翌朝を迎えた。アメリーは目を覚ますと鼻歌を歌いながら簡単な朝食を作り始めた。なんか負けた気分だ。妙に悔しい。
朝の日課である槍の素振りをする。苛立ちのせいか、無駄に力が入ってしまった。
夜の厳しい戦いは別として、旅自体は順調だった。ハングリーベアが食い荒らした影響が残っているのか、魔物が少なかったのだ。
たまにグレイウルフやゴブリンなどが出ることもあったが、二人での戦い方の練習がてら軽く片付ける。街道によく現れるようなモンスターは元々俺一人でも倒せるレベルなので余裕だった。ピンチに陥ったのは、俺の背中にストーンバレットが直撃した時だけだった。毛皮のベストが無ければ即死だった。
また、空いた時間には新技の開発に汗を流した。ハングリーベアのように表面の堅い相手でもダメージを通せるようになるには、単に腕力を鍛えるだけでは駄目だと感じたからだ。
アメリーは魔術の練習もそこそこに、俺に話しかけてくることが多かった。好きな食べ物のような雑談もあれば、なんで冒険者を目指しているかといったことなども。
強くなってお金がっぽり稼ぎたいんだよ、と答えておいた。
四日目の昼、ついにサッキャバの街が見えてきた。
「おおー、噂に聞いてた通りでかい街だなあ」
「そりゃそうよ。北大陸全ての開拓者の拠点なんだから。本大陸の王都から遠く離れているから、ここは実質王都代わりの機能も持っているんだって」
山の間を抜けて来たため、平野に広がるサッキャバを見下ろすように一望できた。きっちりと等間隔に道が走っていて、美しい模様のようにも見える。
サッキャバに近づくと、他の村へと続く道と合流し、徐々に道が広く、人は多くなっていく。多くの商品を積んだ馬車や、冒険者らしき武装をした人々が行きかう。初めて経験する人の密度とその活気にあてられ、気持ちが高揚してくる。
「お、あの人達強そうだなー、先頭の男が持ってる槍見ろよ、かっけー!俺もああいうの欲しいな……」
「ちょっと、他人をじろじろ見ないでよ、失礼でしょ。あ、あのリンゴ大きくておいしそう。あんな大きいの初めて見たよ。街の中でも売ってるかな」
街に入る前からお上りさんモードである。
街の東門にたどり着く。横幅の広い門が開け放たれていて、兵士が数人立ち、出入りのチェックをしていた。さほど厳しい検問は行われていないようだ。ほとんどの人は兵士に何かを掲げて見せると、素通りしていた。
門を通ろうとすると、兵士に声を掛けられた。
「君たち、通行証はあるか?」
「いや、持っていない」
さっきから通る人が持っていたのはそれか。これだけ人の出入りの多い街では、いちいち止めて手続きするのは手間だから通行証を発行しているのだろう。
「サッキャバに入るのは初めてか?ここへ来た目的は」
「初めてだ。冒険者になるために来た」
「冒険者志望か。その若さで二人組では大変だろうな。何かトラブルなどがあったら私たち衛兵に声を掛けなさい」
「分かった。ありがとう」
「通行料は銅貨三枚だ。冒険者登録すれば、それが通行証代わりになり無料で通れるようになる。まあ、最初だけ我慢してくれ」
二人合わせて銅貨六枚を支払う。シムクラウで現金収入があって助かった。
「ところで、冒険者ギルドの場所と、ついでに安い宿があれば教えてほしいのだが」
「冒険者ギルドはこの街の中央、十の十にあるからまっすぐ行けばいい」
「十の十?」
「ああ。この街は大通りに番号が振られていて、その組み合わせでおおよその場所を表せる。一番北西が一の一、この東門は十の二十になるな」
「なるほど、分かりやすい」
「そうだろう、世界一迷いにくい街とも言われているからな。宿なら17-2の宿屋がいいだろう。街はずれでちょっと不便な位置だが、その分安い」
「ありがとう、助かった」
「なに、この街で倒れる人間でも出たら俺たちの仕事が増えるからな。さあ通っていいぞ」
俺たちは街に足を踏み入れた。高い位置から見下ろしても美しかったが、中から見ても壮観だった。家が二軒は並べられそうな幅の道を多くの馬車や人が行きかう。道はどこまでもまっすぐに続いていて先が見通せない。両側に並ぶ建物は一直線に連なり壁のように見えた。道の端には屋台がいくつか並んでいる。あそこで焼いているのはなんだろう?嗅いだことのない臭いがする。
「すっげえ……この道の先までずっと街なんだよな。端が見えないんだが」
「あ、イカが売ってる!カイン、あれ一緒に食べようよ」
アメリーが指をさした方を見ると、グロテスクな生き物?が焼かれている
「お、おう。あれがイカか。噂に聞いたことはあったが、あんなもん食ってるなんてキャッサバは食べ物に余裕がないのか?」
「えー、カイン食べたことないの?これだから田舎者は」
「うるせえド田舎シムクラウに言われたくねえよ!俺の地元は海が遠かっただけだ!」
「まあまあ、試しに食べてみなよ。ここはお姉さんが奢ってあげよう。おじさん、イカの串焼き二本!」
「あいよ」
だーれがお姉さんだ、と心の中で突っ込みつつイカを受け取る。くっせえ。食べ物の臭いじゃないだろこれ。
「ああ、おいしー。シムクラウじゃたまにしか食べられなかったから、遠くに来たんだなーって気がする」
アメリーはもっちゃもっちゃとイカを食べている。触手が口からはみ出てるぞ。だが毒とかは無いようだな、試しに一口。
「んぐ」
端っこを少し噛んでみる。おお、臭いはきついけど意外といけるなこれ。
思い切り噛みしめてみるとうま味が口の中全体に広がった。おい、噛んでも噛んでもうま味が出てくるぞ!どうなってんだ。うめえ。
俺がイカの味に病みつきになっているのを見て、アメリーは自慢げな顔をする。
「どう?お姉さんの言う通りに食べて良かったでしょ。あー、あそこの貝おいしそう。おじさーん!」
珍味ですっかりテンションの上がった俺たちは、珍しい物や見たことのないものを探してあっちへうろうろこっちへうろうろ。買い物を楽しんだ。
しまった、と思った時には日が暮れかけていた。
「今日は冒険者ギルドへ行かずにこのまま宿へ行こう」
「賛成。ところで、カインに一つ悲しいお知らせがあります」
「なんだ」
「……私、お金がありません」
「じゃあパーティ解散だ。達者でな」
「即断!?ひどくない!お、お願いですから宿代を貸してください!明日から真面目に働きますから!すぐ返しますからー!」
後先考えずに服やらアクセサリーやら買い込むからだ。無視して歩きだす。
「いーやー!捨てないでー!なんでもしますから!」
ひしっと俺の腕にアメリーがしがみつく。周囲の視線が痛い。勘弁してくれ。
「本当にすぐに返すんだな」
「はい、返します!だから捨てないで!」
「うるせえよ周りの目を気にしろこの馬鹿!腕離せ。いくぞ」
「あ、ありがとう。ごめんね」
教えてもらった宿屋へ向かって一緒に歩き出すが、アメリーは腕を離してくれなかった。しがみつくわけではないが、肘のあたりをちょこんとつまんでいる。ちょっと脅しすぎたかな。
宿屋は中心部の活気から離れたところにひっそりと建っていた。こじんまりとした宿だ。
「いらっしゃい。二人部屋は銀貨1枚と銅貨5枚」
「いや、一人部屋を二つでお願いします」
「じゃあ銀貨二枚だよ。先払いで食事は別だ」
銀貨二枚を支払うと、俺も残金が心もとなくなってきた。
アメリーが小声で話しかけてくる。
「ねえ、私は一緒の部屋でもいいよ」
「断固として断る」
「えー」
ちょっと不満げにこちらを見上げてきた。なんだ、借金額が増えるのがそんなに嫌か。
「俺が金を出すんだ。文句があるならパーティを」
「分かった、分かったから。捨てないで」
アメリーが涙目になっている。ちょっといじめるのが楽しくなってきた俺は性格が悪いのかもしれない。このへんにしておこう。
部屋は狭いが清潔感があった。あの兵士、いい宿を紹介してくれた。次に見かけたら礼を言わせてもらおう。
「どっせーい。あー疲れた」
荷物を下ろすとベッドに腰を下ろした。ほんの三晩だけとはいえ、緊張を強いられていたのが堪えたようだ。今日は思いっきり休ませてもらおう。
さっと体を拭き、ベッドに横になるとすぐに眠りに落ちた。
翌日は寄り道せずに冒険者ギルドへと向かった。それでも、二階建ての広い建物の前に着いた時には宿を出てから一時間ほど経っていた。本当に広い街だ。あの宿が安い理由もよく分かる。
建物に入ると正面にカウンターがあり、右手の壁は全体が掲示板になっていた。左手のスペースは酒場になっていて、朝っぱらから酒を飲んでいる人間もいた。
掲示板には依頼が張ってあるようで、今はそこに冒険者たちが集まっていた。今日の仕事を探しているのだろう。
俺たちはカウンターの女性へ話しかける
「冒険者ギルドへようこそ。どのような用件でしょう?」
「冒険者登録をしたい」
「分かりました。登録について説明しますか?」
「お願いします」
アメリーを見ると俺の後ろにくっついて静かにしていた。意外と人見知りするタイプなのか、あるいは猫を被るタイプか。
「登録料さえいただければ、特に登録に条件はありません。登録料は銀貨一枚かかります。登録すると冒険者カードが発行されます。これはギルドで依頼を受けるときに必要になると共に、街を出入りする際の通行証にもなります。依頼は右手の掲示板に張り出されます。受けたい依頼があったら、依頼票を取ってこちらのカウンターへお持ちください。依頼を完了したら、依頼者から完了証を受け取ってこちらへ提出してください。また、依頼者とのやりとりについてはギルドは関与しません。報酬についてもギルドを通さずご本人同士でお願いします。何か質問はありますか?」
「冒険者登録することで何か義務とかはあるのか?」
「半年間、一つも依頼をこなしていない場合は冒険者資格が剥奪されます。通行証のみが目当てで登録するのを防ぐためですね。後は、街が魔物に襲われた際などに協力を要請する場合がありますが、義務ではありません」
「依頼以外にギルドで出来ることは何かあるか?」
「魔物の素材の買い取りを行っています。魔物の数を減らすために、需要が少ない素材も常に定額で買い取っていますので、いつでもお持ちください。買い取りリストはあちらの本棚にあります」
「わかった。じゃあ登録を頼む」
「ではこちらにお名前と年齢、性別を記入してください。可能ならば特技欄も記入をお願いします」
「あー、俺は字が書けないんだ。代筆を頼めるか?」
「はい、承ります」
「私は大丈夫です」
さすが村長家の人間、それなりに教育は受けているらしい。アメリーの方を見やると目があった。「えー?字も書けないのー?プークスクス」って目をしてる。短い付き合いだがこいつの表情はかなり読み取れるようになってきた。後で殴ろうか。
「はい、ではこちらのカードに拇印をお願いします。はい、これで登録手続き完了です。お疲れ様でした」
冒険者登録はあっけなく終わった。これでも冒険者の仲間入りか。
英雄と呼ばれるような冒険者の話はいくつも知っている。俺は彼らにどこまで近づけるのだろうか。
「ふふふ……私もドラゴンを倒して絵本になったりとか……ふふふふふ」
アメリーも似たようなことを考えていたようだ。にやけた顔が気持ち悪い。
「気持ち悪い顔してないで依頼を探すぞ」
ああ、つい思ったことをそのまま口に出してしまった。アメリーがしょげている。ちょっぴり嬉しくなった俺はやはり性格が悪い。まあ、字が書けないことを馬鹿にしたのはこれで許してやろう。
「よし、アメリー、依頼を読み上げろ!」
「自分で読めないくせになんで偉そうなの……?」
端から順に読み上げてもらう。トレントの駆除、ワイバーンの討伐、オークの集落の調査……
「オイ、嬢ちゃんたち、そっちは魔物との戦闘メインの依頼だぜ。ガキんちょ用の雑用は反対側だ」
ハハハ、と周囲から笑い声が上がる。ムっとして相手を見ると、がたいのいい髭面のおっさんがこちらを見ていた。
「うるせえ、ガキ扱いすんじゃねえよ。ベアだって倒したことあるんだ。戦闘だってやれる」
にらみつけて言い返すと、また笑い声が上がった。
「ハッハア、強いパーティにでも狩りに連れてってもらったのか?毛皮もらえて良かったでちゅねー僕ちゃん」
血管がプチンと切れる音がした。
「おっさん、表に」
「わーわーわー、ストップ!ええと、おじさん忠告ありがとう。自分に合った依頼は自分たちで探すので!ほら行くよカイン!」
アメリーに引っ張られ、少し冷静になる。そうだ、奴をぶん殴っても何にもならない。冒険者として結果を出して見返してやろう。
その日は薬草の採取を引き受けることにした。最初は比較的安全な依頼でこの街周辺の地理や生き物について知るのがいいだろうと考えたからだ。依頼主の薬屋へと向かう。
「いらっしゃい、冒険者さんかい?悪いが傷薬は品薄でねえ」
薬屋のおばあさんは申し訳なさそうに言った。
「いや、買い物じゃありません。依頼を受けに来ました」
さっき、余計な諍いを起こしたことを反省し、敬語モードで話しかける。
「おお、ありがたい。南の街道に魔物が出たらしくて薬草が届かないんだよ。今日のうちに採ってきてもらえるかい?」
「私たち、この街に来たばかりなんです。近くで薬草が採れる場所って教えてもらえますか?」
「ええ、いいとも」
俺たちは、薬草の取れる場所だけでなく、探し方のコツや見分け方などを詳しく教えてもらった。
親切な依頼主で助かった。ギルドを介さず直接仕事を請け負うってことは、こういう時にトラブルが起きても自己責任ってことだよな……
おばあさんにお礼を言って、俺たちは街の外へと出発した。
「そっちいったぞ!」
「うん、ストーンバレット!」
俺たちはゴブリンの集団と出くわし、戦闘になっていた。戦闘自体は楽勝だが、少し息が上がっていた。
「終わりっ!」
最後のゴブリンに槍を突き立てる。その後、買い取り部位であるゴブリンの右耳を切り取っていった。
少し薬草採取をなめてたかもしれない。魔物と戦闘になるのは既に三回目、想像していたより多かった。
だが考えてみれば当然か。安全に採ってこれるものならばわざわざ高いお金を出して冒険者に依頼などしないだろう。安全な場所は既に薬草を取り尽くしてしまったのかもしれない。
数時間後、ザックの中で薬草がつぶれそうになってきたので、街へと戻った。まっすぐ薬屋へ向かう。
「お帰り。ごくろうだったねえ」
「いえ。薬草出していくので、確認をお願いします」
少しだけ間違えて別の草を取っていたり、状態が悪かった物もあったが、ほとんど全て買い取ってもらえた。
「ありがとう、また足りなくなったら頼むよ」
お金を受け取り、おばあさんに微笑まれると、じんわりと達成感がわいてきた。体の疲れが何故か心地よく感じる。これが仕事をするということか。
にやけながらギルドへ向かい、魔物素材を買い取ってもらう。アメリーも機嫌がよさそうだ。機嫌が良い時は鼻歌が始まるので分かりやすい。
しかし、今日の収入を数え終わると、鼻歌が止まってしまった。
「銀貨が一枚と……銅貨が十九枚か」
初仕事の収入は、合計で銀貨三枚弱だった。宿代で銀貨二枚。それに食事代を考えると……
「トントンか、若干赤字だな」
「くっ、微妙ね……」
「まあ、明日から少しずつ報酬のいい依頼にしていけば大丈夫だろう。最悪、このレベルの依頼をこなすだけでもここで暮らしていけることが分かったからいいじゃねえか。借金は待ってやるから」
落ち込むアメリーを励ましながら、宿へ向かった。