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対決 風魔小太郎

※1630年代半ば頃です。

 満月の輝く晩に、十兵衛は風魔小太郎との幾度目かの対決に臨んでいた。


 江戸城の堀の側で二人は対峙を続けている。


「俺の望みは……! 全身全霊で挑んでくる貴様に打ち克つ事だ!」


 全身を鎧に包んだ風魔小太郎は大刀を掲げて叫んだ。その凄まじい闘志に十兵衛は感服する。


「幕府転覆―― が望みではなかったか?」


 黒装束で両手に二刀を提げ―― 顔には黒き般若の面をつけた十兵衛はつぶやいた。


 般若の面に隠された彼の顔は、不敵な笑みを浮かべていた。


「それもあるが、まずは貴様を倒す事からだ!」


 小太郎の闘志は激しく燃え盛っている。風魔忍者による幕府転覆の野望は、十兵衛一人によって阻まれているのだ。


 しかも十兵衛は――小太郎達は般若面と認識しているが――無用な殺生をせぬ。


 彼に斬られた風魔忍者達は、怪我を負ってはいたが命まで失ってはいなかった。


 その心と技に、小太郎は敵ながら天晴れと思わざるを得ぬ。


「貴様を倒す事が…… 俺の生きる目的だ!」


「そうか」


 十兵衛は二刀を足元に落とした。


「何の真似だ!?」


「お主を倒すには俺も傲りを捨てねばなるまい……」


 十兵衛は全てを捨てる覚悟で面を取り、投げ捨てた。精悍な隻眼の顔が小太郎の目に写った。


「隻眼…… だと?」


 小太郎の脳裏に思い浮かぶ事があった。


 将軍家剣術指南、柳生但馬守宗矩の嫡男の事だ。


 若くして新陰流の奥義に達し、剣を取っては江戸に敵なしと噂された隻眼の天才剣士――


「ま、まさか、柳生三厳みつよし!?」


「……いかにも。柳生三厳、通称十兵衛―― はじめて見参つかまつる」


 十兵衛は不敵に笑い、無手で小太郎との最後の対決に臨む。


「そうか…… そうであったか! ならば合点がいく……!」


 小太郎は大刀を上段に構えた。三尺を越す刃は、到達すれば十兵衛の着込んだ鎖ごと彼を両断するであろう。


「我が生涯…… 最大の好敵手だ……!」


「それは光栄だ……」


 十兵衛は汗を浮かべ小太郎を見据えた。彼は死線に踏みこもうとしているからだ。


 小太郎の大刀―― 剛よく柔を断つ。


 十兵衛の柔の技―― 柔よく剛を制す。


 果たして勝利するはどちらか。

 

 両者は無言で対峙し、そして――


「おおおああ!」


 小太郎は踏みこみ大刀を打ちこんだ。


神扉開闢しんぴかいびゃく!」


 十兵衛は後の先―― 小太郎の打ちこみより一瞬早く動いている。


 そして小太郎の胸に十兵衛は右肩からぶち当たった。


「ぐぶっ!」


「力を利用せよ!」


 間髪入れず十兵衛は、小太郎の右腕を両手で抱きこんだ。


 次の瞬間には独楽のように回転し、小太郎の体を宙に舞わせた。


 更に大地に小太郎を投げ落とした。


 背中から落ちた小太郎は断末魔に似た小さなうめきを上げた……



   *****



「――とまあ、こいつとはいい好敵手なのさ」


 茶屋の庄机しょうぎに腰かけて、十兵衛は団子を食べていた。茶屋の看板娘のおみつ――通称おみっちゃんを相手に上機嫌である。


「またやるか」


 十兵衛の隣に座った大柄な青年はニヤリと笑った。風魔小太郎である。


 彼は十兵衛との戦いに敗れた後、配下の者共々に九段にて染物屋を営んでいた。


 有事の際には、彼らは十兵衛に協力する手はずになっている。


「いや、いい。勝てる気がしない」


 十兵衛はおみつの前では、なんともだらしない顔つきだ。小太郎に勝った自慢話(無論、相当に話を変えているが)をしているが、やはり信じられない。


「はいはい、わかりました」


「おみっちゃん、団子もう二つ! お茶も!」


「はいはい」


 器量よしのおみつだが、十兵衛には辟易しているようだ。彼女は店の奥に入っていった。


「懐かしいな」


「ああ」


 二人揃って空を見上げた。江戸の空は日本晴れだ。


「いい勝負だった……」


 言って十兵衛、おみつの運んできた団子を頬張り、そのついでに彼女の尻を撫で――


 怒った彼女に薙刀を振り回されて危うく首が飛ぶところだったが、今日も江戸は平和であった。 

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