追求の日々
江戸城の敷地内にある道場に、熱気が満ちた。
稽古袴姿の七郎と國松、二人が組討の乱取りに及んでいる。
隻眼の風来坊の七郎。
染物屋の大旦那の國松。
二人の闘志が周囲で見守る者達をも刺激する。
「そんなザマで江戸を守れると思うか!」
國松の檄が飛ぶ。同時に國松が放った中段回し蹴りが七郎の胴体に炸裂した。
悶絶しそうになるのをこらえ、七郎は踏みこんで國松と組み合った。
「ぬ……」
國松の動揺。すでに十数人と乱取りに及んだ七郎は満身創痍である。
そのせいか、七郎は國松の襟元を右手でつかんで、自身を支えてるかのようだ。
だが、その計算の及ばぬ引きが、國松の体勢を崩した。
「だあっ!」
七郎は國松の右腕に両手で抱きつき、体を回した。
後世の柔道における一本背負投だ。
だが國松は刹那の間に重心を落として、七郎の技をこらえる。
「まだまだ!」
七郎は両手で國松の右腕に抱きついたまま、体を押しつけるように踏みこんだ。
同時に七郎の右足が國松の右踵を内から払っている。七郎の小内刈りによって、國松は背中から板の間に落ちた。
後世では抱きつき小内(即座に反則負けになる)と呼ばれる技である。
疲労困憊、満身創痍の極限の中で閃いた、七郎無心の一手であった。
「……見事だ、七郎」
苦笑して國松は立ち上がった。背中から板の間に落ちた衝撃も、國松は受け身で相殺してしまっていた。
かつては狂気と暴力の中に身を置いた國松は、江戸の治安を守る命がけの日々に、一分の恐れもない。
「次は剣でやろう」
國松は不敵な笑みと共に、まだ身を起こせない七郎を見下ろした。
視力に不安がある七郎は剣に秀でなかったが、それゆえに組討術たる「無刀取り」は高みに達している。
それでこそ江戸を守る衛士だと、國松は七郎を高く評価しているのだ。
「ギャ……」
七郎は道場の板の間から身を起こせず、目だけで笑った。極限状態の中で自身の生きる答えを見出す……
生きる事は自分との戦いだと、七郎は再認識した。




