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無明を断つ7

 文治朗は夢中で浪人の顔をつかんだ。浪人は悲鳴を上げて文治朗から離れた。

 これは文治朗の指が浪人の目に入ったからだ。予期せぬ痛みに浪人は目元をおさえた。

 その一瞬の隙に、文治朗は浪人に肩から体当たりした。浪人は軽く吹っ飛び、したたかに大地に後頭部を打ちつけた。

 先ほどと同じく浪人は一声うめいて気絶した。文治朗、会心の一手であった。

 彼の活躍は(浪人の油断あってこそだが)、大金星と称しても差し支えないだろう。

 ろくに兵法も学んでいない者が、浪人から見知らぬ女を守るために奮闘しているのだから。

 しかし、文治朗の健闘もそれまでであった。

 ちょうど薄闇の中で夕陽が雲に隠れた。

 夜と見まがうばかりの暗闇の中で、文治朗は浪人たちの瞳の輝きを見た。

 ーーば、化物……

 文治朗は更なる恐怖に全身が冷えた。浪人達の両目は、暗闇の中で深紅の輝きを放っていた。

 それは一瞬の事であった。雲が夕陽の光を遮ったのは一瞬であったから。

 だが、文治朗の体からは力が抜けた。勇気を振り絞った反動か、気力までもが失せていく。

 文治朗は顔を蒼白にして後ずさる。今、彼はこの世ならぬ光景を確かに見たのだ。

 眼前に迫ってきている浪人達ーー彼らは文治朗手強しと見て、次々に抜刀したーーは、人間ではないのだ。

 元は人間であったろうが、今は魔に憑かれているのだ。それゆえの凶行であった。

 浪人達は文治朗を殺した後には、その骸を喰らうつもりでいるようだった。文治朗は直感でそれを理解した。

「貴様、邪魔をしおって」

 文治朗に歩み寄った浪人が刀を振り上げた。死を覚悟した文治朗には、その動きがゆっくりに見えた。体は恐怖に震えて動かなかった。

 その時、文治朗の後方から飛来した石つぶてが刀を振り上げた浪人の顔に当たった。

 浪人がうめくと同時に文治朗は後方に振り返った。

 うどん屋の主人と商人の小男、そして七郎がこちらへ向かってきているのが見えた。

 逃がした女の姿もあることに、文治朗は幾分か心を安らがせた。

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