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第一話 旅立ち

※この話を投稿した後に熊害事件を知りました。

被害者の方のご冥福をお祈りいたします。

 春の暖かな日差しが疲れた俺の体を優しく包む。小鳥のさえずり、雪解け水の流れる川のざあざあという音が眠気を誘い、まぶたが落ちそうになる。だが、心地良い眠気は、グルルルという獣の唸り声のような音にかき消された。

 俺の名前はカイン。腕っぷしの強さにはちょっとした自信がある。強さの高みを目指して冒険者として食っていこうと思い、十五歳になったのを機に故郷の村を出たばかりだ。だが、さっそく俺の冒険は終わりを告げようとしていた。

「腹……減った」

 再び俺の腹がグルルと鳴る。食糧が尽きたのだ。

 地元の貧乏村から食糧を持ち出すのは気が引ける。狩りをしながら行けば大丈夫だろう、とか考えてた一週間前の俺を殴りたい。

 初日は良かった。グレイウルフの群れに襲われたのを返り討ちにし、腹いっぱいになるまで食べた。食べきれない分はどうせ腐らせてしまうと思い、ほとんど捨ててきた。

「なんであれからなんも獲物が出てこないんだよ、わざわざ暖かい季節待ったっていうのに。腐ってもいいから持てるだけ肉持ってくべきだったかなあ」

 川沿いを進んでいるため、幸いにして水は確保できた。それに、道に迷う心配もほとんどない。最初の目的地、シムクラウの村はこの川沿いにあると聞いていた。

「歩いて約一週間って聞いてたんだけど、そろそろ見えてこねえかな……あれ?川の向こうで手を振ってるのは天国の母さん……?」

 ふらふらと川を渡ろうとすると「こっちに来ちゃダメ!」と母さんに叱られた。ブンブンと首を振って気を取り直し、歩みを進めていく。

 その日の夢には父さんが出てきた。「バッカお前、こっちに来るなよ。母さんとイチャイチャしづらくなるだろう」とか言ってやがった。爆発しろ。


 その翌日、昼前になってようやくシムクラウの村が見えてきた。

「ひゃっはー!村だー!食いもんはどこだ!」

 俺は入り口から村の中をキョロキョロ見回し、叫び声をあげる。不審者として捕まえられてもおかしくないと我ながら思う。だが、村人達は忙しそうに走り回り、それどころではなさそうな様子だ。

 とりあえず、近くを通りかかった青年に声をかけてみる。

「こんにちは。ええと、旅をしていんだが食糧が尽きて……村で食べ物を売ってないか?」

「おお、旅人?こんなド田舎を通るなんて珍しいな。歓迎したいところだが、悪い。それどころじゃねえんだ。あんたも逃げる準備をした方がいいぜ」

「逃げるって、何があったんだ?」

「ハングリーベアが出た」

 ハングリーベア。ベア種の中でも大型の魔物で、その名の通りの大喰らいで知られる。どうやら美食家らしく、気に入った味を見つけると、その獲物が地域からいなくなるまで喰らい尽くすという。

 ここに来るまでの道中、食べ物がまるでなかったのは、こいつに先に食べ尽くされたのだろうか。

「だが、あまり人里には降りてこないだろ?」

「……うちの村の猟師が一人襲われたんだ。そいつの相棒が村まで逃げのびて教えてくれた」

 なるほど、この村の状況が理解できた。ハングリーベアに人が食われたかもしれない。もしハングリーベアが人の味を気に入ってしまっていたら、この村の人間は食い尽くされるだろう。

 ハングリーベアは訓練を受けた兵士や中堅冒険者数人がかりでやっと倒せると言われる。そこらへんの猟師や村人では全滅するか、もし勝てたとしても多大な犠牲が出るだろう。

「つまり、みんなで村から逃げ出す準備をしてるわけだ」

「ああ、故郷を捨てるのはつらいけどな。死ぬよりはましだ。あんたも、えらいタイミングで来ちまったねえ」

「ここに来るまでに食われなかっただけ幸運だよ」

「確かにな。ところであんた、一人で旅してるってことは弱い魔物から身を守れる程度には戦えるんだろ?ちょっと一仕事する気はないか?」

 青年は俺の持つ手製の石槍を見る。金属製の物を作りたかったが、村では手に入らなかったのだ。

「まあ、グレイウルフくらいならどうとでもなるが、さすがにベアは勘弁してほしいな」

「まさか、戦わせる気はないよ。頼みたいのは人探しだ」

「こんな時に?いや、こんな時だからか。いいよ、ただし条件がある」

「なんだ、言ってみろ」

「報酬は前払いで、食べ物で払ってくれ……」

 そこまで話したところで限界がきて、俺はバタリと倒れこんだ。



「失礼します、アレンです。先ほど話した旅の少年をお連れしました」

 青年……アレンから食べ物をもらい復活した俺は、村長の家へと通された。村長の家には数人の若い男達が集まり、何やら話し合いをしていた。

「おお、ようこそいらした。シムクラウの村長です。大した歓迎も出来ず申し訳ない」

 村長は白髪の痩せた老人だった。いや、元から痩せているのではなく、ハングリーベアのせいで食糧が不足しているのかもしれないが。

「初めまして、カインと言います。村の状況はおおよそ聞きましたから、気になさらないでください」

「かたじけない。さて、カイン君もきたことだ、改めて状況を説明するぞ」

 村長は村近辺の地図を広げ説明を始めた。

「三日前、ジェイクがハングリーベアに襲われた。間の悪いことに、足を痛めていて逃げきれなかったそうだ。昨日の昼には、村を捨てて逃げることを決め村人たちに荷造りを始めさせた。そして昨日の夕方から、私の孫娘……アメリーの姿が見えない」

 探してほしい人というのは村長の孫らしい。

「一晩経っても帰ってこない。村内はくまなく探したがいなかった。考えたくはないが……ハングリーベアと戦いに行ったのかもしれん」

「まさか、一人で!?」

「アメリーは村一番の魔術の使い手でな、魔物も多少は狩れる。責任感の強い子だから、自分が倒さねばと思ってしまったのか」

 半端に自信をつけさせてしまうくらいなら、狩りになど行かせなければ良かったわ、と村長は嘆息する。

 いくら魔術が使えたからといって、一人で行くなど無謀もいいところだ。

「ジェイクが襲われた場所はここ。川を下流にしばらく歩いたところだ。今朝のうちに、比較的安全だと思われる上流側は探してくれている。残るは下流側だ。ここに集まっているのは、命をかけてアメリーを救ってくれようとしている有志達なのだ。……さてカイン君、よそ者の君にこんなことを頼むのは気が引けるのだが、どうか一緒に探してくれんか」

「手伝いますよ。報酬はもうアレンから貰っちゃいましたからね。それに命がけとは言っても、ハングリーベアに出くわしたらさっさと逃げればいいんでしょう?」

「ああ、俺たちもベアを見かけたらすぐに逃げるつもりだ。できるなら、ジェイクの敵を討ってやりたいけどよ……」

 そう言ってうつむく彼が、ジェイクの「相棒」の猟師なのかもしれない。相棒を置いて逃げ出したことに、複雑な思いがあるのだろう。

「お主らはベア以外の魔物なら一人でも対応できるだろう。ならば固まって動くより一人ひとり手分けして探す方が良い。捜索場所の分担を決めるぞ」

 一人ひとり?俺は、安全を考えれば、せめて二人組にした方が良いのではと思った。しかし、村長の顔を見て何も言えなくなってしまった。

 孫娘が心配で心配でたまらない。少しでも捜索範囲を広げ、一刻も早く探し出したい。その顔はそう語っていた。

「じゃあ、俺に川沿いを探させてもらえませんか?」

「以前ベアが現れたところだ。最も危険だが、よいのか?」

「俺はこのあたりの土地勘が無いので、バラけて探すなら迷わず歩ける川沿いに行くしかないです。それに、山や森よりは走りやすいでしょうから、いざという時逃げやすいと思うので」

「そうか、では頼むぞ。」

 他の男達の分担もすぐに決まった。最も山に慣れているらしい猟師さんは山側を。アレンは反対の平地側を担当するらしい。

「では各自、準備ができ次第出発してくれ。日没までに村へ戻り、ここに集まって報告すること。解散!」

 村長が告げると、男達はそれぞれの家に準備に向かった。

 アレンが俺に話しかけてきた。

「おい、お前、生意気なガキだと思ってたが敬語使えるのな」

「まあさすがに村長相手にはね。それとも、アレンさんにも敬語で話した方がよろしいでしょうか?」

「やめろ気持ち悪い。そんなに歳も変わらねえだろ、普通に話せ」

「じゃあそうする。ところで頼みがあるんだが」

「なんだ?」

「すまないんだが……捜索に持っていける食いもんをくれ」

 俺の腹が、キュウと情けない音を立てた。



 アレンに干し肉を少し分けてもらって、俺は村を出発した。

 持ち物は干し肉と槍、村長に写してもらった簡単な地図だけ。防具なんて贅沢な物は持っていなかった。

 河原は砂利道になっていて、草木は少なく歩きやすかった。川から少し離れると木々が生えている。木々の向こうの気配も見逃さないよう、俺は目と耳に意識を向け、ゆっくりと進んでいった。

 そのまま三時間ほど歩いたところで、川のすぐ横に大きな足跡を発見した。砂利なので大きさが分かりにくいが俺の足の二倍近くあるだろうか。

「これはでけえ……」

 ここからは本当に危険な領域だ。いったん休憩して疲れを取り、集中力を高めることにする。

「ベアさん、水飲み場借りますよーっと……ん、なんだこれは」

 ベアの足跡ばかり見ていて気が付かなかったが、近くの砂に小さなへこみがあった。

「アメリーの足跡か?だったらいいんだが。いやベアの近くにいるならば良くないが」

 あまりのんびりはしていられないかもしれない。俺は水を飲み、手早く顔を洗って気合を入れなおす。干し肉も急いで噛んで飲み込み、立ち上がった。

 先ほどまでよりやや早足で歩き始めた、その時。

ガアンと、大きな音が前方から聞こえてきた。木に硬い物を打ち付けたような響きだ。

 俺は全力で音の方向へ走り出す。直後、山の木陰から転がるようにして人影が飛び出てきた。

 歳は俺と同じ15歳。肩で切りそろえられたブラウンの髪に、くりっとした愛嬌のある目。村長から聞いた特徴と一致する。彼女がアメリーだろう。

 走りながら、一瞬見とれてしまった。可愛らしい顔立ちと村長が言っていたのは爺馬鹿だけではなかったようだ。

 しかしその顔も、今は恐怖に歪んでいた。

「お前がアメリーか!ハングリーベアがいるのか!」

 大声で呼びかけると、向こうもこちらに気が付いた。知らない人間に名前を呼ばれたことで一瞬怪訝な顔をしていたが、今はそれどころではない。

「村長に頼まれて探しにきた!村へ戻るぞ」

 アメリーの隣に駆け寄り、山の中をにらみつける。姿は見えないが、ガサガサという音が近づいてきているのが聞こえた。すぐにでも逃げ出さなければ。

 だが、アメリーは首を振って答えた。

「ダメ、あいつを倒さないと帰れない」

「馬鹿なことを言ってないで行くぞ!」

「無理。……足をくじいた。あなただけでも逃げて」

 見れば、アメリーの足首は真っ赤にはれ上がっていた。立っているのがやっとという様子だ。

 そして、言葉を交わしている数秒のうちに、木々の後ろからハングリーベアが姿を現し、こちらへと走りだした。

 四足で走っていても俺と変わらない高さの巨躯。人間など骨ごとかみ砕けそうな顎。丸太のような腕は、一撃で大木をなぎ倒すほどの力があるという。この大きさはレッサーベアやスカーベアでは断じてない。正真正銘のハングリーベアだ。

 これは死ぬ。死にたくない。逃げなければ。本能でそう感じた。

 だが、俺は何のために強くなろうと思った?何のために旅に出た?

 俺を守って人が死ぬのを見たくないからだ。今度は俺が、守ってやりたいからだ。

 死ぬのは嫌だ。だけどここで逃げるのは、死ぬより嫌だ!

「一緒に戦うぞ。俺が引き付けるから魔術を!」

 俺が覚悟を決めるのにかかった時間は一瞬だったらしい。ハングリーベアはまだ山から出たばかりの位置にいた。しかし、まっすぐこちらへ走ってくる。

 アメリーが頷くのを視界の端で確認し、俺は前へ駆け出す。どう戦うか相談したいが、余計な言葉を吐く時間は無い。

 ハングリーベアは前に出た俺に標的を定め、突っ込んでくる。このままだと衝突して跳ね飛ばされるだろう。俺は震えそうになる体を歯を食いしばって抑え込み、ハングリーベアを待ち構えた。

「はあっ!」

 衝突の寸前、俺は横っ跳びするようにして回避しながら、槍を振りぬきハングリーベアを斬りつけた。そのまま走り抜けて距離を取る。

 『疾走斬』。駆け抜けながら斬りつける自己流の技だ。樫の柄に石刃を組み合わせた手製の槍は刃先を鋭く砥いでおり、突きのみならず斬撃も可能。気分が乗った時は技名を叫んだりするのだが、さすがに今は余裕がない。

 ハングリーベアを見ると、毛皮には傷一つ無いようだ。くそっ、なんて丈夫さだ。

 しかし、意識を引き付けることには成功したのか、方向転換してこちらを追ってきた。

 再び疾走斬でヒットアンドアウェイに持ち込もうかと考えたが、ハングリーベアは突進の勢いを落とし、前足を振り回しながら攻撃してきた。腕のリーチの分より大きく回避しなければならず、攻撃する余裕がない。しかも、スピードを捨てたことで小回りが利くようになり、攻撃を回避しても距離が取れない。

「くっ」

 このままではそのうち攻撃を喰らうか、槍で受けざるを得ない状況に追い込まれるだろう。そうなれば、槍など小枝のように折られるのは目に見えている。まずい。

「敵を穿て、ストーンバレット」

 そこに、横から石弾が飛んできた。二個、三個とハングリーベアの頭部へと命中する。アメリーの攻撃魔術のようだ。傷こそつかないが、ハングリーベアの動きがわずかに止まった。すかさず疾走斬で一撃を入れて距離を取る。

「助かった」

 短く感謝を伝えてアメリーの方をちらりと見る……河原の石を投げてる?投げた後に魔力で軌道の調整と加速を行っているようだから魔術ではあるんだろうが、随分肉体派な。俺の知ってるストーンバレットは石を魔力で作り出してぶつける魔術だったんだが……

 いや、そんなことを考えている場合じゃない。

「グウ……」

 魔術を受けて、ハングリーベアがゆっくりとアメリーの方を向く。魔術の方が脅威だと判断したのかもしれない。

 あいつは怪我をしていて攻撃を避けることはできない。なんとか狙いを俺に向けなければ。

「無視してんじゃねえ!」

 意識を引き付けるために大声を上げ、突進しながらハングリーベアに突きを繰り出す。だが、その攻撃を待っていたかのように軽く体を引きかわされてしまった。

「グルア!」

 しまった、誘われた!そう気づいた時には目の前で太い腕が振りかざされていた。

「うらあああ!」

 俺は槍を半回転させながら引き戻し、石突をハングリーベアの掌に突き立て受け止める。槍は前半分を残し一瞬で粉砕されてしまった。そのまま体を殴打される。衝撃で地面をバウンドして数m転がった。全身が打ち付けられ呼吸が止まる。意識が飛びそうになるのをなんとか堪えて、立ち上がった。

 ハングリーベアの動きを注視しながら、体の感覚を確認する。腕は少ししびれているが無事。槍も短くなってしまったがまだ辛うじて使える。脚は転がっている間に打ち付けられ、かなり痛むがなんとか動く。胴体はちょっとまずい。あちこちに血が飛び散っているのは、爪で腹を切り裂かれたからだろう。最も、槍を犠牲にしなければ胴体がちぎれていたと思えば、ダメージは軽いとも言えるが。

 まだ戦える。だが普段のようには動けない。ただでさえ勝ち目が薄いのに、差が開いてしまった。

 青ざめた顔でこちらを見ているアメリーと目が合った。軽く手を上げて無事を伝えると、アメリーは再びハングリーベアへと目を向けた。だが、ストーンバレットは迂闊に撃てない。次にアメリーが狙われたら凌げないことを二人とも理解していた。

 ハングリーベアは俺の方を見て、ゆっくりと歩いていた。何故攻めてこない?

 ハングリーベアの様子を窺うと、掌からダラダラと血を流していた。接近戦用に石突側にも刃を付けていたのが役立ったようだ。俺自身の力では傷つけられなかっただろうが、ハングリーベアの力も加算されて思いのほか大きなダメージとなったらしい。

 弱い獲物相手の楽な「狩り」だと思っていたのに、予想外のダメージを受けて慎重になっているのだろう。

 俺の攻撃もアメリーの攻撃も、単独ではダメージにならない。だが、うまく力が重なればあの丈夫な毛皮も傷つけられることが分かった。ならば……と俺は頭を回す。

 一つ、試してみたいことができた。俺はアメリーの傍へ駆け寄り、話しかける。

「おい、俺が合図をしたら―――」

「出来る、でも遠いとダメ」

「分かった、調整する」

 手早く打ち合わせを済ませると、俺はアメリーの背後に回り少し距離を取る。あえて狩りやすい方を前に出し、ハングリーベアを誘う。

 ハングリーベアはじりじりと距離を詰めた後、アメリーに向かって走り出した。

 そのタイミングに合わせて、俺はアメリーの背後から突進した。アメリーにハングリーベアの腕が届く寸前のところで、勢いよく突きを繰り出す。

「うおおおお!」

 ハングリーベアと自らの突進力を重ねたカウンター狙いの一撃。

 だが、ハングリーベアは急停止すると、体を軽く引いて突きをかわした。そのまま、無防備な俺へ向けて攻撃を繰り出そうとする。

 先ほど見た動き。そして、俺の予想通りの動き(・・・・・・・・・)

「アメリー!」

 叫びながら俺は槍を投げ出す。突進の勢いそのままに槍が投擲される。

「ストーンバレット!」

 その瞬間、アメリーがストーンバレットを発動し、俺の投げた槍の勢いをさらに加速。軌道を修正し、ハングリーベアの目に向けて飛ばす。

「ウガアアアア」

 俺がアメリーの背後に下がったのは三つの狙いがあった。一つは直線的な動きを誘うため。二つ目は突進の勢いを乗せるため。三つ目は、カウンターが失敗した時に、アメリーの魔力が槍に届くようにするためだった。遠すぎると魔力が十分に届かないからだ。

 俺の投擲にアメリーの魔力が上乗せされた一撃は、ハングリーベアの丈夫な瞼を突き破り、その眼球へと突き刺さった!

 だが、一撃で倒すには至らなかった。ハングリーベアは激昂し、滅茶苦茶に腕を振り回している。もし触れられれば今度こそ体が弾け飛ぶだろう。

 しかし、俺もアメリーも、このチャンスを逃す気は無かった。

「ストーンバレット!」

 アメリーは刺さったままの槍目掛けて石弾を殺到させる。的が小さい上にハングリーベアが暴れているのでなかなか槍に当たらない。

 だが槍に当たらずとも頭や体には当たっている。攻撃を受けた衝撃でハングリーベアの動きが止まった次の瞬間、ついに槍に石弾が直撃した。

 槍が押し込まれてハングリーベアが倒れる。だがまだ死んではおらず、すぐに起き上がろうとしていた。

「これで、終わりだ!」

 俺はすかさず駆け寄り、全力で槍を殴りつけた。さらに奥深くまで槍が突き刺さる。この深さならば確実に脳まで達したはずだ。

「アアアア……アア」

 ハングリーベアは力なく呻くと、起こしかけていた体を再び横たえ――ついに動かなくなった。ふう、と息をつく。

「勝った……やったぞ……くぅ」

 俺は勝利のおたけびを上げたつもりだった。だが安堵した直後、忘れていた全身の痛みが戻り、弱々しい声しか出すことが出来なかった。折れた槍の柄を殴りつけた右手には木片がいくつも突き刺さっている。腹の傷からはダラダラと血が流れ続けていた。俺は地面に倒れこんだ。

「大丈夫!?きみ、しっかりして!」

「俺はカインだ。……多分大丈夫だろ、別に死にはしないよ」

 そう答えて俺は目を閉じ、意識を手放した。

 俺の名を呼ぶ少女の声が、いつまでも聞こえている気がした。




 翌朝。俺が目を覚ますと、見覚えのない部屋のベッドに寝かされていた。

「いっだだだだ」

 体を起こそうとすると、あちこちに痛みが走り、起き上がれない。というか、なんか重い……?

 首を曲げると、頭を俺の腹の上に乗せて気持ちよさそうに寝ているアメリーが見えた。おい、そこに傷の上だから。圧をかけたら痛いんだが。というかちょっとよだれ垂れてるじゃねえかこの野郎!

 こいつ叩き起こしてやろうか、などと考えていると村長が部屋に入ってきた。

「おお、目が覚めましたかカイン君!怪我の具合は大丈夫ですかな?」

「おはようございます村長。怪我は、あなたの孫娘に圧迫されて痛んでいるところですね」

「ははは、許してくだされ。アメリーが君を看病すると言って聞きませんでな。自分の部屋に運ばせて治癒魔術を使った後、夜中までずっと様子を見ていたのですよ」

 私のせいで怪我させたー!私が責任取らなきゃー!と大騒ぎでしたぞ、と村長は笑った。

 だからって自分の部屋に運ぶ必要はあったのか。これ、アメリーのベッドってことだよな。ちょっと気まずいんだが。

「そうだったんですか、治癒魔術を。起きたらお礼を言わなきゃいけませんね。それにしても、アメリーさんはすごい魔術師ですね。ストーンバレットも見事でしたが、治癒魔術も使えるなんて。かなり高度な魔術だと聞いていますが」

「アメリーの使えるのは初歩の初歩、止血魔術だけですな。傷を閉じた状態で、熱してジュッと血を止めるのです」

 それも魔術なの?凄い物理的に止血してるような……火傷とか残らないよね?

 まあ治療してくれたなら、よだれくらいは許してやろうか。

 その後は、寝ている間に起きたことを教えてもらった。戦いを終えてすぐに、アレンや猟師さんが物音を聞きつけて駆けつけてきて、村まで運んでくれたらしい。もし俺たちが負けていたら彼らの命も危なかったわけだから、その勇気に感謝だ。

 アメリーの足の怪我は数日休めばほぼ治るだろうとのこと。俺の怪我は見た目は派手だが、骨や内臓は無事だったらしい。治るまでゆっくり村で過ごしてほしいと言われた。滞在中は村長に泊まることになった。食事も用意してくれるという。

 ハングリーベアが村に運び込まれると村中お祭り騒ぎになったそうだ。肉や毛皮はどうするかと聞かれたが、俺一人で倒したわけじゃないので後でアメリーと相談することにする。

 そんな話をしているうち、アメリーが目を覚ました。

「むにゃ……?……あっ!」

 ガバッと音が聞こえそうな勢いで飛び起きるとスタスタと部屋を出ていってしまった。

「こらこら、挨拶くらいせんか!」

 村長が声をかけると、部屋の入り口に戻ってきた気配がした。

「えと、おはよう、カイン君」

「おう、おはよう」

「……朝ごはん用意して待ってるね」

「分かった、少ししたら行く」

 寝顔を見られたのが恥ずかしかったのだろうか。

 朝食はベア肉のスープだった。村長が戦いの話を聞きたがったので、アメリーと一緒に話した。

「……そこで俺が奥義・疾走斬を使った!こうシュバッと奴の振るう剛腕を避けながら華麗に腹を切り裂いた!」

「なにが奥義よ!技の名前とか付けて恥ずかしくないの?お子様なの?」

「んだとおお?安全なとこからポンポン魔術使ってただけな癖にいい気になりやがって!」

「結局まともに傷をつけられたのは私のストーンバレットだけだったじゃない!君の攻撃全っ然効いてなかったよ!」

「ストーンバレットだって俺の槍使わせてやったから通じたんじゃねえか!しかもとどめを刺したの俺だぞ!」

「いや、私が最後のストーンバレットをズバーンと当てた時にもうほとんど死んでたよ!もう勝負ついてたからあれ!」

 戦いの間は最低限しか喋らなかったために分からなかったが、思ったよりアメリーはお喋り好きなようだ。あと、負けず嫌い。このお子様め。

 ハングリーベアの素材は村で買い取ってもらい、アメリーと半額ずつ受け取った。その日の晩はベア肉がふるまわれ大宴会となった。俺のところには村を救った少年を一目見ようという村人が詰めかけ、ちょっと気疲れした。だけど、悪い気分じゃない。



 村に来て一か月が過ぎた。二週間も経つ頃には怪我はほとんど痛まなくなっていたのだが、村人たちに引き留められてズルズルと滞在してしまった。村は娯楽が少ないからだろう、誰もが戦いの様子を聞きたがるので何度も繰り返し話した。調子に乗って話を盛り始めるとどこからかアメリーがやってきてギャーギャー言い始める。そんな、やかましくも楽しい日々を過ごした。

 だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。俺はまだまだ強くならなければ。手製の槍も新しく作り直したし、そろそろ出発しよう。

 俺は村長に旅に出る旨を伝えた。

「どうしても行くのか」

「はい、俺にはまだやりたいことがあります」

「カイン君が村にいてくれるなら、アメリーを嫁にやっても……」

「おじいちゃん!変なこと言わないでよ!」

 威力を抑えたストーンバレットがペチンと村長に当たる。

「ははは、アメリーも嫌ではなかろ?四六時中カイン君カイン君と言って……」

「わーわーわー!その話やめ!」

 アメリーの顔が真っ赤になっている。やはり恥ずかしがり屋のようだ。

「今日、村のみなさんに挨拶をして、明日の朝にはいくつもりです」

「そうか……次はどちらへ?」

「まずはサッキャバの街で冒険者登録しようかと。その後はハクメンスの港から中央大陸へ行こうと思っています」

 サッキャバの街は、北大陸最大の街だ。そこの冒険者ギルドで渡航費用を稼ぎたい。

「ほう、中央大陸まで!随分遠くを目指しておるな。頑張りなさい」

「はい。ではみなさんに挨拶をしてきます」



 翌日、村の入り口には見送りに来た大勢の村人がいた。ほとんど村人全員いるんじゃないだろうか。

「サッキャバの街への地図だ。道は分かりやすいから大丈夫だろうが、持っていきなさい」

「はい、村長。ありがとうございます」

「また腹が減ったら俺んとこ来いよ。たんまり食わせてやらあ」

「ありがとうアレン。お前のおかげで餓死しないで済んだよ、ほんとに」

 猟師さんは何やら大きめの荷物を持ってきた。

「ベア肉の余りは干して、毛皮はベストにしたぞ。これを着てればウルフに噛まれたって大丈夫だ。持っていけ」

「素材は売ったのだけれど、これもらっていいのか?」

「お前はジェイクの敵を討ってくれたからな。村からの感謝の気持ちだ」

「ありがとう……えっと、猟師さん」

「なんだ、まだ名前覚えてなかったのかよ。別に構わねえが」

「だって、いつも狩りに出ててあまり見かけなかったから……」

 ちょっと気まずい。猟師さんは、ジェイクの分まで仕事しなきゃいけないから忙しいらしく、ほとんど会うことがなかったのだ。

「カイン君……お願いがあるんだけど」

「なあにアメリー。改まって」

「私も旅に連れてって!」

「え?」

「私、前から冒険者になってみたかったの」

 予想外の言葉にとっさに返事ができない。なんとなく目を逸らすと、アメリーの後ろにいた村長と目が合う。

 村長の顔色が白を通り越して青くなったかと思うと、今度は赤くなった。

「駄目だあああああ!冒険者なんて危険なことさせられん!!」

 村長が大声を上げる。血圧は大丈夫か?

「村長おお!カイン君にならアメリーを任せられるって言ってたろう」

 村長はアレンにもそんなこと言ってたのか。しかし俺の意思はどこに……

「カイン君が村に来るならばな!それとこれでは話が違うわ!」

「アメリーの魔術の才能を村で埋もれさせるのはもったいないって常日頃言ってるくせに」

 猟師さんもアメリーについた。というか周りの村人もみんな頷いている。

「私はサッキャバの魔術学校に行かせたいだけだ!サッキャバどころか、ち、中央大陸になど行かせられるか!」

「ええいこの過保護爺め!カイン君!アメリー!ここは俺たちに任せて行け!」

 村人総出で村長を止めると、俺とアメリーを村から押し出していく。

「ええ?俺まだ一緒に行くとは一言も……」

「うちの娘じゃ不満だってか?おう?」

「あ、猟師さんってアメリーのお父さん?家にいないから知らなかったです」

「もう、いいから行こ!」

 アメリーが俺の手を取り走り出す。引っ張られて俺も一緒に走る。

「娘を任せたぞー!」

「み~と~め~ん~ぞ~!!」

 村長の怨嗟の声を背中に浴びながら走る。アメリーを追い越し、前に出て手を引いてみた。アメリーの方を見ると、顔を赤くして手を離されてしまった。そっちから手を繋いだ癖に。残念。

 急に言われて戸惑いはしたけど、一緒に旅する仲間が出来るのは嬉しい。それが可愛い女の子ならば尚更だ。

 初夏の心地良い日差しが俺たちを照らす。楽しい旅になりそうだ。

以下は一話終了時の能力をSW2.0風に表記してみました。

作中の世界にはステータス表示は存在しません。あくまでもイメージです。


―――――――――――――――――――――――――――――

カイン 人間 男 戦士 15歳

HP25 MP10

器用度 13

敏捷度 19

筋力  22

生命力 16

知力  8

精神力 10


技能Lv

ファイター 3

スカウト 1

レンジャー 1

―――――――――――――――――――――――――――――

高い筋力と敏捷を持つ駆け出し戦士。

知力は魔術の適性を現す数値であり、脳筋ではない。多分。


―――――――――――――――――――――――――――――

アメリー

HP24 MP26

器用度 10

敏捷度 14

筋力  14

生命力 15

知力  18

精神力 17


技能Lv

ソーサラー 3

レンジャー 1

セージ 1

―――――――――――――――――――――――――――――

山育ちゆえに意外と高い身体能力を持つ。

知力は魔術師としては並み以下だが、工夫と腕力でそれを補う。

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