表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/23

無明を断つ2 ~隅落~


   **


 ある日の夜であった。

 七郎は仲間と共に、江戸市中を見回りしていた。

 彼の仲間である江戸城御庭番の者によれば、最近この地域に浪人が集まってきているという事だった。

 それを警戒して七郎は仲間を引き連れ、提灯を片手に見回りをしていたがーー

「ーーむ、待て!」

 七郎は叫んだ。彼の視線の先では、数名の浪人が商家の高い塀を乗り越えようとしていた。

 浪人らは慌てて逃げ出した。七郎はそれを追う。

「待てい!」

 七郎は声を荒くして駆けた。江戸では強盗殺人も珍しくなかった。

 とある商家では主とその家族、使用人に到るまで皆殺しにされてしまっていた。

 まだ幼い子までいたのだ。彼らの亡骸を目の当たりにした時、七郎には強い感情が芽生えていた。

「ちい!」

 浪人らが振り返り、抜刀して七郎らに立ちふさがった。

 七郎は提灯を手放し、先頭の浪人の懐へ素早く踏みこんだ。

 右手で浪人の襟元を、左手は浪人の右袖をつかんでいる。

 組みついた型は、後世の柔道に似ている。柔道というのは戦国伝来の柔術ーー

 いわゆる組討術から生まれたものだから、似ているのは当たり前だった。

 そして組むことによって、敵の攻撃を封じるのである。

 今も七郎が組みついた浪人は、刀を握った右手をつかまれ、刃を振るうこともできぬ。

 そして七郎の学んだ組討術たる無刀取りは、身を擦り合わすほどの接近戦の中に真髄があるのだ。

 七郎は組んだまま、浪人の鼻先へ頭突きを叩きこんだ。さほど重くはなかったが、その一撃で浪人は右手の刀を取り落とした。

 更に七郎は浪人の足元を、右足で左右に払った。体勢を崩した浪人が、後方へ二歩、三歩と後退した。

「この」

 浪人がこらえて前へ踏みこんだ時だ、七郎が必殺の機をとらえたのは。

 七郎は浪人より僅かに早く動き、踏みこんでいた。

 七郎の体が沈む。片膝ついた七郎の左手と左足は後方へ半円を描いた。

 浪人は勢いを保ったまま宙を舞ったかと思うと、大地に背中から落ちた。そして一声うめくと失神した。

 端から見れば、七郎は手先だけで浪人を投げ飛ばしたように見えた。

 しかし、しかけた七郎が呆然と己が両手を見つめていた。

 七郎がしかけたのは、後世の柔道における隅落すみおとしである。

 三船十段の考案したその技は、手先だけで相手を宙に舞わせる事から空気投げとも称される。

 二十一世紀においては、使い手のいない幻の秘技とされていた。

 七郎が浪人に放ったのは、偶然とはいえ隅落に酷似していた。

「うむう……」

 しばし七郎は月下に呆然とした。武徳の祖神は、彼に新たな難題を与えて武の深奥へ導いたのかもしれない。

 浪人らは七郎の仲間によって取り押さえられていた。

 今夜は守ることができた。

 しかし明日はわからない。

 七郎の命運もまた、いつ尽きるかはわからないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ