永遠の求道者
十兵衛は父宗矩と共に、道場にて組討の修練に励んでいた。
「参る!」
「応」
十兵衛は宗矩と組み合った。示しあわせた通りだ。
宗矩が押してくるのを十兵衛はこらえ、押し返さんと前へ踏み込んだ。
十兵衛の右足が宙にある一瞬の間に、襟をつかんだ宗矩の右手が彼を押し上げた。
「あ!」
という間に、十兵衛の体は前方へ飛んでいた。彼は板の間に前回り受け身をついて素早く起き上がったが、何が起きたのかわからない。
「今のが秘伝なり」
宗矩は緊張した面持ちで十兵衛に告げた。
今、宗矩が使った技は、後世の柔道に言う隅落であった。または空気投げともいう。
これは円の動きと回転の力、更に球の理から構成された柔の技の最高峰であり、見ためは手だけで投げているように見える事から、空気投げと称される事もある。
「い、今のは?」
「球の理なり」
宗矩の話は長く、また十兵衛はこの時理解に及ばなかったため、割愛するが――
稽古ならばともかく、実戦ではまず決まる事はなかろう。21世紀の現代では使い手がいないとされる幻の技であった。
だが十兵衛の胸には熱いものが燃え盛る……
宗矩の見せた武の深奥、それを追い求めてみたいと。
「兵法の道に終わりなし。永遠の求道者であれ、十兵衛」
「はい!」
「よし、十兵衛。久々に乱取り稽古といくか」
「応!」
宗矩と十兵衛は道場中央で組み合った。親子は全身から充実した闘志を発していた。
武の深奥、それは一秒にも満たぬ刹那の間にこそある。